第16話
「目標を見つけるって簡単に言うけどさ」
リビングのソファーにもたれかかり、一人呟く。
家に帰ってきてからというもの、月坂との会話が頭の中でぐるぐるとリピートしていた。見つけようにもどうしたらいいかと尋ねると
『好きなように生きてみれば?』
これである。簡単に言うがどうもピンと来ないし、理解不能。今まで好きなように生きてきたつもりだったのが、どれも崩れてしまった。就活であれだけ感謝していたテニスだって流されるままにやっただけだ。まぁでも分かることは、
「今の会社でいつか来る昇進を待つのは違うかもしれないってことかな」
ため息交じりに言う横で、トントンと子気味良い音が聞こえていた。
「...。」
有給3日目の今日、休日にしては早起きしてリビングに入ると妹の明日香が朝食の用意をしていた。食卓に座ったはいいものの、特にやることもないので明日香のエプロン姿をなんとなく見つめてしまう。
腰ほどまでに伸ばした艶やかな黒髪は毛先まで手入れが行き届いてる証拠だ。いつもなら気にならないところでもこれだけ暇だと動きを目が追いかけてしまう。
見た感じ朝食はサンドイッチらしい。好きだから嬉しいことは嬉しいけど、今週の料理全てに手が込んでいるように感じるのは気のせいだろうか。
「はい」
明日香が一人分に切り分けた皿を俺に手渡して、そそくさとエプロンを脱ぎ片付けに入る。
「うん。明日香は食べないの?」
「食べない」
素っ気なく返事をする妹。明日香が働きだしてからこういう日はたまにある。どれだけ急いでいてもご飯はキッチリ作ってくれるから僕としては有り難い。準備が出来た明日香は僕に目をくれることなくリビングを出て玄関へと向かう。なんでも仕事が忙しいらしく。
「頂きます」
俺の目の前にあるのは、綺麗に切りそろえられた食欲をそそる一品。
「?」
靴を履いて今にも外へ出ようとする明日香は、突然飛び出してきた僕を不思議そうに見つめる。こうしてしっかりと目を合わせるのはいつぶりだろう。
「気をつけて。いつもご飯作ってくれて助かってる」
僕の何でもない一言。考える時間が出来て、そういえばと感謝の気持ちひとつ伝えていなかったことを思い出したのだ。朝に弱い僕ならやろうと思っても真似できない。
「な、なんで...」
彼女のキレイな藍の目が見開く。とても驚いているようでその体は石にでもなったように固まっていた。
「今まで言えてなかった気がして。ごめん、忙しい時に引き留めちゃって」
明日香は一瞬戸惑うように視線を泳がせてから玄関のドアを開けた。
「いってきます、...兄さん」
「いってらっしゃい」
会話らしい会話をしたのも懐かしい。明日香は腕時計を確認するとハッとした様子で足早に出ていくのを見るにわざわざ今日言わなくても良かったと反省する。
戻ってからゆっくりと朝食を取りつつ、今日はどうしようかと物思いに耽る。やることといえば、昨日購入したラノベを読むぐらいだろうか。神との会話を思い出していると本以外の話もしたことを思い出した。神がラノベを10冊買い物かごに入れてそのままレジで会計してくれたときのことだ。
「そういや月見里知ってるか?先週発売された話題のゲームのこと」
「知らないかな。ゲームはスマホでしかやらないから」
「おいおい、初週売り上げ本数100万本だぞ?とんでもないゲームだ」
ゲームに興奮しつつも、手元ではラノベをピッとやってるのがなんとも面白い。
「それって凄いの?」
「社会現象レベルだろうな。完全にe-Sports意識してて、世界大会までの一連の流れはもう決まってる状態だ。こうしてラノベ読んでる間も猛者がしのぎを削ってるに違いない。もちろん、」
区切りの良いところで会計が終わったらしい。占めて六千円オーバーだ。
「俺もプレイヤーだ。もし俺が優勝したら飲みに行こうぜ」
そういってラノベが入った紙袋をグッと渡される。どこから突っ込めばいいかわからないけどとりあえず、
「凄いゲームだってことは分かったよ。タイトルは...」
