第21話

「で、内定結果出る前に断ったってわけ?」


「そういうこと」


僕の選択を伝えてから、月坂と今までの経緯を振り返っていた。勿体ないことをしたという自覚はあるし、思いつきのまま動いてしまったせいで迷惑をかけた人達もいる。でもそのおかげで目標が見つかったことも事実だ。


「ちょっとバカね」


「えー!?生きてるって言ったじゃないか!」


彼女も本気ではないのだろう、ニヤニヤしているのがその証拠だ。


「──おじゃまします」


玄関から聞きなれない女性の声。そういえば今日は知り合いが来るとかいってたっけ。その声の主がリビングまで来ると、僕の姿を一瞥する。


「すず...あら?」


彼女は少し首をかしげる。身長は160弱ほどで毛先をふわりとさせた栗色の髪。柔らかなその声音は月坂にはない包容力を感じさせる。その視線は僕から月坂へと移り


「この方は...?」


「大丈夫よ、真恵。これは無害だから」


言い方はアレだが月坂はそう前置きして僕たちは軽く自己紹介を済ませた。

彼女の名前は柚白真恵というらしい。


終わると柚白はリビングのTVの前にあるクッションにふわりと座った。ドサッと座る月坂とは女子力が違いをまざまざと見せつけられた感じだ。と彼女はこちらを振り向いて、


「鈴、今から早速どう?」


「ごめん今手が離せなくて。でもそのための優太だから」


月坂に向けた視線が僕にシフト。その美人さに思わずドキリとしてしまう。


「えっと、月見里さん」


「は、はい」


「ふふっ。そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。ちょっとお願いがありまして...」


彼女がある装置を僕に手渡す。


「これを被って頂きたいんです」


「VRゴーグル...ですか?」


「そうです。良かった...。知らないなんて言われたらどうしようかと思いました」


にこっととほほ笑む彼女につられるようにして僕も笑顔になる。天使かな。


手渡されたそれはちまたで噂のVR。欲しいと思いつつまだ買えてなかった代物で確か10万は下らないんじゃなかったっけ。スマホ用なら5000前後の安いものもあるけど、手元にあるのはテレビゲーム用の本格的なやつだ。


「そのゲームって確かアーリーアクセスで話題になってたやつだっけ?」


月坂が割り込んできて問うと、柚白は目を輝かせ、


「そうそう!開発3年もかけてたったの1100円で遊べるなんて...。良い時代よね」


「あ、あーりーあくせす?」


いきなり登場した横文字ワードに僕は思わず月坂にオウム返しをする。


「アーリーアクセスっていうのは早期アクセス版ってこと。発売前に人数が制限されてのお試しプレイっていえば分かりやすいかもね」


なるほど。発売前のお試しで話題だったから、そもそも買う前から面白いのは確定しているわけか。


「月見里さん、お願いします」


柚白に言われるがまま装着すると視界全てが仮想空間へと切り替わる。上は澄み渡る青空、足元には、


「うわっ」


50センチ四方の足場のみ。落ちようものなら奈落へと真っ逆さまだ。


「ゲームが始まって、一歩でも足を踏み外した瞬間負けになるので注意してくださいね」


VR越しに伝わる柚白の声。語尾にハートマークでも付いてるぐらい楽し気だけど言ってる内容はちょっと怖い。


「わ、わかりました。遊び方は...」


慣れない手つきで手元のコントローラーを操作してヘルプを選択、表示された文字を見ようとするも


(って英語なのか。完全に外国製だな。単語で繋げばなんとか分かりそうだけど...)


