第4話

「お、お邪魔します」


僕は緊張した面持ちで玄関の扉を開けた。真っすぐに見える廊下の突き当りにあるドアの向こうは、月坂の待つリビングへと繋がってるのだろう。


「そんな畏まらなくていいから。適当に入って」


本人に聞こえていたらしい。社会人になってからというもの、異性の家なんて入った覚えないせいか、その経験がもろに出たといえる。柔らかな甘い香りがする廊下を歩いて改めて思う。本当に女の子の家に来てしまったのだと。その慣れない環境に、僕は誰も居ない廊下をキョロキョロしながらリビングまで向かった。


「どこでもいいから座って。お菓子...あるはずなんだよね」


床に目配せしながら冷蔵庫を漁りに行く月坂。何処に座ったものかという僕のキョドりが存分に発揮されたらしい。こればっかりは仕方ない、自分でも女の子と縁もゆかりもない人生なのは理解しているつもりなのだ。


許可をもらったところで僕は適当な場所に座り、素直な感想を呟いた。


「外から見たとき思ったけど、やっぱり広いね。でも、一人暮らしには広すぎるような...?」


10帖ほどのリビングにベッドルーム完備。広々とした空間は開放的な気分にさせてくれる。月坂はニートって言っていたけど、この様子だと最近辞めたということだろう。転職活動中なら分かる話だ。なんだ、分かりにくい言い方するよな月坂も。


いくら仲が良かったとはいえ、久しぶりの再会で「なんでニートなんだ?」とは聞きづらいものがある。答えが見えただけ、来て良かったのかもしれない。


「優太の言う通りね。ただ知り合いが来ることもあるから、このぐらいで丁度いいの。はいこれ、置いとく」


「ああ。僕も買ってきたツマミを...って」


人は想定外の出来事に遭遇したら取れる選択肢はふたつ。

スルーするか、しないかだ。


「ち、チョコレート?」


そして迷わず僕は、酒の肴だと差し出されたお菓子に突っ込むことを選択した。


「うん。ダメ?」


「そんなことはないけど...」


こういう場での当たり前が男とは違うのかもしれない。女子で宅飲みでもしようものなら、お酒とチョコレートが並ぶのだろうか。


「大丈夫、僕が買ってきたでフォロー出来るから」


これでも一人晩酌歴で言えば2年ほどになる。それぐらいお酒とコンビニに付き合ってきた僕にとって、チョコが出てきたぐらいじゃ問題になることはない。


「良かった。知り合い...あ、女性なんだけど、同じ場面でチョコレート出したら嫌な顔されちゃって」


「じゃダメだよね、チョコは!」


やっぱりダメかー、と鋭い突っ込みにニヤつく月坂。

僕ならいけるとでも思ったのだろうか?いいや十中八九、”面白そうだから”だろう。


「ほい」


月坂がお酒の入ったグラスを差し出してくるので、合わせるように持っていたビール缶のプルタブをプシュっと開けて近づけた。


「久しぶりの再会を祝して」


「スマホに感謝して」


「「乾杯!」」


冷たいビールを口へ運び、あっという間に缶ビールの半分を空にする。対して月坂はちびちびと飲むタイプみたいで、僕より先にグラスをテーブルに置いておつまみをパクパクと食べていた。


「優太が買ってきたこの...辛いやつ!おいしー!」


「実はそれ、298円もするんだよ。美味しくなくちゃ困る」


「へぇー、値段分の味はするわね。でもあたしが買ってきたチョコレートの方が」


「うん、単体なら美味しいよね」


こういう二次会は悪くない。多少なりとも息苦しさを感じていたあの場から離れて良かったと思う。本音で言えば乗り気じゃなかったはずなのに、流れに身を任せて二次会に行こうとした僕も悪いんだけど。


「ごくっ...ふー。いつにも増してお酒が美味しく感じるわ」


飲み終えた月坂の小さな唇に目を奪われてしまう。今更ながらに二人きりだということを意識する。


(...あ)


そのせいでビールが無くなりかけていることにも気付かなかった。新しい缶と交換する。いつもの平常心じゃないことだけは間違いない。それはそれとして、月坂はお腹が空いていたのかチョコをパクパクと食べマイペースを貫いていた。


僕の考えすぎだろう。そういえば聞きそびれていたことが...


「あー優太って、彼女いるの?」


「ブッ」


口に含んでいたビールを零しそうになった。どうにかすんでのところでセーフ。

単刀直入過ぎる。こう、話の下りというか流れというかあるはずだろ。


...はぁ。

分かってる。月坂はこういうやつだ。


「いない。先を言えば作る気もないし、結婚もそこまで興味はないかな。まぁでも出来たら良い、ぐらいは考えてる」


「お、全部まとめたわね」


「大体その先の質問は同じようなものだからね。なんで?」


月坂にそんな気は一切無いと知ってても聞いてしまうのは何故だろう。彼女の声色からして、居てもいなくてもって感じは十二分に伝わってくる。この雰囲気で交わす会話としては悲しいほどに。


「んー、優太に居るわけないかって思いつつ、気になったから」


...本音を言い合う仲だったのも思い出した。

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