第11話
『なんか仕事の為に生きてるって感じがする。そんなに仕事が面白い?』
......。
「おい、月見里手が止まってるぞ。どうした?」
「すいません。考えごとをしてて」
「おいおい...。仕事と関係ないなら休憩中にやってくれよ」
こくっと頷いて見せた相手は上司である部長。50代の大ベテラン。見回りをしているということは、おおかた仕事が暇になったのだろう。周りから見えないからって仕事中スマホゲームされるよりは良い。たまにゲーム音が鳴っても誰も突っ込みさえしない。
「そんなことする暇があるなら、仕事の一つでもこなして下さいよ」
と言えるはずもなく。
人事評価、僕の給料は部長が握っているといっても過言じゃない。喧嘩にもなりさえすれば部署からも飛ばされかねないし。下手なことを言うのは辞めるときまで取っておくのが無難だ。
「先輩の嫌味、決まりましたね」
隣に座っている後輩である千羽が、舌をペロッとだして可愛さを全面に押し出してくる。
「いや、直接は言ってないから」
「私は可愛いので小言を言われたことがないです。それが自慢です」
言いながらエッヘンと胸を張る彼女。それはそれでどうかと思うけど。
「悩みがあったら聞きますから。また飲みに行きましょ?」
「逆な気が...。まぁでも、ありがとう」
「いえいえー。可愛い後輩は気遣いも出来るんです」
その調子でお昼まで無心で働き続けて。
お昼ご飯を買うために廊下に出向くと、そこには部長と他の部署にいる若手が話し込んでいる姿。歩きながら聞こえてくる会話を繋げれば、緊急の用件で部長にしか出来ない仕事が舞い込んできたらしい。
気になるのは部長の対応だが、聞かなくてもわかる。これも三年以上近くにいた賜物だろう。
「俺の休憩時間なんて気にしなくていいんだ。緊急なんだろ?分かった、今すぐに取り掛かろう」
「ありがとうございます!すみません、休憩を潰してしまって」
「お前の責任じゃないだろうが。じゃ戻るからな」
対外的にはとても評価の高い部長。そして好き勝手にできる部署といい...この人は面白いだろうな、働いてて。
二人の会話を通りすぎて、外に出る。ランチタイムに合わせて会社員が一斉に飛び出すいつもの光景。一人で歩くOLも居れば、同僚と息抜き、上司の驕り、社長を連れて固まって歩く人たち。もちろん僕もその中の一人に過ぎない。
「面白い?って言われてもな。みんな生きる為に働いてるんだし、それ以上でもそれ以下でもないだろ」
傍から見れば、業界内では古くからある名の知れた企業で働いていて、成績は中の中。気は回せる方だから上司の評価もそこそこあって、残業のタイミングも周りに合わせるだけで評価が上がる。悪くない立ち位置。
給料は周りに比べれば少し下がるかもしれないけど、そこは年功序列。働くだけ確実に上がっていく制度に期待する。実家で暮らしているから生活面にこれといって不満もない。貯金も溜まっていく一方だし、行く先10年は安泰だと思う。
(面白くてこれ以上良い仕事があるなら教えてほしいぐらいだ)
ご飯を買って会社に戻ると、何やら部長は慌てた様子で電話を取っていた。関係ないかとスルーして、昼食を取っていた矢先のことだ。部長がずかずかと近づいてきて、やたら不満顔で
「お前やってくれたな。付いてこい」
そう告げて、僕の後ろを通っていく。悪い予感を感じつつ、向かった先は会議室だった。もう何人か席についていて雰囲気は最悪。
そこで事は起こった。
「申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。なんでも僕の作った資料に不備があったらしい。確実性の薄いプロジェクトを社長の相談無しに推し進めたことが原因だとか。なんとも分かりやすいミスだと思う。
なぜ当の本人の僕が他人行儀なのか、理由は簡単だ。
「月見里。これは一度社長に通してもらえと言っただろ?」
部長は普段は見せないにこやかな口調で僕を諭す。
「ですがこれは、部長が私に指示して作成した資料では...。内容も先日ご確認いただいたかと思うのですが...」
身を守るための至極、真っ当な主張。
部長は一瞬驚いた表情をした後で、分かりやすく盛大にため息をはく。
「はぁ...お前証拠はあるのか?...いいや、分かった」
強い疑問をぶつけたかと思うと、反して納得したかように顔を上げて参加者の視線を集めた。
「すまん。私の指導力不足だ。この責任は私にある。月見里には後で私から強く言っておく」
「今回の件は部下が迷惑をかけて申し訳なかった。この通りだ」
部長が頭を下げる。誰が聞いても誠心誠意がこもった言葉。
少し遅れて、僕も頭を下げた。
──。
結果的に部長のおかげで大事になることはなかった。部長が言うなら、と集まった人たち全員が納得したらしい。とんだ茶番だ。
帰り際、部長の20年来の友人だと言う男から肩を叩かれる。
「君、良い上司を持てて良かったなあ。しかし他人のせいにするのはダメだね~」
「...はい」
僕は再び頭を深く下げてから、会議室を出た。
部長は30年以上この会社で働いている。会社ひとすじというアレだ。だからこそ社長の居ないあの場での発言力もピカイチ。横の繋がりも強くて、それを打ち破るだけの力が僕にあるわけない。おかしい、と声を上げればそれこそ今より立場が悪くなるだけで終わる。部長のおかげで、なんとか最悪のシナリオは避けられた。と思うしかない。
上司のミスを部下が被る。珍しい話じゃないし、もうこの件は”そういう話”になってしまった。週末みんなと飲み明かす時のネタはこれだな、と無理やりに気持ちを切り替える。重たくなった足取りで仕事場へと戻った。
「ふーっ...」
ゆっくりと席について背もたれに体を預ける。今までも不条理なことがなかったわけじゃない。これが僕の知ってる会社で社会というもの。面白くもない有りのままの形。
「少し、疲れたな」
窓越しに見た都会の景色は、僕の冷え切った気持ちと対照的に熱を持ってせわしなく動いていた。
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