僕が会社を辞めるのは、彼女(ニート)のせい?
宙いるか
プロローグ
開始早々、修羅場だ。
僕の目の前にいるのは40代ほどの男。それなりの役職に付きながら、整理整頓は苦手なのか机の上はお世辞にも綺麗とは言えない。いつ活躍したのかも分からない紙束が乱雑に散らばっている。
ここ最近メタボ気味だと言って回る男性は、手元の資料をペラペラとめくりながらこちらを見る。
「この資料、俺の指示したものとは違うようだが?」
もうかれこれ3年ほどの付き合いになると思う。高校生で言えば、入学から卒業まで同じクラスってことだ。しかも、毎日話すのだから関係性で言えばもう親友レベルなのかもしれない。
「すみません。部長から指示された通りに作成したはずなんですが...。お話いただいた内容をこちらにメモしていますので、確認して頂けますか?」
駅から徒歩10分ほどにある雑居ビルの5階。建てられたのは随分前らしく内装はだんだんと劣化していく一方。新卒で入社した人はこれが当たり前だと思っているけど、中途で入ってきた人間からはすればブーイングの対象。採用ページで紹介している外観はキレイだから、そのギャップが一番の理由だろうけど。
「う~ん。...月見里の書いたメモは合ってるようだが、俺のイメージとは違うんだよよなあ」
「はぁ」
「修正は...あぁ、俺がする。戻って良いぞ」
部長は言い終わってすぐ手元の資料を見て、ああでもない、こうでもないと口を動かし始める。いつものパターンだ。
──事の発端は、始業前までさかのぼる。
僕が朝からコーヒーを飲んでいると、”緊急の用件”という理由で部長の席に呼ばれた。言葉の通り慌てた様子で、さらには口頭で指示されたものだから僕はいつものようにメモを取りだす。証拠があるかないかで後から起きる面倒ごとが軽減されるから。そのまま自分の席へ戻った僕は、せっせと手を動かし、出来た成果物に対してこの反応である。
(まぁ、そうなるよね)
最も、ここまでの流れは読めていた。実のところ部長のいうイメージとやらは、本人しか分からない。深く聞こうとしてもパッとしない答えだし、修正は自分でやりたがるからいつもこの調子だ。だから僕は要件だけをまとめて、それらしい形で期限を守ることを優先している。イメージの伝わらない部下、と思われるのは止む無しか。
部長の机から離れて自身の席へと戻ると、隣に座っていた女性が悪戯っぽく笑みを浮かべていた。
「どんまいです」
他の人には聞こえないぐらいの小さな声で言うのは、二つ年下の後輩。面白そうに口元をニヤつかせているのは少し癪だけど、気持ちの矛先が変わることはない。
「なんで振ってくるかなぁ。近くの人に頼めば良かったのに」
部長から回される仕事は、急であればあるほどにイメージに沿った形で終わらせることは難しい。完全に損な役まわり。だけど、僕の気持ちとは裏腹に部長は次から次へと仕事を投げてくる。
「そんなの決まってます。緊急性があるからこそ、先輩に仕事振ったんじゃないですか。部長言ってましたよ、あいつ書類関係だけは早いな!って」
「何度もやってれば早くもなるよ」
書類関係だけ、に突っ込むのは止めておく。朝からこれ以上傷口を広げてやる気を落とすことはしたくない。
気を取り直して。
「今日は外回りだったよね。週末だからって気を抜かないように」
「私、今日が無事に終わったらケーキ食べようと思うんです。頑張ります」
「無駄に死亡フラグ立てるのはやめてくれ...」
ウキウキ気分の後輩の背中を追って、僕も外に出た。
「あぁ...生き返る...」
家のリビングでお酒を片手に呟く。動き回ってクタクタになった身体にビールが染みていくのがなんとも心地良い。仕事を終えた週末にだけに許された贅沢だと思う。...華金ってワードはもう死語かもしれないけど、個人的には全然使える。昔、両親が話していたのを聞いていたら自然と染みついてしまったらしい。
帰り際に後輩から「古くないですか?」と真面目に言われたのはショックだった。もうジェネレーションギャップを気にする歳になってきていることを実感する。時代の移り変わりが早いことは、この身をもって体験してきたところだ。
「はぁ...。やらかした」
テーブル越しのテレビをボーっと見つめるも内容の半分ほどしか頭に入ってこない。その原因は今日の仕事にあった。
外回りで使う資料に一部不備、いわゆる確認ミスだ。一社目でプレゼンした帰りに後輩から指摘されて気づけたのは不幸中の幸いだったけど。その代わり、改めて一社目に詫びを入れに行ったおかげでスケジュールが押して残業する羽目になってしまったというわけだ。
ミスをするのは仕方がない。いくら自分を責めたところで過去は変わらないのだ。社会人になって学んだ少ない教訓の一つ。だからこそ僕はPCを開いて、
「書類作成時のチェックリスト...あった。追加っと」
最低限の反省だけに留める。後は、同じことを繰り返さないように気持ちを切り替えるだけ...とよく言うけどさ。そんなの簡単に出来っこないだろ。沈んだ気持ちを払拭するためにはそれなりのストレス解消が必要だと思うんだ。
そのひとつの解決が一人酒。会社での飲み会よりも、一人でいるこのゆったりとした時間の流れがいいんだよな。
「部長の一件さえなければ気付けたかもしれない。いや、そもそも...」
酒の肴は近くのコンビニで買ってきた焼き鳥と愚痴。晩御飯を食べた後なのにお腹に入ってしまうのが不思議だ。男にも別腹はあるんじゃないか、とか適当なことを考えながらビールを勢いよくすすり込む。
「飲んだら眠たくなってきた」
愚痴を並べる自分が言うのもなんだけど、僕の働く会社はそこまで悪くないと思ってる。
給料は平均より少し低いぐらいで決して少ないわけじゃない。それに辞めるほど嫌かと言われるとそうでもない。嫌なことがあっても月曜日はやってくるわけで。来週も程々に頑張ろう、ぐらいで丁度いい。
よいしょ、と立ち上がろうして目線を向けた先で、ふと目に入ってきたのはテレビ横からのぞく据え置きゲーム機だった。いつしか使わなくなったそれはやはりというべきか埃をかぶっている。思えば、仕事場と家を行ったり来たりするだけの生活。
家に帰れば当たり前のように眠気が襲ってくるし、何もする気が起きない。いわば不可抗力、働いた時点でこうなる運命だったのかもしれない。
「?」
僕がリビングから2階の自室に向かう途中、となりの部屋のドアから光が漏れていた。どうやらお隣さんはまだ起きているらしい。早めに寝て欲しいところだけど。
まぁいいか、華金だしね。
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