「e-Sports、ね」
専ら付き合い方としては観戦者の一人だ。プレイはしないものの、時代に合わせてたまに見る程度。見る分には素直に楽しい。そもそも僕はゲームが好きだった...はず。なんだかいてもたっても居られなくなり、
「...よし、一度見に行ってみるか」
実物を見て買いたくなければそこまでだろうし。とりあえず。
「──全く関係ないゲームを買ってしまった」
一目ぼれだった。『感動』をこれでもかと推し出すこの作品を、ストーリー重視の僕が見過ごせるわけなかった。調べたところクリアまでに時間はかかるらしいけど気にしない。今は僕には無敵にも等しい自由時間がある。それが購入を後押ししたのは間違いなかった。
パッケージからディスクを取り出し、ホコリを被ったゲーム機を拭いて挿入する。ワクワクする気持ちと少しの不安が入り混じる。何年振りかもわからないゲーム。今でも好きかどうか。それに感動するって言ってもゲームで涙を流すなんてことあるだろうか。そんな面持ちのままにスタート画面を進めていった。
「──。」
今、何時だ?...2時。
そうか僕は4,5時間...
その瞬間窓の外から差し込んだ光景に呆然とする。
「夜中だっていうのか、今は」
画面を見てセーブデータからプレイ時間を確認する。どうやら初めてから10時間以上ぶっ通しで遊んでいたらしい。ゲーム中の物語で言えばまだ2割程度しか進んで居なかったので、正直そこまで経っていたという実感はなかった。
面白い、というよりも
「...こんなにハマれるなんて」
自然と言葉が出た。
次のシナリオまで、次のボスまで。中学生以来の久しぶりの感覚。画面の中の主人公たちは冒険の続きを期待しているように見える。呼応するようにして僕は再びコントローラを握った。時間の制約がない以上、ゲームクリアまで止めることは...
ぐぅ。
頭は制御出来ても、身体が一時休憩の合図を送ってくる。
「半日以上何も食べてないんだった。おっ...と」
半日ぶりに立ち上がった足は言うことを聞かずもつれそうになる。その光景にどれだけ座ってたんだと自分で自分を苦笑しながら僕は部屋の外に出た。
リビングに降りる為に階段へと向かう途中となりの、明日香の部屋から光が漏れている。まだ寝ていないのか、消し忘れたのか。こんなこと前にもあったような。
「大丈夫かな」
夜更かしには遅すぎる時間。僕とは違って明日も仕事がある明日香がこんなに遅くまで起きてるならさすがに心配になってくる。閉めるついでに一言いうべきだろうか。
ドアノブに手をかけつつ、中の様子を探りつつ言った。
「明日香?あんまり遅くまで夜更かしは...」
「えー?私タンクはどうだろう。...わかった、やるから」
「あ、すか...」
覗いたその先には、ヘッドセットを付けてモニターに向かう妹。仕方ないと言った様子で楽しそうに喋っている明日香だった。
驚いたのはその豊かな表情にある。僕が知っている、もの静かな明日香とはまるで別人。しかも遊んでいるのは神が推しに推していたあのゲームで、大きなモニターにでかでかと映し出されていた。
見たところ、通話越しの友人と一緒に遊んでいるらしい。
「ごめん。部屋のドア開けっ放しだった。ちょっと閉めてくるか...ら?」
「あ...」
ドア越しにモニターに視線を奪われていた僕と椅子をクルっと回転させてドアを向いた明日香。自然と彼女の表情は不機嫌なものとなり、呆れたように目線を切ってズンズンとこちらに近づいてくる。この状況を説明しようにも、
「最っ低です」
断ち切るような一言と合わせてバンっとドアを閉めた明日香。
「違うんだ...これは」
そのときポケットに入っていたスマホが通知が入る。
『黙って下さい。友達に聞こえるので』
(時間を置いた方が良いかもしれないな)
直ぐお詫びの返事を送って、ため息交じりに階段を下っていった。
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