郷土墓地

物書きの練習でもらったお題で書いております。

https://odaibako.net/u/albino_itati


『これは友達から聞いた話なんだけど……』

怪談とは大抵こういった他人からの口伝から始まる。

『T市で起きた話で……』

名も知らぬ誰かが言った、何処かもよくわからない場所で起きる珍事件。

まるで調べてほしくない様に振る舞うその話は、されど聞き手に興味をそそらせる程度には話の作りが巧妙であり、そして超能力や異星人等と言った奇天烈な存在が出るわけでもなく、序章は『物が微妙に動いている』とか『誰もいないのに微かに声が聞こえた』等の些細だが身近で起こりえそうな事象で始まり、やはり最後のオチも勘違いともとれる演出して締めくくるのである。


幽霊や悪魔といった存在の有無はこの際置いておくとして、怪談というのはその話のリアリティ、語り部の上手さ、質によって人が感じる恐怖は変わってくる。

たとえば深夜真っ暗な場所で小さな明かりだけを灯して人気のない場所で語れば体験者が死ぬような駄作でない限り素人でもそれなりのモノに仕上がるに違いない。

でも結局それらは見通せない闇が怖いのであって、受け売りの使い古されクタクタになった話が怖いわけではないと私は思うのだ。

確かに自身が誰もいないところで耳元で囁かれたり、誰かに引っ張られたならば魔訶可思議であり、恐怖を覚えるかもしれないがズルいことに語り手である彼らは被害にあった場所を提示せず、利き手である私たちに検証する機会を与えない傾向にある。

「被害にあった」「怖かった」と言うのならばなるほど。それは災難だっただろう。と同情の念を抱き、怖がりで失禁をしてしまったとしても私は決して笑いもしないし蔑みもしない。

けれども本当にあった出来事ならば何時いかなる場所で起こったかを提示しないのは余りに理にかなわないじゃないか。

だって危険な場所ならば注意喚起をし場所を伝えるのが道理というもので、話す相手が親しい友人ならば尚更伝えておくべき情報だろう。

以上を踏まえるに、やはり曖昧な怪談と言うのはただただ相手を怖がらせるためだけの存在なのだろうと思っていた。


だから都会から引っ越してすぐ仲良くなった友人が語る話は「先輩の彼女から聞いた話なんだけどさ」ともはやありふれた怪談の始まり方であったが、身近で明確な場所を示しているのを聞いて興味を持ったのを覚えている。



