第29話 五月雨逃走劇

 西園寺さんがボールを投げ返そうとした、その時————


「やはりここにおられましたか」

 いきなり掛けられたそれは、老熟した渋みのある声だった。


 声のした方を向くと河川敷の上の方に、タキシード姿で長い髭を生やした、60代くらいのご老人が姿勢良く立っている。

久留生くりゅう・・・」

 どうやらあの謎のご老人は久留生さんと言うらしい。

「知り合い?」

「・・・・・」

 西園寺さんは俺の質問に答えず、久留生さんを見据える。

 

 西園寺さんが何も話せないでいると、代わりに久留生さんの口が開く。

「これはこれは、怜菜お嬢様のご学友であられますか?私、西園寺家の執事をやらせていただいている、久留生と申します」

「ご丁寧にどうも。西園寺さんのクラスメイトの漸井です」

「左様でしたか。いつも怜菜お嬢様がお世話になっております」

 俺達が話していると西園寺さんが話に割り込んできた。


「お父様なのね」

「その通りでございます。清三せいぞう様は大変心配されておられます。」

「っ・・・」

 どうやら久留生さんは、西園寺さんのお父さんの差し金でここにきたらしい。


「今すぐ戻らないといけないのですのよね・・・」

「はい、すでに準備は致しております」

 そう言って久留生さんが手を上げて合図をすると、どこかで待機していたのか数台の黒ベンツが近くにやって来る。

「怜菜お嬢様、どうぞお乗りください」

「・・・・・・・」

 しかし西園寺さんは一歩も動こうとしない。


 すると、

「・・・って」

「?」

「私だって私自身の意思があるのです!やりことだってたくさんあるのです!今日は帰りませんわ!」

 西園寺さんは持っていたボールを、勢いに任せて久留生さんに投げた。

 しかし、意図も簡単に胸の前で片手で取られる。

「私を家に帰したいのであれば、無理矢理にでも捕まえてみせなさい!行きますよ、漸井さん!」

「え!?あっちょっと!!」

 俺は西園寺さんに引っ張られて河川敷を走って出て行く。



「追わなくていいんですか?」

 車の中から出てきた黒服の一人が久留生に話しかける。

「ん・・・ああ、そうでしたね。全員でお嬢様を追いかけなさい。しかし手荒な真似はしないようお願いしますよ」

「はっ!」

 合図とともに側近の男たち、総勢20名が二人を追いかける。



 俺達は河川敷を出てすぐに住宅街に逃げ込んだ。

「西園寺さん!こっち!」

「は、はい!」

(状況はよく分からないし、話を聞く余裕もないけど、とりあえず話の流れに身を任せよう。理由はどうあれ、女の子一人を大勢の男で追いかけるのはいけないな)


 俺は西園寺さんの手を引いて細い道に入る。河川敷のような広い場所にいては車ですぐ追い付かれてしまう為だ。

 始めは何度も黒服たちに囲まれそうになり危ない場面もあったが、ホームグラウンドまで逃げ込んだ俺は、土地勘を有利に働かせ、黒服たちを巻くことができた。

「とりあえずどうにかなったか。西園寺さん大丈夫?」

「えぇ・・・なんとか」

 俺の方は問題なかったが、隣にいる西園寺さんは肩で呼吸をし、疲れを見せていた。

「しばらく大丈夫だと思うし無理しなくていい。落ち着くまで————」

 『ここにいよう』そう言いかけたその時————


ぽつ、ぽつ、ぽつ

「あ、やば・・・」

数的の雨が額を濡らす。

そしてその直後、


ザーーーーーーーーーーーーーーー!!!


 俺達の体に激しく雨が打ち掛かる。

「やばい!いきなり降ってきた!どこか雨を凌げる場所に隠れよう」

「しかしどこかと言いましても・・・」

「ん~・・・・」

 俺は必死に今いる場所と脳内マップを照らし合わせる。

 道中、学校や大型ショッピングモールに逃げ込もうかと思ったが、入口には数人の黒服に張られて入れる状況だった。そのことを俺も西園寺さんも知っているため、身を隠す場所に考えあぐねていた。

 

 俺の考えがまとまらないでいると、

「あ!私に一つ考えがありますわ!こちらに!」

「お、おう」

 俺は半ば強引に手を引っ張られ、目的地に急ぐ。


 そこは先程いた場所からあまり離れておらず、ものの3分でたどり着いた。

「ここは・・・」

「説明は中で致します!風邪をひいてしまうので中で雨宿りしましょう」

 俺と西園寺さんは一先ず古びた木造倉庫に入った。


中に入るといい長さの棒があったので、出入り口の扉に掛けて簡易的な封鎖をする。

 そして少し落ち着いたところで、西園寺さんが話す。

「とりあえず、十分な説明もないままここまで強引に連れて来てしまい申し訳ありません」

「それは大丈夫だけど、何から聞いていいのやら」

 俺は何から聞いていいのか、混乱していた。

 するとそれを察して西園寺さんは言う。

「承知しました。それでは順を追って説明致します」


 俺たちは濡れた体をそれぞれ持っていたタオルやハンカチで拭き、会話を交わす。

「まず、先程河川敷にいた久留生は私の家に仕えている執事ですわ」

「なんとなくそれは察してわ。あと久留生さんも言っていたけど、清三さんがお父さんなんだっけ」

「はい、その通りですわ」

 俺は先程知った人物について理解する。


「人物関係がわかったところで根本的な質問をしたいんだけど、どうして俺達は逃げているんだ?」

「えぇと、それはですね・・・」

「ん、言いにくいなら仕方ないけど」

 西園寺さんはどこか言葉を詰まらせていた。

 しかし直後、それを払拭するかのように言う。

「いえ!言いにくいということではなく、これはここまでご迷惑かけた漸井さんには説明しなければいけないことなのですが、その・・・それについて説明するために私のことを少し話してもいいでしょうか?」

「それは構わないよ」


 そして俺は西園寺さんからこれまでの事の詳細について聞くことになる。

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