第3話
「さっきぶりね、優太。...なんだか思いつめた顔してる?」
「君は...」
隣に現れたのは、先ほど階段で会った...少女?近くで見ると、やはりその若さに驚かされる。顔立ちははっきりしているのに残る幼さにパッチリとした目。飄々としていてしっかりした口調は、そのギャップを際立たせている。
つまるところ、めちゃくちゃ若いってことだ。
「何?」
まじまじと見つめる僕に、目をぱちくりさせて不思議そうな彼女。
「ええと」
「うん」
ダメだ、全然分からない。
「ごめん、誰だっけ?」
申し訳なさそうに言うと彼女は、「あー...」と苦笑する。慣れた反応をみるに今回が始めてではないらしい。
「月坂。月坂鈴よ。覚えてない?」
月坂は呆れ顔で答える。
「あ」
一発だ。
たしか、高校三年の時に転入してきたんだっけ。そう、隣の席に。
やけに絡んでくるし名前で呼んでくるしで。
そうだった、高校時代一番仲良かった相手が何を隠そうこの月坂本人だった。
「あの時と比べて髪型も色も変わってて、その服装。...全然気付かなかった」
周りがご自慢のコーディネートで参加する中、軽装なのは月坂だけだ。右肩を露出させたシャツと白い足を大胆に見せるホットパンツ。150ほどの身長は昔から変わってない。
「やっぱ浮いてるよね、これ」
「おおっ」
シャツをつまみながら言うものだから、僕の目線からは中のブラが見えそうになって思わず目を逸らす。防御力が低すぎだろ...。
声に反応した月坂は「あ、ごめん」と全然気しない様子でつまんだ手を離した。
「もっとそれっぽい服はなかったの?」
「だって友達と会うわけでしょ。普段の感じでいいかなって思って」
「それは月坂だからみんな何も言わないんだよ。本当なら一着ぐらい...」
「いいのいいの、次は来ないし。あ、ども」
店員から頼んでいたお茶を受け取り、ホッと一息つく。
「話は戻るけど、優太はなんで面白くなさそうだったの?」
さっきは思いつめたって...とりあえず僕の表情が月坂は気になるらしい。
「面白くない、か。そういうわけじゃなくて」
僕は未だに盛り上がっているテーブル付近をチラッと見やった。
「本当ならアレに混ざるのが正解なのかもしれないけど、ああいうの苦手というか」
「混ざれるモノがない?」
彼女が興味なさそうに問う。
「...そういうわけじゃないよ。なんというか、あんまり執着がないのかも」
「そう」
聞いてきた割には素っ気ない反応の月坂。こちらも問い返してみる。
「月坂はどう?」
「ついさっきまであのテーブルにいたわ。年収とか今どこで働いてるとか、聞かれてきたとこ」
「やっぱりそうなるか」
「といっても話に混ざったわけじゃないし、一瞬しか居なかったけどね」
それなら何しに...
「あー、来なきゃよかった。久しぶりに会って面白い話聞けると思ったんだけど」
期待外れとでも言いたげな月坂からは、楽しんでいる様子など一ミリも感じられない。一瞬で抜けた?来なきゃよかった?どうしてそう思うのだろうか。
高校時代の成績は必ず上位をキープしていて、大学も僕より数段上に進学したはず。あの場に居続ければ話の種になるぐらいの話題は充分にあるはずだ。
単なる興味本位だった。
「今何してるの?」
「あたし?ニートだよ」
「えっ...」
......。
予想外の発言に僕は言葉に詰まる。口は半開きのまま塞がらず、目はまばたきを忘れてしまったように固まったままだ。そんな僕を見て、彼女は下を向いてフッと笑みをこぼして、
「ま、そうなるよね。あの人だかりでも言ったんだけど、あの時のみんなの顔ときたら」
何を気にするでもない口調に、何を言って良いか分からず沈黙が続く。
やがて「じゃあね」と言って離れていった月坂に、僕は最後まで声をかけることが出来なかった。
「月見里も二次会行くよなー?」
三時間にわたる同窓会も終わりをむかえて、みんなが撤収し始めたとき声をかけられた。半分以上は参加するらしく、参加は当然だけど一応聞いてみたという感じだろうか。僕は声の代わりに手を挙げて返事をして、ゆっくりと立ち上がる。なんでも月坂は途中で抜けたらしかった。
お店の外では他のメンバーが次の店を決めているらしいので、任せておけば問題ないだろう。そう思って一歩踏み出したとき、足元から金属音がちいさく響いた。
「ん?」
足元を見ればキラりと光る何かがおちていて、気になってしゃがみ込むとその姿は余計はっきりと見えてきて...
