第7話
「───。」
月坂の言葉にクラスが騒然とする。
「ちょっと待って月坂、アンケートとったよね?」
僕はクラスメイトの気持ちを代弁する。
「当たり前でしょ」
「その案の中に”それ”があった?」
「ない。でも面白いと思う」
「ごめん、みんな聞いてもらっていい?」
その良く通る声に湧いたクラスが静まり返る。
「ひとつの案として聞いて欲しいの。もちろん話を聞いた上で全力で否定してもらっていいから」
そう前置きして、月坂は一枚の用紙を見せる。
「みんなが書いてくれたアンケート。答えてもらったのは二つの質問」
「えっと、一つは何がしたいか、もう一つはどういう文化祭にしたいか、だね」
認識のすれ違いが起きないようフォローを入れる。
「そう。何がしたい、については各々在り来たりなもの、さすがにメイド喫茶はどうかなー。とりあえずみんな違ってた」
「だからこその多数決じゃないか」
「なんだけど。話したいのはもう一つの『どういう文化祭にしたいか』。高校最後の文化祭だから、良いことたくさん書いてあって」
「...。」
「思い出に残るような、青春を感じるような、感動できるような、笑って終われるような。凄く大事なことだと思う。あたしはどれも欠けちゃいけないと思った」
いつもは見せることのない月坂の真面目な口調に、クラス中がその空気に飲まれる。
「でもそれはみんなに提案してもらった催しだとできない。どれかを選ばなくちゃいけないから。でも、あたしは嫌だった」
「だから提案するのは...」
その答えがここにある、と言わんばかりにニッと笑う月坂。
冒頭で切り出した言葉と紐づけて納得したのは、先んじて彼女から概要を聞いていた僕だけかもしれない。まさか本当に切り出すと思わなかったけど。
大変だと思う。だけどそれ以上に、面白そうだ。
「どういう文化祭がしたいか、それが似通ってる人達でグループに分かれて動画を作るの。感動したい、青春したい、笑って終われるものにしたい。それぞれが表現したいテーマを詰め込んだオリジナル動画をね」
「それぞれやりたいことをやる建前としての名前が最初に言った『3-Aシアター』になるってわけ。みんなどうかしら?」
月坂の熱量に反してシーンと静まるクラス。
友人と顔を見合わせ悩んでいる姿もちらほらと見える。一見良いように聞こえるけど突然動画って言われても...そんなところだろうか。それを知ってか知らずか月坂は
「それに...」
その混乱を一手に集めるようにして続けると、
「みんなで一つのことをやらなきゃいけない決まりはないし、多分全クラス見ても、ううん、今までで始めてのことかもしれない」
「あたしたちが最初って思うと面白そうじゃない?リーダーとして、あたしは良い文化祭にしたいの!」
クラスメイトを前に今までに見たことのない強い気持ちをぶつける月坂。話を聞けばそれが月坂の暴走ではなく、みんなのことを考えた提案だということは傍からみても伝わったように思えた。
だけど、それでもクラスは静まり返ったままだった。
「あ...。...悪くないかなって思ったん──」
「なるほど、俺たちが初めてか。いいな、それ!」
「動画か。スマホでも作れそうだし、案外やれそう」
「とりあえずやってみる?なんだかワクワクするかも!」
「みんなやる気?じゃあ私もやろうかな...」
月坂の押しの文言が効いたらしく、本人の小さな独り言はクラスの盛り上がりによってかき消される。誰もやってないことをやるってのは確かにカッコ良い。メイド喫茶で儲けた利益も人数分で割るわけだし、それなら思い出に残る映像の方が良いだろう。
盛り上がってるクラスの教壇で、ほっと小さく息を吐いて肩を下ろした月坂に気づいたのは一人だけだ。
「お疲れさま」
「あはは。柄にもないことしちゃった」
話を聞いてたみんなも自分がアンケートに書いた内容に具体性はなかったはず。話し合いをする前に提案した月坂の勝ちってわけだ。
「仕方ないから、動画編集の勉強でもしとくよ」
「察しがいいじゃない。そうね、動画を作るだけなら難しくないし、スケジュールはそれぞれのグループにまとめてもらうとして、編集力に差が出そうだからサポートはあたしたち。後は...」
考えだす月坂の邪魔をすると不満そうな顔になるので放っておくことにする。もうかれこれ半年以上の付き合いだ、扱いは心得ている。提案が通った後のことまで考えていたのか、彼女の口からはすらすらと懸念される問題が浮かんでいく。
仕方ない。選手交代だ。
僕は月坂に代わり、みんなに向かって言う。
「見ての通り月坂は作業の洗い出しを始めたから、ここからは僕が進める。残りの時間で決めたいのはテーマ別のグループ分け。事前に確認した内容で考えれば、5つぐらいに分かれると思う。今から内容を黒板に書いていくから、入りたいテーマに挙手してほしい。まずは一番多かった『青春』から...」
「優太」
同じく教壇に居る僕にしか聞こえない小さな声で名前を呼ばれる。僕は僕で忙しいので横目で彼女を見た。
「ん?」
「ごめん、ありがと」
「どういたしまして」
そして無事『3-Aシアター』は成功を収めることが出来たのだった。
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