「彼女さんの地元、まあこの辺らしいんだけどさ、郷土墓地ってのがあってな。どうもそこの墓には色々な人が埋められているらしいんだよ」

如何にもこの話が異常であるかのように神妙な面持ちで某怪談師の真似、と言うよりかは誇張し小ばかにした様子で同じサークルの友人は語る。


『郷土墓地』


少なくとも私にはなじみのない単語だった。

郷土料理。郷土愛。郷土文化。

”郷土”と付く熟語はいくつかあるが、私が知らないだけで郷土墓地というものもポピュラーな存在なのかもしれない。

文字列から想像するに故郷のお墓と思われる。となれば真っ先に連想できるのは先祖代々引き継がれているお墓。家之墓に当たるのだろう。

しかしそうとなると一つの疑問が生じる。


彼は確かに『はかに いろいろなひとが うめられている』そう言った。まるで異常な現象がソコにあるかのように。


普通ならばそれを聞いても「そいつは驚くべき話だな」とは思わないだろう。

お墓に人を埋めるのは至って当たり前のことであり、むしろ人が長年埋められていないお墓の方が興味をそそられる。

しかし今回は”埋められていることが異常である場合”であるらしい。

何となく話が哲学じみてきたように思えたが、視野を広くすると意外に答えは簡単だった。


つまりこうだ。

世界には土葬以外にも色々な葬法が存在し、火葬、風葬、水葬、鳥葬。そういった全体を見た場合に土葬は他の埋葬方法のレゾンデートルを満たしていないことになる。

恐らく彼の言いたいことはこれに違いない。


例えば風葬の場において埋められた死体は信仰上埋葬されたことには恐らくならないだろう。

本の入っていない棚は本棚と呼ばないように、彼の言う郷土墓地も恐らく土葬以外を行っている場所なのに土葬を行っているモノが存在する。という事だろう。

なるほどそういう話ならば確かに興味がある。


「それは奇妙な話だ」

「興味を持ってくれてうれしいよ」


話は瞬く間に進んでゆき今日の夕方ごろにその郷土墓地とやらへと行くことになった。

場所は都心から少し離れた場所。といっても田舎の都心なので情景はさほど変わらず、高い建物があるか無いかの違いほどしかない。

友人が運転する車に揺られ三十数分。空の端を見れば夜の闇が迫っていて日の終わりを告げようとしており、小高い丘に切り開かれた土地は周囲を木々に囲われ一帯には墓が立ち並ぶ風景と人気のない様子は俗世から切り離された様な場所だった。


「まるで黄泉の国だな」

「本当にその通りで」


田舎特有の広大な土地を歩いていくと友人は一つの墓石の前で立ち止まる。


『郷土墓』


庵治石で出来た一際大きな墓石にはそれだけしか書かれていなかった。

それに風葬に使われる台も吊るす用の大きな木すら周囲には見当たらない。


「あれ?ここが例の場所?風葬じゃないっぽいけど…」

「え?今時風葬ってやれるの?」


気の抜けた声を出しこちらをじっと見つめて質問の意図を探っている様子から見ると未だに彼と私の間で話の認識齟齬があることを如実に表していた。

「……もう一回例の話を言ってくれるか?」

「え?ああ……」


―――

――


慎重かつ丁寧に語ってもらうが、やはり話の要点に違いはなく『はかに いろいろなひとが うめられている』これに違いはなかった。

そして土葬であるという点を加えると『はかに いろいろな人が 埋められている』となるわけだ。

都会では遺灰や墓石をタワーマンションの様な建築物で管理する人を埋めない方法もあるが、彼もここら一体が地元だと言っていたのでそれらが主流だと思っている可能性も恐らくそれはないといえる。


ならば。ならばだ。遺体を埋める”墓”ではなく”破瓜”すなわち16歳の女性、もしくは64歳の男性の事を指しているのではないだろうか?

つまりはこうだ。

「郷土墓地という場所で思春期の少女だかよぼよぼの翁だかが居て、犠牲者となった人間はその不可思議な生き物によって体内に埋め込まれる」

そういう話を言いたいのだろう。

わざわざ吸収などではなく”埋める”と言う表現をしている当たり、恐らく取り込んだ人間の一部が体外に露出しているのかもしれない。想像しただけでも不気味で異常性のある生き物であるのは確かで、もし本当にそういった化け物が存在するのなら興味本位であっていいモノじゃない。


「もう帰らないか?」

「そうだなぁ。名前も彫られていないようだし、もう見るものないしな」


時間だけを見るなら墓参りより車の運転時間が長く『肝試しよりドライブをした』と言った方が正しく思えるほど墓地に居た時間は短かった。

何処か呆気なくて、まあされども暗闇の中墓地に数十分と居ればきっと人間の本能にある闇への恐怖によって醜態を晒すよりかはよっぽどましなのは確かだ。


「そういえば誰から聞いたんだ?オカルト研究会には男だけだったと思うけど」

「春馬だよ名前は確か……」


聞くにどうやら先輩の彼女とはつまり私の幼馴染でありオカルト系統には興味のなさそうな人間だったと記憶していたので少し驚いたが何せ十年近く前の事だ。当てにならないのだろう。

心の引っ掛かりを感じつつも私たちは車内で流行りの曲を流しながら外灯も満足にない山道を走り帰路についた。

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短編 白月 子由 @s_itati

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