第15話

「なんでってそれは...」


入社してから無心で働いた。それでも何度か立ち止まり、振り返るたびに間違ってないと上書きしてきた選択。志望動機に散りばめたならいくつもある。だけど、本心では気付いてて。


「...内定貰った中で一番良い条件だったんだ」


「でしょうね。目標がないなら辞めれば? ニートはオススメよ」


僕の喉の奥から絞り出した言葉。対して彼女の答えは信じられないものだった。


「いや辞めるまでは...」


「なんで?」


「なんでって...辞めたらお金が」


「貯金してないの?」


「あるけど」


「だったらいいじゃない?」


「いやでもニートは世間体が...」


...?


おかしい。僕はそういう話には興味がないはずなのに。現に同窓会だって会話に入るのは嫌だった。


自問自答して固まる僕に、先ほどとは別人のような月坂の柔らかな声音がした。


「そうよね。そこまで分かれば難しくないわ」


「...どういうこと?」


「後は他人から何を承認されたいか。それが分かれば良いのね」


「...」


黙って月坂に続きを乞う。


「言い換えればどのステータスがあれば満足できるか、とも言えるわ。勤務先なら目標とする企業までの道筋を立てればいいし、年収、貯金額も同じね。良さそうなアイデアがあれば起業も良いと思う。無いとは思うけどモテたいなら女性が男性に求めるモノを片っ端から集めればいいわね」


「自分で決めた目標があれば迷わないから」


「...」


その言葉の横で、僕は力が抜けたようにベンチの背もたれ体重を預けて空を見上げた。今まで生きてきて口から溢れ出た言い訳が消えたような気がして。


なんだ、か。


「なんか、小さいね僕って」


「あたしに言われても困るわ。目標は他人と比べるものじゃないし」


今なら分かる気がする。結局のところ自慢できるモノがなかったから話の輪に入らなかっただけだ。色んな業界が混じるあの場で勤務先を知る人は少ない。たまたま居合わせた友人は知っていたけど。


僕は、それが面白くなかった。


「...」


「...」


それから一言も発することなく、ただ遠くを見つめていた。


「もー...」


ぼーっとする俺の横で彼女の困ったように言う。

僕を見かねたのか、あるいは失望したか。


不意に、スッと立ち上がる音がして


「あたしが言いたいのはね、優太」


すっかり項垂れた僕の前に立ち、腰に両手を当てる彼女。


まだ何か...


「誰かに決められる人生なんて受け入れちゃダメってこと」


「そんなの、生きてるって言わない。...死んでるのと同じよ」


...。

...あれだ。

やっぱり彼女は僕と違う世界に生きてる。


「はっはは...」


おかしな話だ。


「...。」


月坂は僕の一人笑いに反応することなく、ジッと立ち尽くす。


なんで今なんだよ。


「もっと早く...」


僕も。

前は僕もそういう生き方をしてたんだ。


「もっと早く言って欲しかったよ月坂」


今まで蓋を固くして閉めていた記憶が今になって溢れてくる。


「小さいころ趣味が1つだけあったんだ。その趣味はよく思われてなくて、親にしょっちゅう止められてたよ」


「うん」


「その世界に浸って主人公に自分を重ねてエンディングを見て感動して」


「感動するのはあたしも好き」


「だけど歳をとるごとに触れなくなった。まだやってんのかって。親に、周りに。合わせるように離れて、しかも嫌いになって。今思えば続けられてる人が恨めしく思ったのかも」


「言う人もいたかも。そんなの単なる趣味なのにね」


「それからも僕は僕なりの選択をしてきたつもりだった。...だけどどうだろう、自分が選んだのか周りに選ばされたのか。今はもう分からないんよね」


「...」


「...」


何かを言って欲しいわけじゃなくて。ただ僕が口にして納得出来ればよかった。


「そんなに凹むことなの?」


やっぱり彼女はあっさりしてた。何を考えてるのかはよくわからない。


「...そりゃあね。今まで生きてきた人生はなんだったんだろうって」


「それはあんたにしか分からない。でもこれからは分かるようになる。だって気づけたんだから。行動するのに遅すぎることはない、って言うでしょ?」


どんだけポジティブなんだよって思う。いつの間にか僕の口元が緩んでいた。


「そんな甘い話かな、これ」


「...」


「そんな優太に、あたしの言葉で言うなら」


そう言った瞬間、月坂は僕に背を向ける。


「悩んでるだけじゃ誰も助けてくれないわ」


「正論だね」


自嘲気味の僕に何言っても...


「だから、困ったら相談して」


下を向いていた顔をパッと見上げた彼女の笑顔は、昔の隣にいたときより大人びて見えた。


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