第32話 最後の一人
「清三様!」
「お父様!」
西園寺さんと久留生さんの声で振り返ると、長身で顎鬚を生やし、高級そうなスーツを着る西園寺さんのお父さんがいた。
「話が大体聞いていたよ。漸井君・・・だったか」
「はい」
「若い頃はやんちゃをするものだ、それは私も分かっている。しかしもう十分だろう。ここまでにしようではないか」
「なっ・・!」
俺が言い返す前に西園寺さんのお父さんは続ける。
「怜菜、いつまで私を困らせるのだ。このようなカビ臭い場所、お前には相応しくない。はやくこっちにきなさい」
西園寺さんのお父さんが手を差し伸べるも、西園寺さんはそれを取らない。
「いつまでですって。そんなの分かっていただけるまでですわ。それに相応しい相応しくないを決めるのは私自身であり、ここは私にとって大切な場所です」
「・・・」
俺も久留生さんも二人の親子喧嘩に言葉を挟めずにいた
「ほう、どうしてもわからないというのであれば仕方がない」
西園寺さんのお父さんは何かを決めたのか不穏な雰囲気で言う。
「この汚らしい倉庫を取り壊す」
「お父様!!」
西園寺さんはお父さんの発言に取り乱した。
「もう一度聞く、帰って来なさい怜菜」
ここで抵抗したら西園寺さんにとって大切な場所が壊される。
西園寺さんは決断できないでいると、下唇を強く噛み、目の下に涙を溜めてお父さんを見据える
「そうか、わかった。これも一つの教育だ」
西園寺さんのお父さんが右腕を上げると、倉庫の周りで待機していたのか、黒服の運転する重機が現れる。
「お父様!」
「おい!」
俺達の声にも一切の反応をせず、上げた右腕を振り落として命令を出そうとした、その時だった。
「清三様!お待ちください!」
意外な人物の発言により、西園寺さんのお父さんの動きが止まる。そしてその発言者を見てその場の全ての者が驚きで言葉を失う。
「どうした久留生。発言する時、誰よりも場所と時間を考えていたお前が、今発言することに対して場違いだと感じないのか」
「場違いであることは重々承知しております。しかし、それを踏まえて、今取り壊す前に私からの発言をお許しください」
「今日のお前は変な感じだな。だがいつもの働きに免じて発言を許す。して、要件は何だ」
久留生さんも緊張しているのか、俺と話している時とは違った重々し雰囲気が感じられる。
そして口を重たい空気の中、久留生さんは話しだす。
「ここは・・・清三様にとっても大切な場所です。憶えておられませんか」
「はぁ・・・ここがか?」
「昔、清三様も怜菜お嬢様と同じように反抗していた時期がおありでした。同時期、新米執事だった私は清三様をお屋敷までお連れ戻すのが日課となっていましたが、日々多量で不慣れな執事業務に私は心身疲労してしまい、終いには数週間のお休みを頂くことになりました。体調自体は数日で復帰しましたが、気持ちの方は直る目途が立たず、しばらく部屋に閉じこもる生活になりました。その時、私は片田舎から一人この町に出てきて住み込みで働かせて頂いていたことから、周りに頼れる家族や友人もなく、辞めてしまおうかと心が挫けていました」
久留生さんの話に皆、口を挟まずに聞いていた。
そして久留生さんは続ける。
「そして業務復帰一週間前になり、私は辞表を書いてお屋敷に持って行こうしてした時です。部屋の入口から扉の叩く音がし、とりあえず持っていた辞表を片付けて扉を開けました。するとそこには清三様がいらっしゃいました。私が驚いて何も話せないでいると清三様はおっしゃいました『体調はもうよさそうだな、仕事復帰はまだもう少し先だけど、暇ならこいよ』と、私の返事を待たずに清三様は私を部屋から連れ出し、連れてきてくださった場所・・・・それがまさにこの木造倉庫であります」
「そんなことあるはずがない!私はこんな場所全く身に憶えがない!」
西園寺さんのお父さんは激しく反対するが、久留生さんは冷静だった。
「清三様は自ら忘れられたのではありません。忘れさせられたのです」
「なっ・・・!!!」
西園寺さんのお父さんを含め、その場の誰もが驚き、息を吞む。