ある程度読んだところでゲーム開始の合図。どうやら奥から向かってくる障害物が真っすぐに近づいてくるのを身体を使って避けるのがメインの遊び方らしい。拾ったアイテムを駆使して山場を切り抜けることがポイントになる。


画面の上には僕のスコアと対戦相手である柚白のスコアが表示されている。時間経過で勝手に伸びるので先に停止した方の負けだ。


「勝負は勝負。負けるつもりはないですから」


「ふふっ。お手柔らかによろしくお願いします」


誰かに負けたくないという感情を口にしたのは久しぶりだと思いながら、僕は向かってくる障害物に焦点を合わせた。




「あんたたち、かれこれ2時間ぶっ通しで遊んでたわよ?」


「工夫するポイントがたくさんあって楽しかったです」


「つ、強すぎる...」


この結果から思えば意外だけど初戦は僕がなんなく勝った。特に考えなく勝ってしまったので、センスあるのかな?と勘違いしたぐらいだ。悔しがると思っていた彼女は、「ふーっ。月見里さんもう一回いいですか?」と繰り返し挑んでくるのみ。


それ以外に聞こえてくることといえば、戦いが終わった後「なるほど...」と呟く声だけ。それが始めて4戦目で負けを喫して、それからは一度も勝てなくなってしまった。後半は腕の差が開きすぎて彼女がミスるまで待ちぼうけを食らうまでになっていた。


「どうなってんだ一体...」


理解できないまま呆然としている中、話題は月坂の家事に移ったらしい。


「鈴、私がいない間ちゃんと掃除はしてる?」


「してるわよ。あたしレベルで」


「はぁ...。まだカップ麺ばっかり食べてるんでしょう」


「最近ハマってるのはコンビニの肉まんなの」


「そういうことじゃなくて。かたよっちゃダメっていつもいってるのに...」


仕方ないという感情を吐き出して、柚白はキッチンへと向かい月坂の了承なしに冷蔵庫の中を見る。


「この前頼んでた買い物は...お願いしてた材料は一通り揃ってるみたいだけど」


「当たり前でしょ。毎回リストで貰ってるんだから買い逃すことはないわ」


「さて」


言葉の通り気合を入れると柚宮は着ていた上着の袖をまくる。


「何作る予定なの?」


「ビーフシチュー。すぐ作るから待っててね」


会話の流れ的に今から料理をするらしい。

...あ。


「月坂が前に鍋の材料買い込んでたのは、柚白さんに作ってもらってたからか」


「そゆこと。あたしは真恵に頼まれた材料を買ってくるだけで週末は美味しい料理が食べれるってわけ」


「鈴は料理一切出来ないので。ついでに言うと家事があまり...」


「あたしは出来ないんじゃなくてやらないだけだから!取捨選択なの」


「はぁ...。これじゃいつ彼氏が出来るか心配になるわね...」


どうやら月坂の今後を考えてのことだったらしい。


「真恵、それはあなたもでしょ。今までに一度も...」


「なっ....鈴!これから...だから。そう、まだ大丈夫。ゲームって選択肢も残ってるし...」


自分に言い聞かせてる時点で、いや最終的な選択肢をゲームにしている時点でどうだと思うけど口にするのは止めておく。


「趣味に逃げてる時点でもう危ないわよ、その考えは」


こんな会話をしていても料理中の手は迷うことなく、手際で比べれば明日香と同等かそれ以上かもしれない。信頼関係を見ても長い間ここで週末コックを務めていたことは容易に分かる。


「柚宮ってゲームめちゃくちゃ上手いよね。勝ったと思ったら回数重ねるうちにいつの間にか勝てなくなっちゃってて。もう何度やっても勝てる気がしないよ」


「あたしが真恵と遊ぶときも終盤同じ気持ちになるわね。彼女、変態なの」


「へ、変態じゃないから!まとめ過ぎだから!」


僕と月坂に背を向けていた彼女にはしっかりと聞こえていたらしく、丁度よいタイミングで突っ込みが入る。


「ごめん、ふざけすぎたわ。えっと、変態っていうのはゲーム攻略のことね。彼女は効率化の鬼なの。ゲームで言えばレベルアップが極端に早いのよ。ジャンル拒まず遊ぶから色々と知識が多いらしくて」


遊んでいく内に最適解を見つけ出して遊ぶのが上手いってことか。これだけゲームを持ってる月坂が言うぐらいだから凄いのだろう。


「なるほど、時間忘れてゲームしてそうだね」


「その通りね。あんたもいつか見ることになるわ。真恵の変態っぷりを...」


「り~ん~?」


「ひっ...」


そこにはニコリとしながらも包丁を持って反論を許さない柚白の姿があった。

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