第12話

カレンダーを見れば月曜日。残念ながら天気はご機嫌ななめ。


「土砂降りの雨って久しぶりだ。...ほんと飲みすぎた」


先週は思った通り飲み会は愚痴の応酬だった。これが結構盛り上って、限界ギリギリまで飲まされたアルコールで二日酔いコース真っしぐら。そのせいで土日は体を動かすことが出来なくて、ただただ休日をベットの上で横たわっていた。


時計を見れば8時過ぎ。今すぐに家を出て会社に間に合うかどうかの瀬戸際だ。


「行ってきます」


妹がバタバタと家を出ていった。確かバスで通勤してたはずだから、天気次第で朝のスケジュールが微妙に変わるのだろう。


食卓には毎度のごとく朝食がラップされて置かれている。


「いただきます」


(おお、美味しい)


時間にゆとりがあるおかげだろうか、いつもより美味しく感じる気がする。


ご飯を作るのは妹の担当。慣れたもので最近だとレパートリーも大分増えてきた。その腕は日をかさねるごとに上手くなっていて、今ではお金が取れるレベル。


食費は全て僕の負担だけど、それぐらいの価値はある。僕が作ろうものなら、なんとかオムライスを一週間回すだけだ。


朝食をものの数分で食べ終わり、リビングのソファーに座ってテレビを付け流れる番組を無感情で眺める。


「平日はさすがにね」


チャンネルを変えても一向に興味のある番組はやってこない。考えてみれば当たり前で、平日朝に20代後半をターゲットにした番組を流しても視聴率が見込めるわけもないからだ。


「部屋に戻ろう」


僕は目的もなく、2階への階段を力なく上っていった。




「え?先輩、有給取るんですか!?」


「声が大きいから。うん、5日間。合わせれば一週間かな」


飲み会の席。隣に座る千羽は、口をぽかんと開けたまま衝撃の事実を受け止め切れないでいた。


会議室の一件の後はあまり記憶がない。覚えているのは夕方になって事務の人から有給を消化するようにと通達が入ったことだけ。なんでも消化率が著しく低いらしい。


普段の僕なら適当に流す。当然、有給なんて取る暇はないし、詰まったスケジュールがそれを許さない。何より部長の目もある。中々出来ることじゃない。しかし、


「部長、お願いします」


「あ?」


その時の僕は何を思ったかその日のうちに有給申請の書類にペンを走らせ、さも当たり前のように部長に渡していた。別人でも見るかのように驚いた顔をしていた部長も事務の人から伝えられた内容をなぞるように話すと、ピンときたものがあったらしく判を押してくれた。


今考えれば思い切ったことをしたものだと思う。もう一度やれと言われたら出来るかどうか怪しい。


「ごめんね」


同時に部署に迷惑をかけることになってしまうことが心残りだった。僕の言葉に千羽は両手を振って、


「いえいえ、そんなの良いんですよ!...それにしても部長がよく許してくれましたね?有給取ろうものなら理由まで聞かれるとか」


お、良く知ってる。その通りなんだこれが。


「ま、私は聞かれませんでしたけど。可愛いので」


「取ったことあるの代休だけでしょ?」


「そうでした」


話を聞けば分かるように若干のブラック風味。まぁでも三年も働けば慣れもする。


「──ま、うちって離職率高いですからね~」


「いきなりどうした?僕は辞める気なんてさらさら」


「そんなの近くで見てれば分かりますって。先輩、辞めそうにないですもん」


面白くなさそうな顔をした千羽は僕の方へスーっと近寄る。そのまま身を乗り出し、


「なっ...あ...おい近っ...」


僕の身体が千羽と一定の距離を保とうと逆方向に引っ張られる。しかし、千羽はそんなことなど一切気にせず、


「アレです」


僕の顔を通り越して肩横辺りで静止する。...どうやら後ろに用があるらしい。


「あれって、あいつのこと?」


千羽の視線の先には他人の肩をバシンバシン叩きながら、酔いの回った大柄な男。そしてそいつは僕の同期でもあった。


「あの人、来年で辞めるみたいですよ?」


「...マジか」


「マジのマジです。私の情報収集力を舐めちゃダメですよ」


驚いたのは同期だからってのが2割。千羽も言うように辞めること自体が珍しいわけじゃない。知っている人が辞めるのは寂しいことだけど。


「でも、今相当順調なはずだよ?メイン張ってるプロジェクトも佳境に入ってきて人員を増やしながら...これからってときじゃないか。成功すれば役職も上がって、この先は安泰だっていうのに」


「なんでも、夢があるみたいですよ?ここじゃ実現まで何年あっても足りないんだ!とかで。ほんと、暑苦しい限りです」


夢?そんなこと一言も...


「あー、先輩には言いづらいんだと思います。先輩真面目ですからね。有給も全っ然とらないですし」


「だから今回の件は凄く驚いたんです。先輩が私用で5連休なんて一大事だー!ってみなさん心配してました」


「...」


一大事って...。僕は周りからそんな風に見えてたわけか。


「そう、なんだ。なんだか心配して損した」


本音で言えば飲み会に来るのが少しだけ怖かった。話だけをまとめれば、嫌なことがあったから5日間休ませて欲しいってこと。会社で一人で決めて事後報告。そんな僕にも同僚たちは背中を押してくれた。むしろ「ゆっくり休め」って言ってくれて。


「悪いことじゃないですよ?だから頼りにされてるわけですし。...当てにされてるとも言えますけど」


クスリと笑う千羽。


「一言多い」


僕は表情を緩めつつ、頭では今更ながらに月坂の言葉が少しだけ腑に落ちていた。どこからどうみても仕事人間だったらしい。





そんなこんなで僕は今、自室のベットに寝そべって有給を存分に満喫しているところだ。


.........。

......。

...。


有給って一体何するんだろう...?


今も会社ではみんなが働いてると思うと罪悪感しかない。


「本当に休んで良かったのか...僕は」


土日を合わせると七日間。下手すればゴールデンウィークより長い期間だ。思い返せば新卒で入社してから一番長い休みになる。


「いきなり休み貰ってどうしていいか分からない、とか言う芸能人が居たけどその気持ちが今になって分かる」


体験しないと理解できないというのが世の常らしい。誰かが言ってた。


とはいえどうしたものか。とりあえずスマホでアニメかゲームでも...っていつもの休日か。...あれ?趣味ってなんだっけ。


───。


考えつつもスマホをポチポチと触り、部屋から出ることはなく、気付けば夕日を感じなくなっていて窓の外は黒と白のコントラスト。


気づいたのは妹がご飯を作っている音が聞こえたからだ。一階に降りて妹と一緒にご飯を済ませて再び部屋に戻り、ネットで気になるニュースや動画を周回する。


「もう12時?時間の流れが早い気がするような」


いつもなら寝ているタイミング。しかし、目はパッチリと覚めている。部屋の中でパソコンとベットを往復して、たまにスマホを触って...うん、疲れを感じないわけだ。


いつもの休日と変わらないな、コレ。


まぁ何をやるために有給を取ったわけじゃないし、休日の延長線が有給ならこんな日があってもおかしくないだろう。どう過ごしたところで誰に怒られるわけでもない。


適当に眠気を感じたところで、僕の体は温かいベットに吸い込まれた。

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