第1話

山代優太。今年で26歳になるサラリーマン。

高校受験では地方の大学に進学、サークル活動はテニス。入ったのは友人に誘われたからというよくある理由。それも終わってみれば健康的な生活に一役買ってくれたし、それに就職活動で話す『大学時代頑張ったこと』には大いに役立ってもらった。そのおかげで、業界の中では中堅ほどの企業に営業職として入社することも出来た。


そう考えると、テニスサークルに入ったことは意外と人生におけるターニングポイントだったのかもしれない。


入社1年目は怒られながら任された仕事をなんとか終わらせ、2年目では慣れを感じ、3年目には覚えた仕事を後輩に教える立場になっていた。マニュアルぐらいあればと思いつつ今年で4年目、振り返ればあっという間の出来事だった。


時が経つのはいつだって早い。これからはもっと早くなる気がする。


「いってきます」


返事が返ってこないのを分かっていて言うのだから、これはもう癖になっている。玄関から外に出ると、ぬくい夜風が身体を撫でた。


今身に纏っているのは、お洒落にまとめたカジュアルスーツに黒のスラックス。一式すべては店員に見繕ってもらったものだ。満面の笑みで「お似合いですよ!」と言われたっきり使い続けている。


いつかファッションに興味が出てくるものだと思っていたけれど、この年になってもお洒落に目覚めることはないままだった。


手元のスマホを頼りに指定された目的地へと向かう。会社周りにはとことん詳しい反面、離れた場所となると途端地図アプリが必須になる。


(この辺なんだけど...)


立ち止まったのは駅近くの大通り。十分なライトアップのおかげで、遠くまで見渡すことができた。この時間でも人が多いのは週末だからというのが大きな要因だろう。

この中で目的地を見つけるのは苦労しそうだ。


立ち並ぶお店はお洒落そのもので、店名は横文字か英語表記。普段は行かないようなお店を前に僕は少しだけ後ずさりをする。それでも幹事が見合った場所探してくれたのだと有難く思いながら、かき分けるようにして人混みを抜ける。やがて目的であるお店の入口が見えてきた。上品にも階段を上がった先にあるらしい。


「どれだけ良い場所予約したんだか」


後はここを登れば...


「あ、お!」


...青?子供みたいな声だけど近くに入り込んで...。あ、そうか。結婚してる人もいるんだった。...それにしても子供か。今の僕には想像できないな。


「もしかして優太?」


「うおっ!」


訂正。声の主は子供ではなかったらしい。本人はフッと笑いながら、


「そんなにビビらなくてもいいのに。っていうか同窓会来たんだ?見た感じ、美味しいもの食べれそうよね」


飄々としたその声には、親し気が感じられる。子供ではないものの、高校生のようにも見える顔立ち。成人しているようには見えない。だけど、この階段を上っているということは関係者。つまり僕の知り合いであることは恐らく間違いないだろう。


遠くを見て考え込んでいると、彼女がこちらを見ながら不思議そうに首をかしげる。


「何してんの?行こ」


「あ? あぁ。」


現実世界に引き戻されて戸惑ったような返事になってしまった。彼女は自然な笑みを浮かべてコツコツと階段を上がっていく。遅れないようにと後ろから合わせて歩く僕の視線は、一点に集中していた。


ピンク色のゆるっとした髪型に片側の肩を大胆にみせるシャツ。ホットパンツから伸びる白い太ももは男性の心を掴んで離さない。それ以外にも、体よくまとめた自分の服装とは違って、彼女はまるで学生友達とランチでも食べに行くようなそんな気軽さに違和感を感じる人もいるだろう。


それはそれとして。最大の問題は気軽に絡んできたコレは一体誰なのかということだ。中で話す機会があれば正直に名前を聞いておこう。ある程度の付き合いがあったなら話しかけてくるかもしれない。


誰かもしれない彼女の後ろを歩きながら、僕は4年に1度の大イベントに足を進めた。



向かっているイベント、高校の同窓会は実に4年ぶり2回目となる。今のとこ皆勤賞なので、彼女が以前にも参加しているなら一度顔を合わせている可能性が高い。


そのまま受付を済ませ通された先には、こじゃれた飲み屋のようでその落ち着いた雰囲気が久しぶりに語らうのにピッタリだと思った。


入ってみれば、もう半分近くの人数が到着していてそこには見知った顔がちらほらと見える。当時の面影を残した面々は、早くも再会を懐かしむように語らい始めていた。空いているテーブルの椅子に座ると対面の男性が話しかけてきた。


「おお、月見里か?全然変わってないなお前」


「山中!...それは誉め言葉と受け取って良いんだよね?」


そのセリフ4年前にも聞いた気がする。彼は覚えていないだろうから、言われた側だけ覚えているあの現象。山中はそんなことより、とでも言いたげに自らの顎を触り始め、


「俺はもうこんなに変わっちまった」


「髭生やしただけでしょ」


「んなこといってもよ、もう26だ俺たち。あと4回お年玉貰ったら30になる」


この懐かしい感じ。当時の空気を思い出す。社会人になってからというもの、気心しれた相手とはなす機会は極端に減ってしまった。


「上げる方ね。お年玉は」


そういうと山中は白い歯を見せつつ、しみじみと言う。


「この前親戚の小学生に5千円上げたらな、少ないねって言われたんだ。俺の常識だと充分なぐらい渡しているつもりだったんだが。だから俺は追加で5千円渡したら笑顔になってくれたよ。これがジェネレーションギャップってやつだな」


相当心にきたらしい。...山中には悪いけど、まとめれば笑顔欲しさにお金を貢いだように聞こえてしまうのは、僕の心が良くない方向に染まってしまったからだろうか。


だけど、僕にも思い当たる節がなくはない。


「実は僕も会社で...」


まだ始まってもいないというのに、盛り上がる室内。思うに高校で出会った人たちが一番付き合いやすい気がする。クラスという分かりやすい区分けのおかげで、毎日顔を突き合わせるのが当たり前。自我もそれなりに確立してくる年頃だから、そこで仲良くなった人たちは、8年経った今になっても当時の距離感を残したままだ。見た目は変わっても根底は変わっていない。


そんな下らない話の中で、思いだしたように山中が切り出した。

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