第10話
「本題なんだけど」
カップラーメンにお湯を入れて待つ月坂に言う。
今日は漫画を読みに来たわけでも、カップ麺を食べに来たわけでもなく、ただ事実を確かめたいだけだった。先週見たのが本当の月坂なら、どうして同窓会でニートなんて言ったのか。
「分かってる。でも、すぐ来るとは思わなかったわ。いつ来てもいいって言ったから全然良いんだけどね。...そんなに気になる?」
カップラーメンを啜る月坂に、僕は改まった口調で向き直る。なんだろうこの差は。
「そりゃ、ね。土日はだいたい暇を持て余してるから」
先週の公園での出来事。最後問いかけたところで、月坂は次の用事に向かうためにその場で一旦別れた。「気になるならまた来て」と言われたので、日を改めてこうして出向いたというわけだ。その次の週に。
どうやら僕の中で『月坂ニート問題』は土日に家でダラダラすることより大切らしい。休日に誰かの家に遊びに行く体力が残っていたことに内心ホッとしてしまう。
「じゃあたしの一件が無かったら、今も家で引きこもってたの?」
「引きこもるって言い方はアレだけど、そんな感じかな。休日の片方は家から出ないようにしてて、疲れをとるために部屋で一人ダラダラ過ごしてる」
「忙しいんだ?」
「そうかも。って僕の話はよくて」
話をしようにも月坂のせいで脱線するから...
...待てよ。
そもそも”触れて欲しくない話題だった”可能性はないだろうか。それこそ月坂の個人的な、精神的なところまで踏み込んでしまうかもしれない。
そう考えると興味本位で聞くのは申し訳なくなってきた。高校からの付き合いで、また来てって言われて。この言葉すら分かれるときに決まり文句で言ってただけなのかも...
「あれはね、副業で使ってる名刺なのよ」
「...副業?」
「そう。この前優太を連れて行ったアレは、あたしが受けた案件絡みなの。割と良い条件だったから」
ちょっと待ってて...と言い残して、部屋を離れて戻ってきた月坂の手元には、応接間で見た同じデザインの名刺があった。
「この名刺」
「そ。あたしの個人的な名刺」
渡された名刺を見て僕は納得した。名前の横に書かれている職種にだ。
「そうか、プログラマー」
これでようやく僕の中で合点がいった。大方あの会社のシステムの一部を請け負うとかそんなとこだろう。
名刺から視線を外し本人、月坂を下から上まで舐めるように見る。
「...」
怪訝に眉を細める彼女には悪いけど意外だった面白そう、で物事を決めてきた彼女ならそれこそ起業したり、毎日を忙しく動き回っている。
そんなイメージ。
プログラムのプの字もわからない僕からすればプログラマは凄い。何もないところからサービスを作り出すなんて魔法みたいだし。基礎でも学んでればイメージぐらいは出来そうだけど、あいにくそんな機会はやってこなかった。
最も義務教育にプログラミングが採用されたから、職種自体珍しいものじゃなくなるだろうけど。僕の世代ではまた別の話。
「何か言いたいことがあるなら言ってくれる?」
ぼーっと彼女を見続けていたせいで怒らせてしまった。僕は残っている疑問を問う。
「あの時、ニートって言った理由が知りたくて。だって副業だとしても仕事してるわけでしょ。同窓会でそんなこと言ったらデメリットじゃないかな?」
あれから、ずっと思っていたことだ。
副業でも何でも職種さえ出せば広がる話もあったはずなのに。わざわざみんなが居る前で言う必要はない。月坂への心象だって下がるだけだ。
一方で月坂の考えは違ったらしく。
「デメリット?別にないわよ」
「そんなこといっても...」
「でも、そうね。優太に会えなかったら参加したことを後悔するところだった。鍵を落としちゃったときはさすがにヤバいと思ったけどね」
「まぁ...」
それは僕も同意見なので反応を返す。だけど、
「でもみんな引いてたよね?」
「んー、引くとかどうでも良くて」
月坂は持っていた箸をカップに乗せて、僕を見る。
「それでもあたしに興味を持ってくれる人と話したかったな、って」
「...」
沈んだ声で言うそれは、何故だか僕の心臓をキュッと締め付けた。
「結局いなかったけどね」
いなかったとはつまり、僕もそっち側でくくられているのは間違いない。
ごちそう様、と空のカップを持って立ち上がる月坂はいつもの声音に戻っていた。
思い返すのは同窓会のあの場面。しかし、悪いことをしたかと言えばそうでもないと思う。僕も他の全員と同じ反応だったわけで、言わば当然の反応をしたのだと結論が付いてくる。
ただ、月坂の言葉を理解出来なかったことがほんの少しだけ心に引っ掛かっていた。
「高校のときは」
片付け終えて帰ってきた月坂が、ノートパソコンを開きながら言う。
「そういうの関係なく付き合ってたわけでしょ」
「あの頃は働いてなかったからね。どっちといえばフィーリングが合うとか、顔とか」
「そう。だからあたしの付加価値じゃなくて、あたし自身に興味を持ってくれる人を見つけたかった。曲がりなりにも同じクラスでやってきたわけじゃない?」
「それはそうだけど...」
それから月坂はこちらをジッと見て、
「 あたしはあたしだから。それが同窓会に行った理由で、優太への答え」
言い切ると視線を切って、キーボードをカタカタと叩き始めた。
「...」
...まぁ、月坂の言いたいことは、ひとつの考えとして理解できるつもりだ。
そんなことより今何してるだとか、趣味とか、そういう学生でも出来るトークのことを指しているのだろう。
「卒業した時点でどこかで働く必要があって、それがそのままステータスになる。その情報を話し合うことを前提で来てる人がほとんどだと思うよ?」
月坂から言わせれば面白くないかもしれないけど、常識だと思う。
「そうね」
僕の言葉に彼女は全く気にする素振りを見せない。と思ったらパタッと月坂の手が止まり、
「あたしはそれがダメっていってるわけじゃないの。それも正解だから」
「正解?」
「そ」
興味がなさそうな口振りで再びカタカタと音を立てる。
「そういえば、優太は何しに同窓会に行ったの?そういう話にも興味がないみたいだし。すっごく面白くなさそうだった」
そんなに分かりやすい表情してたのか僕は。昔から顔に出やすいタイプだったから、お酒が入って気が緩んだのかもしれない。
「うーん、誘われてとりあえず行っただけかな。仕事もなかったし、前も行ったから今回もいくかなって適当に」
「...」
忙しく動かしていた手を止めて、僕をまじまじと見てくる月坂。
?
何かおかしなこと言ったっけ。
それは見開いて瞬きもせず、まるで僕の心の中を透かして射抜くような目だった。
「それって面白いの?」
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