「あの日初めてここに連れてきていただいた時、清三様は私が鬱気味であることを察して、とても気遣って下さいました。今まで話せなかった互いの事を話し、古びたボードゲーム等でも戯れました。そしてこの日の事があり私は徐々にいつもの自分を取り戻し、通常業務に戻ることが出来ました。通所業務に戻ってからも、ここは私と清三様だけの秘密の場所となり、清三様が抜け出すと、ここで落ち合って短い時間の中で戯れました。屋敷では執事とお仕えする方との関係でしたが、この時だけは、不敬ながらも友のように感じていました。しかしその関係もずっとは続かなかったのです。毎回怪しまれない程度に抜け出した清三様をお連れ戻していましたが、その日ばかりは時間を忘れてしまい、いつもより長い間戯れてしまったのです。それを不信に感じたのか、屋敷から清三様と私を探す人が派遣され・・・結果から申しますと私たちは見つかり、これまでの関係もばれてしまったのです。私は即座に解雇されるはずでしたが、清三様は私を庇われ、代わりに1年もの間、特別教育が施されたのです。当然その間私と清三様が会うことはなく、一年後再開した時には、当時の優しい面影はなく、恐々とした雰囲気を纏っていました。それは特別教育という名の洗脳に近い、感情操作をされていたからです。当然、清三様は私といた時間を全て忘れていました」
「・・・・・」
久留生さんが話終えても、西園寺さんのお父さんは一言も話さない。
「清三様、思い出せませんか。この場所は怜菜お嬢様だけでなく、私や清三様にとっても大切な場所です。そして私はこれ以上怜菜お嬢様の哀しい顔はみていられません」
「久留生・・・」
西園寺さんお父さんから先程の激しい感情は消えていた。
皆が佇んでいる中、久留生さんは木造倉庫の中に入っていくと、中から何かを取り出してきたのか、それを西園寺さんのお父さんに手渡す。
「清三様、私たちもよくここでキャッチボールを致しました・・・もう何もか思いだされませんか」
久留生さんが手渡したもの、それはとても古びた野球ボールだった。
それを受け取った西園寺さんのお父さんは何かを思い出しているのか、瞼を閉じて静かに話し出す。
「・・・そうか、そんな時期もあったな。もうすっかり忘れていた、このような大事な事を」
そういうと西園寺さんのお父さんは西園寺さんに対面し、柔らかな口調で言う。
「怜菜、すまなかった。私は自分と同じ苦しみをお前に与えるところだった」
「お、お父様!?そんなことなさらず・・・!」
西園寺さんのお父さんが謝罪すると、西園寺さんはお父さんの普段見慣れない姿に慌てる。
「いや、そういう訳にもいかない。古びた悪い習わしは私の代で断ち切る。怜菜、しばらく自由にしなさい」
「お父様!」
「清三様!」
西園寺と久留生さん、またその他大勢の黒服も驚いている。
そして最後に西園寺さんのお父さんは俺に向かって言う。
「怜菜は女だが、野球の筋はいいかもしれないぞ。なにせ私の娘だからな」
そう言い残すと、持っていた野球ボールを持ったまま車に戻っていった。
そして久留生さんは西園寺さんのお父さんが乗った後に扉を閉めると、俺に向かって言う。
「時に感情的になることこも必用なのかもしれません。それを私に教えて頂きありがとうございました。漸井様、怜菜お嬢様をどうかよろしくお願い致します。」
そう言い、こちらに向かって一礼をした後、屋敷へ帰っていった。
俺と西園寺さんを残して全て去っていくと、先程まで激しく降り続いていた雨は止み、日の光が俺たちに差し込む。
「西園寺さん、ここまで色々あったけど、よかったらまた一緒に野球がしたいと思ってる。よければチームに入って欲しい」
俺は今の精一杯の気持を西園寺さんに伝え、西園寺さんはそれに答える。
「断る理由なんてございません。ぜひ!これからもお願い致しますわ!」
西園寺さんは目の下を少し腫らしながらも、今の天気を象徴するような笑顔で返してくれた。
最後のピースが揃い、今ここに俺達のチームが完成した――――
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