第5話
「本当変わってないよね月坂は。性格そのままって感じだ」
「そう?そう見えるならそうなのかもね」
月坂は適当に流す。
だからこそ、僕が唯一心を許せた相手だったのかもしれない。ほんの一年ぽっきりの付き合いだったけど。...今度はこちらの番だ。
「つ、月坂はどうなんだ?」
質問に月坂はテーブルに肘をついて、
「優太と一緒。機会で言えば一回だけ有名なスポーツ選手が集まった大きめの合コンに行ったことあるんだけど、それっきりね」
思い出すようにしながら答える。
「合コンに参加するなんて意外だったよ。月坂がそんなのに参加するなんて」
恋愛に興味があったなんて。とは、とても言えない。
「あたしから行ったわけじゃないの。大学の友達に誘われて仕方なくね」
そういうオチか。まぁ相手が居たとしたら、そいつに同情する。彼女の相手が大変だってことは、1年間相手をしてきたから良く分かる。肩に手を置いて、普通の人生を送りたいなら付き合うこと自体考え直した方がいいぞ、って言えるだけの根拠が。
...ん?
後ろを振り向いた拍子に気になるモノが目に入り、会話を中断して近づく。
「うっわ。凄いね、これ」
視線の先には、横長い棚が重なっている。下段には新品同然の漫画と小説。上段にはゲームパッケージがズラリ。棚の上にはゲーム機が各種揃って並んでいた。軽く漫画喫茶レベルだ。触ろうものならお金を取られても不思議じゃない。
気が付かないうちに隣に来ていた月坂が、ちょこんとしゃがみ込んで呟く。
「好きなんだこういうの。ハマったの最近だから新しめなタイトルが多いかも。気になるなら勝手に使っていいから」
「マジか。じゃあ...遠慮なく」
今でこそ宝の山に見えるそれも、高校、大学の時ならゲーム、漫画なんか、と感じたかもしれない。しかし、社会人になれば話は別だ。娯楽にハマるのに理由はいらないし、何を趣味にしても不思議じゃない。ただ楽しく時間を消費することが出来れば幸せなことだと思う。僕みたいに趣味もなければ、面白みもなく会社と家をグルグルと回るだけよりずっと良い。
更なる月坂の許可を得たところで僕は一歩前に座り込んで、下段にある漫画スペースを物色する。漫画は中学生以来読んだかどうか、それぐらいの記憶でしかない。
宣伝や広告で、お!と思うタイトルはあっても、実際に買うまでにはいかないことが多い。読めば面白いんだろうけど、でなんとなく終ってしまう。
選んだ末に手に取ったのは、誰でも知ってる最近アニメ化した有名タイトルの一巻。
「漫画読むんだ?」
「いや、全然。読みたいとは思うんだけど、仕事で疲れて買う気が起きないんだよ」
「土日は?あ...もしかして仕事」
「極たまにね。週末は来週に向けて英気を養うために家から出ないことが多いんだ。スマホでアニメ見たりゲームしたり。それだけで一日が終わる」
「そうなんだ。あ、手に持ってるそれ、今話題になってるやつじゃない。アニメも順調らしいわね」
『400万部突破』の帯が月坂の言葉に説得力を持たせる。アニメ化文句なしの実績だった。月坂に流されるままに、1ページ目をペラりと捲る。
「...!」
アニメ化するのが分かるぐらい面白いじゃないか!
すごい勢いで一巻を読み終えてしまった僕は、すぐさま次巻を手に取って新しい展開に耽る。時間も忘れて四巻目に差し掛かろうとしたとき、月坂がハッと気づいたように声をかけてきた。
「優太、時間大丈夫?終電とか。駅は近いけど気にした方がいいかも」
「...。」
その瞬間、漫画から目を外して月坂を見る。
「な、何?そんな信じられないような顔して」
時間は人を変えるという。正に今、それを体験したところだ。
「人に気を遣えるなんて月坂は変わったなぁ...」
あれだけ周りに迷惑かけてきた月坂が大人になったのだ。これを喜ばずしてなんとするか。まるで子供の成長を見届ける親の気持ちになった気分である。僕はしみじみと深く頷いた。
「8年よ。あれから8年経ってる。...変わらないはずないでしょ」
僕の冗談交じりの言葉に怒るでもなく、彼女はいつも通り返した。一瞬ピリッとしたものを感じたが気のせいだろう。話を戻して、
「終電の件だけど、この家に来た時点で諦めてる。帰るときにチェックインできるホテルを探すからなんとでもなるよ」
「それならいっか」
「僕からもひとつ。いつまでここに居ていいのかな?そろそろ日を跨ぎそうだけど、漫画の続きも読みたくて」
「いつまででも居ていいわよ。っていうか優太どれだけ酒に強いの?あたしはもう大分眠たいんだけど」
言いながら月坂のトロンとした目は半開きになりかけている。
「付き合いで飲まされるから。あれだったら先に寝てていいけど」
「そうする。頃合い見てそのまま帰ってもらっていいから。おやすみー」
眠たそうに、軽くヒラヒラと手を振ってリビングを出た。
いつまで居ていいって...寛大というか、家まで防御が緩いというか。
ま、僕だって変なことをする気なんてさらさら無いし。
そう言うなら好きさせてもらうとしよう。
ペラッ...ペラッ...
「ちょっといい?」
5分ほどで再びリビングのドアが開いて、頭だけを覗かせる月坂。僕は寝転がりながら読んでいるので、顔だけをクイっと回して彼女に向ける。
「明日暇だったりする? 付き合って欲しいところがあるんだけど」
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