第9話

時刻はお昼過ぎ。


「ただいま」


家の中はひっそりと静まり返っている。僕は気にするでもなくリビングに直行して、雑に脱いだスーツを椅子の背もたれにかけた。


今朝は慌ただしく出て行ったせいで、何も食べていない。落ち着いた今になってお腹が空いてきた。僕は冷蔵庫を前にして祈る。


「頼むぞ...」


中に期待して開けるも、外れ。今すぐ食べられそうなものは何もない。空腹を満たしたければ、今一度出ていくしかないらしい。


はぁ、と一息付こうにも椅子に座らないのは、落ち着かないからだ。


「...ああいう月坂も悪くなかったか」


同窓会で見せたフランクな恰好とは違った、今日のカジュアルな服装。似合ってるといえば似合っている。けれど、


(僕が相手先のおじさんだったら、高校とのギャップに笑ってるな絶対)


思い出して、自然と口元がにやけてくる。月坂と会えただけでも同窓会に行って良かった。そのおかげで気分が上向いているのは確かだ。


...さて。目下の課題は空腹度が0に近いこと。今朝に外出しているのでまた外に出るのは面倒くさい。


諦めずにもう一度冷蔵庫を開いてみれば、組み合わせ次第で作れる料理もありそうだ。


「よし」


ゲンナリした気持ちを切り替えて、中に手を伸ばす。冷蔵庫から卵と玉ねぎを取り出し、溶いてみじん切りにして置く。炊飯ジャーからご飯を必要なだけ取り、一気にフライパンへ放り込む。いつだったか料理番組で見た記憶を頼りにしながら玉ねぎも投下し、ある程度炒めたところで本日の主役。


「ケチャップってどれぐらい入れるのが適量なんだろ。...適量適当か」


流し込んで30秒、立派なケチャップライスが出来上がる。とり肉が必要だけどそれは手間なので省略するのが自己流。


ここからが肝心。ライスを一度ボウルに戻し、空いたプライパンに油と溶いた卵を注ぎ入れる。軽くかき混ぜながら半熟を維持、少な目のライスを中心に置いて、それを包むように手早く半熟卵を畳んでいく。重なった面を下にするようにしてお皿に乗せれば、


「半熟オムライスの出来上がり。これだけは作れるんだよなぁ」


誰に誇るでもなく一人出来栄えに満足する。卵が固まってしまうと美味しく無くなるので片付けは後でいいだろう。正に男の料理って感じだ。得意料理が一つだけなのはご愛敬。


パクパクと料理を食べていると、おもむろにリビングの扉が開いた。もう一人の住居人が入ってきたらしい。


「...。」


それは僕と目も合わせることなく先ほど使っていた冷蔵庫へと向かう。飲み物を取りに来たようで、ペットボトルを手に取ると何事もなかったかのように出ていった。


黒髪を腰まで下ろし、きりっとした表情の女性の名前は山代明日香。

仲が悪いってわけじゃない。用事がないと会話しないだけ。そう言いつつ、最近会話したのがいつだったかは覚えていない。


両親は海外転勤で家にいないから、いまのところは妹と二人で暮らしている。暮らすといってもこの有様だと同じ屋根の下にいる、という説明が正しいかもしれない。


続くように、自作のオムライスを堪能した僕もリビングを後にした。




次の週末、自宅でゴロゴロ...ではなく月坂宅でダラダラしていた。


「10巻は...ない?ちょっと待って、確かこの作品なら...12巻まで出てるはず」


(...これはあれだ。9巻で飽きたな)


月坂は用事があるらしく、僕が家に上がり込むと早々に入れ替わるように家を飛び出していった。「時間潰してて」とだけ言い残して。今の時代スマホひとつあれば一日中過ごせるから1,2時間程度なら余裕。


だけども。


女の家に彼氏でもない男を放置するってあり得るのか。もちろん、変なことをする勇気はないけど。月坂に聞いたら聞いたで細かい、と言われそうだからこれ以上考えるのは止めておく。


スマホで評価サイトを見ながら次に読む漫画を選んでいると、廊下から怠そうな足音が聞こえてきた。


「はー、もう無理。買いすぎた」


「お疲れ」


右肩を露出させたいつもの軽装、そして彼女の手元には大きな買い物袋が三つ。用事と一緒に食料品を買い込んできたらしい。


「手伝う?」


「ううん。大丈夫。すぐに終わるし」


袋から透けて見えるのは豆腐や野菜。普段から料理を作り慣れてそうなラインナップ。


「生まれて始めて月坂の家庭的な一面を見た気がする。学生の頃はいつも学食オンリーだったのに」


「失礼ね。あたしだってやることやるわよ」


ぷんすか言いつつ、食料を冷蔵庫にいく。覗く趣味はないものの、後ろ姿の月坂から目が離せないでいた。高校時代と変わらず身体の線は細く、そこまで身長が伸びてる感じもない。


制服を着ればまたまだ学生で通じそうだと言えなくもない。若く見えるねと子供っぽく見えるね、では天と地ほどに違うけど。彼女のホットパンツからすらり伸びる白い太もも、そして足先がつんのめるようにして、


「う...」


月坂は冷蔵庫の一番高い場所に手を伸ばすもギリギリ届かない。その頑張ってる姿に可愛いな、と思いながらもこのままでは可哀相なので


「貸して」


月坂の隣に立って手を貸す。


「あ、うん。色々と買いすぎちゃって」


月坂から手渡される食料品を次々と冷蔵庫へといく。今まで買ってきた食材は予想どおり雑に押し込まれていたので、合わせてキレイに並べてあげた。


「これでお終いね。ありがと」


「この食材ってまさか鍋でも作る気?」


なんてことない質問に月坂は、ふっ、と視線を上げて


「驚いた。あたしから見れば一体何作るんだろって感じだったから」


分かる人にはわかるのね、と声を漏らす月坂。


買ってきたのは月坂でしょ...と喉まで出かかったそのとき、月坂は冷蔵庫から離れて嬉しそうにもう一つの買い物袋を覗きこむ。その中を吟味して迷った挙句に月坂は何かを拾い上げた。


「...カップ麺?」


「あ、食べる?」


僕は丁重に断ってリビングで月坂を待った。

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