第6話

休日に外出することはほとんどない。


仕事中は週末何しようかと一人で勝手に盛り上がり、いざ当日になると身体が動かなかったりする経験はないだろうか。僕の場合はそれが毎週発生する。平日になると週末の予定に思いを馳せて、休日は家でゴロゴロと。終わりのない無限ループの完成だ。


今日みたいに強制イベントが発生しない限りは。


「似合ってるじゃない。さすが営業マンね」


スーツ姿の僕を見て有りのままの感想を言う月坂。彼女は同窓会とは真逆の、いや軽装であることは違いないけれど、カジュアルで整った服装に身に包んでいる。太陽が真上から人々に温もりを届ける中、僕は彼女と並んで噴水で有名な公園(通称:噴水公園)をシャキシャキと歩いていた。


カップルがちらほらと見えるこの噴水公園は、デートスポットとしても人気らしい。大きなため池に、ウォーキングコース、耳を澄ませば聞こえてきそうな小鳥の鳴き声。そのゆったりとした穏やかな時間の流れは、騒々しい都会とは切り離された世界のように思える。


...傍から見る印象だけで言えば、僕たちも絶賛デート中なのかもしれない。


「で、どうして僕はスーツを決め込んでるんだ?」


しかし、どう見ても営業マンとお得意先の女性が並んで歩いているだけ。休日なのに大変そうね、という視線を感じるけど気にしたら負けだと思ってる。


「そうじゃないと成立しないから。...見えて来たわ。あのビルよ」


噴水公園を抜けた先には、見慣れた都会の景色が広がっていた。月坂が指さした先には20階ほどのこれまた大きなビル。外装が光に反射して放つ存在感は、僕の働く会社とは比べ物にならない。その圧倒的な差で思わず後ずさりしてしまう。


「優太?行くわよ」


それを物ともしない月坂を先頭にして受付をして、案内されるままにエレベーターの中へ入った。


「僕が来て大丈夫だったの?」


呼ばれて来たはいいものの、何をするのか、なんで呼ばれたのかは分からないまま。彼女から言わせれば余計なことは気にしなくていい、だそうで。


「いいの。言った通りにして貰うだけで問題ないから」


これが信頼のおける相手なら別だ。だけど相手はあの月坂鈴。面倒ごとに巻き込まれるんじゃないかという勘と、言いようのない胸騒ぎのふたつが警報を鳴らす。


「...わかった」


それでも月坂に付いていくその理由。音を立てずに上っていくエレベーターの中で、僕はふと高校時代のころを思い出していた。



──面白そうだからやるわ。

クラスからの視線が一点に注がれる。僕の真隣に座る女の子に対してだ。

「おいっ...」

この瞬間、文化祭のリーダーが決まった。



「僕を巻き込むなよ」


「しょうがないでしょ、一番暇なの優太なんだから。部活してないんだし」


「ぐ...確かに。副リーダー、月坂の補助か。これは骨が折れそう」


文化祭のリーダーが決まった直後、リーダー直々にご指名を受けてしまった。断らなかったのは、特段断る理由もなかったからだと思う。僕が副リーダーってのもなかなか突飛な人選だけど、月坂だって根っからのリーダー気質というわけでもない。先の一言のように、面白そうという理由だけで立候補した口だろう。


「思ったより大変ね。毎週のリーダー会議が面倒で仕方ない...」


放課後、ぐったりした様子で月坂がボソリと呟く。彼女にあるのは、クラス内の催しに関してのやる気のみ。文化祭全体には、全くこれっぽっちの興味もないにも関わらず、そういった類の作業を任されているのが億劫なのだろう。思った以上に余計な時間を取られているらしい。自業自得である。


しかも、それは副リーダーも同様だ。むしろ僕の方が言いたいぐらいなんだけど。


「月坂がそれを言うのか...。あ、それとこの前クラスに配布したアンケート用紙、回収しといたから。どこか空いた場所に置いておく必要があるな」


「んー、あれって段ボール箱に入ってたわよね。それなら部室に持っていきましょ」


「あそこは...」


「部室でもなんでもない空き教室、でしょ?でも、使ったところで最悪注意されるだけ。理由付ければなんとかなるわ。退学させられるわけじゃないんだし」


僕が説得する前に言葉を並べ倒して、月坂は段ボールを取りに行く。これは決定事項らしい。反論の代わりに、はあ、と分かりやすくため息をついてから、僕は職員室へと足を向ける。先生達にばれないよう空き教室の鍵持ってくる任務が突発的に振ってきたからだ。これでも真面目で通ってるので、不正がバレるのだけは勘弁願いたい。


暗黙の了解というものが全く通じない女、月坂鈴。

それに振り回されてるやつが月見里優太、という構図こそがクラスの共通認識。

これこそが暗黙の了解なのかもしれない。言い得て妙だと思う。


彼女は高校三年生の時に始業式と合わせて転校してきた。

転校早々、誰とでも気さくに(つい本音が出るところもあるが)話す彼女は、中でも隣の席に座る僕に絡んでくる機会が多かった。


背丈は小さめで後先考えず問題を増やして適当だけど自分の意見がはっきり言えて、


「ん、どうしたの?なんか付いてる?」


「いや...何でもない」


ギャルっぽい見た目で、転校生美少女と騒がれても軽く流して、有りのままでいる

月坂の隣にいるのが心地よかった。


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