第2話

「そういえば、お前第一に入ったんだってな」


「あれ、話したことある?そうそう。良く知ってるね」


第一製進。通称第一と呼ばれているその会社は、システム関連の仕事をメインとしている。業界人は皆こう呼ぶので、自動的に山中も同じ業界にいるということだろう。


「いや、驚いたよ。昔ながらの体制とは聞くが、実際悪くないだろ?何より安定感が違う」


「確かに、向こう十年は潰れないと思う。人も抜けていくけど、その分入ってくるから体制は変わらないかな」


「そうだよなぁ。俺も何時かは結婚するだろうし、早く安定した環境を作っておきたいんだ。早く結婚してえ...」


山中の強い願いはそっちのけにして、その言葉にゲンナリする自分がいた。


そりゃ考えてなかったわけじゃない。26にもなっていざ言われると現実味を帯びてくるのも分かる。だけど、同期や知り合いが結婚していく中で別段焦りを感じたことはない。...本音を言ってしまえばそこまでの魅力を感じていないのだ。


しかしそれを周りに話すのはやめることにしてる。一歩間違えればふくろ叩き...は言い過ぎだけど、話がややこしくなるから面倒で。


「結婚ね...」


「お前その顔、諦めてるだろ?そういうやつに限って結婚するんだよなー」


結局どういう反応をしても逃げられない。この気持ち、わかる人にはわかると思う。


と、一人が立ち上がり乾杯の音頭を取る。簡単な挨拶の後で皆がグラスを持ち、


「乾杯」


「「乾杯!」」


掛け声とともにビールをグイッと飲む。仕事の疲れと週末気分が相まって美味しくなるのがビールの良いところ。よくよく見ればお酒を飲んでる人は半分もいないようだった。飲みニケーションという言葉が廃れてきている今、飲酒を強制される機会は滅多にない。慣れる必要性が薄れたのだろう。


じゃあなぜ僕がビールを飲んでいるかと言えば、慣れの一言につきる。同僚と愚痴を言いながら、むしゃくしゃして飲んでたら慣れてしまっていた。味が好きというわけじゃないから、場に合わせて飲むようにしている。


「月見里もビール飲むのか?似合わねーな」


「ビールに合うも合わないも無いでしょ。職業柄ね。ま、付き合いでは飲めた方がいいし」


「とりあえず生!ってか。月見里の言うように上の層と絡む機会が多いから、飲めるに越したことないわなー。俺の会社も無理に飲ませたりすることはないんだが、必要性を感じていつの間にか慣れるって奴が一定数いるんだ」


なんとも世知辛い。


「そういえば話の続きだけど、転職するって言った?」


乾杯の音頭の直前で山中がもちかけて来た話。


「そうだ。で、良ければお前んとこの仕事内容を聞かしてもらえると助かる」


「うん、いいよ。興味あるんだ?」


社内に話し相手が増えるのは嬉しい。面白みのない仕事でも周りの人次第では楽しくなったりする。


「1つの候補として、だぞ?働いて分かったが、結局は相性だ。会社が大きいも小さいも、自分に合うところじゃないと続かないと悟った」


「なるほどね」


4年近くもいれば良いところも悪いところも見えてくる。職場との相性が悪いと溜まっていくストレスは決して小さなものじゃない。それは僕にとっても他人事ではないけれど、ほぼ毎週誰かと飲みに行ってその辺は帳消しにしている。山中はその上で合わないと感じたのだろう。


興味を示す山中に、仕事の流れとどんな雰囲気なのかを簡単に伝えていく。


「俺の会社より細かく分業してんのな。雰囲気は想像通りだ」


「人はたくさんいるからね。研修制度はどうだろ...わからないけど、中途は多いから馴染みやすいと思うよ」


話している間にもテーブルには料理が運ばれてくる。話に夢中になってしまった。

山中が口に運んだ瞬間、


「美味っ」


目をカッと開く。


「いや、そんなわけ...」と言って僕が口に運んだオチはもちろん、


「うっま」


そうして食事を楽しんでいると、少し遠くのテーブルから歓声が上がった。その盛り上がり度合いに周囲の人たちの視線が一手に集まる。話し声も大きく、気を向けるだけで存分に話し声が聞こえてくるぐらいだ。


内容は別に珍しいものでもない。僕自身、こういった話は好きではないけれど興味をそそるのは理解できる。


その話題に反応するかのようして山中は箸を止め、緊急速報かのように口を開いた。


「あいつ、年収1000万超えてるらしいぞ。しかも役職付きだ。」


「聞こえてるって」


「何があったんだろうな?リーダー的ポジションってわけでもなかったし、すげぇ気になる」


言いながら山中はサッと席から立ち上がり、


「俺ちょっと話聞いてくるわ。またな」


「はいはい」


山中はほとんど走り去るような速さで、話の発信元へと向かっていった。


四桁万円というのは、人の興奮ゲージを最大まで貯めるらしい。山中だけでなく同じテーブルにいた全員の向かったのがその証拠だろう。見やると、中々の人気ぶりで特に女性から絶大なる人気を誇っている。


その光景を横目に一人寂しくテーブルで酒を飲む。流れに身を任せて行っておけばよかったかもしれない。こうなっては遅いが。


(...うぅ...飲みすぎた)


店員にお手洗いを教えてもらい直行する。出来れば間をおいて戻りたい僕の気持ちを察してくれたのかそこにはビッシリと人が並んでいて、泣きそうになった。


「...え」


戻ってくると、僕の席は消滅していた。いじめられているとかそういう話じゃなくて、誰も居なかった隙に女性グループがテーブルを占領したらしい。フットワークが軽いというよりも単純に話せればどこでもって感じだ。見たところ大分酔ってるみたいだし。別に彼女たちにどいてもらう気はないので、端っこの方に移動する。


「...」


相変わらず盛り上がる話題は変わらない。こうなることは来る前からなんとなく分かってた。しかし、混ざったところで面白い話が出来るわけでもない。


一人落ち着いているうちに酔いが回ってきて、頭が軽くふらつく。僕は店員を呼び、


「温かいお茶をひとつお願いします」


「あ、ふたつで」


タイミングよく隣から追加オーダー。同じ状況の人がいたらしい。


...ん?今の声どこかで。

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