第18話

僕は再びPCの前に座って画面とにらめっこしていた。

...提出書類を作るために。


「職務経歴書...けっこう大変だぞ。いくらでも細かくかけるし。一日で済めばいいけど...」


4年前に作った履歴書を引っ張り出して、なんとか職務経歴書に今までの作業をまとめ上げて、残りは証明写真のみとなった。休憩するために僕は大の字になって休む。


普段使わない頭を使うと疲れを早く感じる。別段急ぎというわけでもないから、残りは明日以降でも大丈夫そうだ。


一息ついてから始めようと思ったとき、ドアにノックがあった。


「今いいですか?」


軽く返すと、がちゃりと開ける明日香。


「今朝の続き、なんですけど」


「あー...」


謝罪案件でしかない記憶が蘇ってくる。僕の苦い表情を見ても明日香は顔色一つ変えず、


「忙しいならまた今度にしますが」


「...へ?いや、むしろダラダラしたいと思ってたところ」


「そうですか。それなら」


微かに笑った妹の口から出た言葉。それは、ゲームのお誘いだった。


「わかった。ただ...明日香が遊んでたやつ持ってないんだよね。ダウンロード版買うから待ってて」


「あ、兄さん。マイクやヘッドセットは持ってますか?出来れば通話しながら遊びたいのですが」


「しまった。マイクか...」


「大丈夫です。確かヘッドセットの予備が有ったと思いますので。持ってきますね」


予備まであるってガチ勢じゃないだろうな。それに明日香が毎日深夜までゲームしてたら流石に心配だ。ゲームはいいけど身体に悪いのはNG。それとなく伝えるか。


「私が前に使ってたやつですけど普通に使えますから」


躊躇なくポンと手渡すと、明日香は自分の部屋へと戻っていく。...妹の使用済みとか感慨にふける暇もなく通話が開始されて、隣の部屋同士でのマルチプレイが始まった。


「アクション好きなのに苦手なのは変わってないですね」


昔を思い出すようにして、落ち着いた声で言う明日香。


「だね。なかなか上手にならなくていつも明日香に教えてもらってっけ」


「ネタバレ嫌って調べないからですよ。攻略サイトも見ずに遊ぶから...あーそっちじゃないです。私のキャラについてきてください」


レベルの低い僕でも楽しめる難易度のマップを探してくれている。ちなみに明日香の使っているキャラのレベルはカンスト。


「そろそろ次のボスに進んでもいいんじゃない?」


「この装備だと苦戦します。もう少し強くなれば簡単に倒せるので」


「いいんだって。強くなりすぎると苦戦してボス倒せないし」


「...Mなのも変わってないんですね」


どうしてそうなるんだ。


「苦労して倒すのが面白いと思うんだよ。こう達成感が違うと言うか」


「サクサク倒しても一緒だと思いますけど」


「体験しないと分からないんだって。それにこの考え方は前からだ」


「知ってます」


今までほんの少しは笑みを浮かべていたであろう明日香の声色が変わる。


「もう一緒にゲーム出来る機会なんて来ないと思ってました。兄さんが高校生になったあたりから私のこと全然見てくれなくなって」


「ゲームしようと誘っても忙しいの一点張り。話しかけても素っ気なくなってしまって」


「え...」


「それからです。兄さんのこと、同じ屋根の下にいるだけの存在なんだって思うように決めたのは」


「......」


言葉が、出なかった。


まさか僕と同じようなことを明日香が思っているなんて思わなかった。

そしてその原因が俺僕自身にあることも。


「さすがに当時は寂しかったです。でも今になって思えば兄さんの気持ちが分からないでもないので」


「気持ち...?」


「私が女子高だったのは知ってますか?」


「うん。それは知ってる」


両親が都内有数の女子高に受かったって喜んでたのを覚えてる。


「当時はゲームへの理解が進んでいないにも関わらず、毎日遊んでると公言してしまったせいで風当たりは強くて、友達も数えるほどしかいませんでした。でもやっぱり私はゲームが好きだったので。それは仕方ないって思ったんです」


「あの頃の兄さんはゲームのこと一切口にしない、まるで別人みたいでした。多分、好きを諦めたんだろうなって。凄いと思うんです。私には出来なかったですから。周りに合わせるより好きを選んだんです」


買いかぶりすぎだ。凄いなんて言われるようなことじゃない。

ただ僕は怖かっただけで。


「それに気付けたのは大人になってからでしたが。だからまさか一週間も有給とってゲームしてるなんて驚きました」


ゲームを取り払って妹の存在までも否定した僕を怒るでもなく、凄いという明日香。いつまでも誰かの目を気にして生きていた誰かとはえらい違いだ。どう見られるかばっかりでこんな近くのことさえ見えていなかったらしい。


...兄失格だな。


そんな会話の中でも、明日香のキャラは気持ちを隠すようにしてか縦横無尽に動き回る。


「兄さん、レアドロップしたから拾って貰えますか?」


僕は出来るだけ穏やかに伝わるようにして言葉に気持ちを込める。


「今までごめん」


「はい。あ、ドロップアイテム時間で消えるので早めに取って下さいね」


明日香、いつから兄よりゲームが大事になったんだ。兄さんは悲しい。


...僕のせいだった。


「...子供の頃は」


...?


「兄さんのこと、絶対許さないって思ってました。けど大人になって兄さんが悪いわけじゃないって気づきましたから」


「明日香...」


「戻ってきてくれただけで私は十分だと思ってます」


本当に僕には勿体ないぐらい出来た妹だと改めて思った。


それから明日香と一緒にマップを周回、2,3時間で見違えるほど強くなれた。


「明日仕事だから、早く寝た方がいいんじゃないか」


時計は夜の12時を過ぎたところ。女性にとって夜更かしは天敵のはず。


「2時には止めようと思ってます」


「遅すぎるよね」


「最悪3時です」


話す度に時間が伸びていく。言いたくないけど言うしかないか。


「夜更かしは肌が荒れると思うよ?」


「今は肌より目の前の0.005%の武器が欲しいので」


いや何を...ってなんだよそのドロップ率。バグってるんじゃないのか。


「そんなに低いならずっとドロップしない可能性だってあるよね?それなら」


「やっても意味がない、ですか?出るまで回すのでそこは問題ないです。今更ほかのゲームに移ろうとは思わないですし。眠たいですけどね」


明日香は生粋のゲーマーだった。

そこまで遊んで僕はギブアップ、明日香とまた遊ぶことを約束してベットに潜った。

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