第14話
その後、神と一緒に喫茶店出た。
彼の言う、とっておきを紹介してもらうためだ。
「これって...」
それは月坂の家で見たことがあるものだった。興味ないからスルーしてたけど。
神は二ヤリとした顔で、
「ああ。本で暇をつぶすならライトノベルがお勧めだぜ。アニメやゲームの原作だってある。読むなら一冊2,3時間ってところだ」
視界を埋め尽くすのはラノベ一色に埋め尽くされた棚。そうきたか。
「...でも小説なんだよね? 活字はちょっと苦手で。眠たくなっちゃう」
それで寝落ちして暇が潰せると言われればそうだけど、そういうことじゃない。
僕の言葉に神は肩をすくめて両手を上げ、どうしようもないといったポーズ。
「仕方ないよ。興味もなければ見たこともないんだし」
「月見里の言う小説ならそうかもしれん。だがライトノベルは違う。月見里のイメージするような活字びっしり小説もあれば、まるで学生の作文のような流れるように読める文章だってある」
「そうなんだ。てっきり表紙が可愛いだけだとばかり」
作文レベルなら眠たくなることはまず無いと思う。スラスラと読めるはず。
ただ、どうなんだ?
「面白いのか、それは」
思わず疑問を呈した僕にもう何度目か分からない肩をすくめ、何を言ってるんだと言わんばかりの神。
「お前めちゃくちゃ面白いんだぞ。泣けるし興奮するし、ワクワクするんだ。俺なんかほぼ毎日読んでるぜ」
「ラノベが人生って感じだね」
「そう言われても過言じゃないと思ってる。どうだ、もし興味があればジャンルを聞いた上で俺が見繕ってやるよ。なぁ?」
あまりの推しの強さに身体が引けてくるものの、趣味が読書っていうのも悪くない。神に思いつく限りで興味のあるジャンルを伝える。
「これぐらいかな。ほかにも神がオススメするものがあったら入れといて。但し」
僕は人差し指を突き立てる。この条件は外せない。
「読みやすいやつ。な?ラノベにも色々種類はあるんだが、俺に任しておけば問題ない。ちょっと待ってろ」
短い時間で僕と心をひとつにした神は、機敏な動きでカゴに本を詰めていく。取り残されて何もすることがないので神が帰ってくるまでの間、手書きPOPをひたすらに眺めていた。
「...確かに数は言ってなかったけどさ」
僕の片手には大袋に入った本が占めて10冊。本人いわく「今年良かった5冊。俺が良いと思った5冊。バランスセットだ」と豪語されるがままに買ってしまった。
数を聞けば多く感じるけど、あの膨大なライトノベルの中から良作を10冊選ぶのは書店員の知識あればこそだ。どうせ読むなら面白い方が良いに決まってる。
「...価値観か」
そうなのかもしれない、とほんの少しだけ思えたのは有給のことがあったからで。働く中でいつの間にか有給=悪、だと決めつけていた。いざやってみれば同僚から心配されて、神に至っては間髪入れず無職と信じきって『相談しろ』だ。僕なんて、月坂のニート発言に思考さえ停止したっていうのに。
「もう訳が分からなくなってきたよ」
帰りに差し掛かるのは、いつか月坂と話した噴水公園。広々とした緑豊かな都会のオアシス。しかし、普通に生活する上で足を運ぶ機会はない。単に回り道になってしまうから。
だから、なんとなく足を向けてみる。ただの気まぐれというよりもう少し頭の中で考えたい気分だった。
今朝だって普段行かない書店で、興味さえなかったラノベを買い、見過ごしていた公園を歩く。これが有給の良さなのかもしれないと思いながら、僕はある重要なことに気付いてしまう。
「公園で読書。これだ」
やっと意味のある休日を過ごせる。面倒ながら朝から出かけた僕を褒めてやりたい。
ベンチに座り込み右隣にある紙袋を見る。正直なところ読んでみないことにはなんともだ。飽きる可能性がないとは言えない。
紙袋から気になるタイトルを取り出し、数千円を無駄にするかもしれない不安とワクワクを感じつつ、恐る恐るその1ページ目をめくった。
「優太?何してんの一人で」
「...月坂?どうしてこんなところに」
いきなりの呼びかけは、僕の新しい趣味への第一歩に待ったをかける。
「あたしが先に質問...まぁいいけど。あたしは」
月坂が手に持っているモノを見せつけてくる。
「スケッチブック? 凄いね。プログラムも出来て、絵まで書けるなんて」
「描けるっていうか好きに描いてるだけよ」
中を開いて絵を見せてもらう。...描けない僕が言うのもなんだが上達中って感じだ。月坂の言う通りらしい。
絵を見た僕の何とも言えない表情を気にしないかのように、月坂は周囲を見渡す。
「帰り道によく通るのよここ。良い場所よね。優太がいるなんて思わなかったけど。座っていい?」
頷く代わりに、ベンチの右側に身体を寄せてスペースを作ったところに月坂が座り込む。
「ありがと。‥へー」
彼女は珍しそうに僕の手元に視線を向ける。
「公園で読書なんて、絵にかいたような趣味が優太にあるなんてね」
「まさか、今日始めたばっかりだよ」
「続くといいけど。..って優太、今日仕事じゃないの?」
そういえば月坂には言ってなかったんだっけ。
「今週は全て有給を取ったんだよ」
「ふーん。意外‥でもないか」
「実を言うと私用で有給とったのは初めてで‥」
「何かあったんだ?」
「なっ‥」
ほとんど条件反射のように彼女を見た。僕の仕事ぶりを知らない彼女がなぜ分かったのか。その答えを月坂はあっさりと言い当てる。
「だって優太は昔からそういうことしないタイプでしょ?有給でもさすがに一週間は良い顔されないだろうし」
「......。」
「優太はあたしと違って、人に嫌われるようなことも迷惑をかけるようなことも一切しなかったから」
僕は言葉を詰まらせた。
飲み会でも、神との会話も、そして今も。空気を読んで真面目にやってきたことを真っ向から否定されているような感覚だった。
「話、聞いてあげてもいいわよ?」
「そんな奴だったっけ。月坂って」
「いろいろ迷惑かけたしね。それにそんな顔されてたら放っておけないでしょ」
覇気のない僕を月坂が可哀相な目で見てきたので、有給まで至った顛末を簡単に伝える。
「そういうこと」
「ああ」
「でも来週になれば出勤するわけでしょ。なら今はストレス解消のために休んでるってことでいい?」
出来れば来週のことを考えたくないのに、さっそく痛いとこ付いてくるのが月坂らしい。あと6日残ってても、そういわれると急に気が重たくなってきた。もう一週休もうか本気で悩む。
「優太はその会社で何がしたいの?」
「え...」
月坂の突然の質問に一瞬頭が真っ白になる。何がしたい...か。
数秒ほど考えて返答する。当たり前のような内容だけど、
「昇進したい、かな」
「それってどの会社でも出来るけど?」
月坂はあくまで疑問をぶつけてくるだけ。
何が言いたいのかさっぱり分からない僕に対して彼女は問い続ける。
「営業そのものが好きなの?」
「可もなく不可もない、かな。始めは嫌だったけど働くうちにそこそこ仕事も覚えて来たし今はそうでもない」
言い終えた僕に月坂は疑問の表情を崩さない。次に彼女が言い放った言葉は、僕の人生で少しだけ後悔していた決断を抉った。
「なんでその会社に就職したの?」
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