第19話
あれから二週間ほどが経った。
長かった休暇も終わり、迎えた月曜日。僕はあれだけ嫌だった部長のことなんて全く視界に入らずに黙々と仕事をしていた。あれだけ気分を憂鬱にさせた会社も部長も小さなことのように思えるのは、人生を賭けた勝負が頭を埋め尽くしてからだと思う。
これから向かう場所は身の丈に合わない挑戦。今の今まで、この日の為に調整してきたと言っても過言じゃない。目的地の近くまで来た僕は時計を確認する。
「緊張で一時間も早く来てしまうなんて」
さてどこで暇をつぶすかと考えたときに、ピッタリの場所が思い浮かんだ。
「今度は仕事サボってきたか」
「神、僕はそんな悪い奴じゃないでしょ」
神はいつものようにライトノベルと漫画棚の近くに潜伏していたので、見つけて声をかけたというわけだ。
「嘘に決まってんだろ。スーツ姿で本を買いに来るなんて...。あいにくだが今日発売で売り切れ必死のラノベなんてなかったはずだがなぁ」
「悪いけど、本じゃなくて暇を潰しに来たんだ。これから面接があるから」
「暇つぶしでも大いに結構。お、転職すんのか?頑張れよな」
「うん。まぁ緊張で1時間早く着いちゃったんだけどね」
話してる今でさえ心臓がバクバクと大きく波打っているのが分かる。気分を落ち着かせようと深呼吸するも一向に収まる気配がない。それでも平常心を保とうとする僕に
「お前は今凄くカッコイイぜ」
「突然どうしたの?」
「そんな緊張感なんて人生で何度経験できるか分からねぇだろ。ま、当たって砕けろってことだな」
「落ちてるじゃないか」
「落ちたところで月見里の人生が落ちて終わるわけじゃねぇんだ。気楽にいこうぜ」
言うだけ言って神は仕事に戻っていく。
神の言葉にほんの少しだけ緊張が和らいだ僕は、決戦の場へと足を向けた。
(──70点ぐらい、かなぁ)
一時間ほどの面接が終わり、僕は一人噴水公園のベンチに腰をかける。これまでの実績は伝えることが出来たし、準備してきたおかげで受け答えも難なく出来たと思う。だけどそれは僕から見た評価だ。後は神のみぞ知る。
終わってからも目を閉じれば鮮明に思い出せる受け答え。もう戻れないと知りながらも、いくつかの反省点について後悔していると
「優太?」
「月坂...」
肩口から声がしたかと思えば、ひょっこりと顔を出したのは月坂だった。
「それ。今日も絵を描きにきたの」
開けていたベンチの左隣に座った月坂の手元を見る。
「そんなとこ。平日は人がいないから狙い目ね。...優太はサボり?」
「そんなことしないから。今日は有給使って面接してきたんだよ」
「えっ!?行動早かったね。見直したかも」
今までどんな評価下されてたんだ僕は。
「運が良かったんだ。思いついてから次々と繋がって面接を確約してもらえて。僕には身の丈の合わないぐらいのところだけど、なんとか食らいつけたと思う」
「...勝算はある?」
「準備してきた面接は70点ってとこ」
「ええ...ものすっごく微妙じゃない。でも相性もあるし何とも言えないわね」
「後は待つだけかな。そうだ、月坂」
呼ばれて彼女は小首をかしげる。
「色々話したおかげで動き出すことが出来たんだ。感謝してる」
「なんだか懐かしい」
「?」
「高校のとき、あたしが後先考えなしに動いてて、ついてきてくれたのは優太だけだった」
「思い立つのいつも俺の隣だしね」
「そうだったっけ?まぁでも真面目そうな優太が付いてくるとは思わなかった。やっぱり気が合うのかも」
微笑む彼女は大人びていて、後ろに覗く夕焼けがその存在を際立たせる。
「そう...かもね」
「照れてる?」
「うるさい」
意味深なこと言っといて茶化すのは高校までにして欲しいものだ。
「で、次はどこなの?」
「ゲーム業界だけど」
「ほんとっ!?」
月坂は食い気味で目を丸くする。家にエンタメ系揃えていたし行きたい業界かのかな?
「う、うん。今までの営業の実績を活かして働くつもり」
彼女のテンションに押されながら言った僕に対し、月坂は落ち着きを取り戻す。
「そうなんだ。うん。まぁ優太が決めたなら、あたしからこれ以上言うことはないわね」
「業界変えるだけでも何か発見があって面白いと思うわ。応援してる」
「頑張るよ」
「よし」
立ち上がる月坂。
「就活頑張って。じゃね」
遠ざかっていく月坂を見送って、僕はモチベーションが高いままに家に帰った。
その後一次通過の知らせを受けて、二次面接も何とか通過。そして最終面接日の朝を迎える。
「これで最後だ」
事前情報だと最後で落とされる確率は3割。3度目とあって重役との面接になる。最後まで油断はできない。そのおかげで昨日の夜は寝付くことが出来なかった。
「眠い...ふあぁぁ...」
寝ぼけ眼を擦りながら家で出発の時を待つ。しかも早起きしたものだから睡眠時間はとても短い。だけど、乗り越えれば晴れて内定だ。
「兄さん?おはようございます。早いんですね?」
「おはよ。面接は昼からだっていうのに落ち着かなくて」
「また面接ですか?兄さんの人間性が試されそうな感じがしますね」
ふふっと笑みをこぼす明日香。その通りだと思う。だからこそ
「そういうこと。ここまで来て人間性でダメなら立ち直れないかもだけど」
「少し前の兄さんなら分かりませんが今なら大丈夫だと思います。落ちたら相性と割り切りましょう。それで次って何処なんですか?」
「言ってなかったっけ。ゲーム会社だよ。作ってるゲームは...」
「うそ...」
「本当なんだ。運よく話が繋がってね」
「じゃあ職種も変えるんですか!?」
歓喜ともいえるような声に、僕は内心何を言ったのかが理解できなかった。職種を変える、なんてどこから...?
「そんなこと言った覚えはないけど。職種は変えずにいくから」
「え、だって兄さん」
「小さい頃の夢は物語を作りたいって言ってたじゃないですか。漫画描いてたの覚えてませんか?今の兄さんを見てゲーム業界って聞いて、私てっきりゲームシナリオライターになると思ってました。その様子だと違うみたいですね、嬉しくて早とちり...」
僕は明日香が言い終わる前に身体が重たくなるのを感じていた。
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