「これって!?」
急いで幹事にかけよって事情を説明。僕はみんなと別れてスマホを取り出した。
(やけに良いマンションだけど、本当にここなのか...?)
見上げたそれは高層マンションの一つ。外見からして値段はだいたい予想できる。悲しいかな僕の給料だと払うって終了するレベルだ。
そのままエントランスに向かって連絡したその人と合流する。律儀にも今のいままで待っていてくれたらしい。
「ごめん!わざわざ来てもらっちゃって」
手を合わせてばつの悪そうな顔で言う彼女。
「いいよ。気が付いて良かった」
「ほんと助かる。スマホ様々ね」
「そこは僕じゃないのか」
「うそよ。ありがと」
真っすぐ目を見て感謝されて僕は思わずドキッとしてしまう。
...おかしい。前はもっとこうガサツで、隣にいるのが当たり前なぐらいの距離で話してたのに。それもこれも昔に比べて少しだけ可愛く見える月坂のせい...
「変なこと考えてる?」
勘の良い月坂の言葉を、僕は首を強く横に振って否定した。
流れとしては、落ちてた鍵の場所から月坂のものだと特定。10年前に交換した連絡アプリでチャットを送ってどうにかコンタクトがとれたというわけだった。
「あたしが取りにいったのに」
「さすがに夜に一人で歩かせるわけにはいかないから」
結婚してなくても気配りぐらいはできる。さりげなく言ったそれに月坂は驚いたようで目を丸くさせた。
「...驚いた。優太、まさか結婚してるの?」
「いや、むしろその言葉から逃げてきた側だから」
『まさか』っていうほど驚くことだろうか。月坂からみた僕はそんなにも結婚からかけ離れているらしい。
「じゃ、もう落とさないようにね」
後一時間もすれば終電がなくなるから、その前には帰りたい。そう思って彼女から振り返ろうとしたときだった。
「暇なら上がっていかない?」
思いもよらない台詞に僕は思わず自分の耳を疑ってしまった。
「8年ぶり?ぐらいだっけ。久しぶり会えたんだし、別れたらこれっきりだと思うのよね」
その予想は間違ってないと思う。僕自身今日会ったクラスメイトと会うのは恐らく4年後だろうと思ってる節がある。
「二次会ってことで」
彼女の言い方は他意があるようには聞こえず、ただ単純に久しぶりの再会を喜んでくれているようだった。好きとか嫌いとかは抜きにして。まぁ高校の時からそういう奴じゃないってことは僕が良く知ってるんだけど。
「うん、わかった。...ビールってある?」
だとしても飲まないと上手く話せそうにもないので、アルコールは必須アイテムだ。
「ビール?んー今はないかも。いつもは知り合いが買ってくれるんだけど」
「じゃあ一度近くで買ってから行くよ。部屋の番号だけ教えてくれる?」
「りょーかい」
チャットアプリで部屋の番号だけ送ってきて、月坂は自宅へと帰っていった。
「ふう...」
見送った後で深呼吸。向こうに恋愛感情が無いとはいえ、久しぶりに再会しただけでもびっくりしたのに、家に誘われるこの展開はさすがに予想できなかった。
...異性の家に入るのは初めてじゃないか、そういえば。
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