第28話 黄昏時のお嬢様

 5月1日 木曜日


 昼休みに鳳城を皆に紹介することで、また一人俺たちの輪は広まった。鳳城の性格からチームに溶け込むのに時間は要らなかった。


 そして本日最後の授業終了を告げるチャイムが鳴る。


「よし、じゃあ行こうぜ」

 俺は練習に行くため皆に呼びかける。

 しかし、

「ごめん、今日は俺この後用事あるんだわ」

 何やら彰人は用事があるようだった。それなら他のメンバーはどうかと視線を送るが、

「すまない、私も今日は先約がある」

「あれー皆もなのー?私も今日は駄目なんだー」

「俺も今日はちっと都合悪い」

「なんだ、今日はお前たち都合悪いのか。それならまた明日以降だな」

 タイミングが丁度重なったようで、メンバー半数の都合が悪いようだ。


「鳳城悪いな、初日からメンバーの集まりがわるくて」

「申し訳ない」

「ごめんねー!」

「わるいな」

 彰人や他の皆が少し申し訳なさそうに言う。

「ええよ、ええよ。そんな気ぃ使わんで。また皆の予定合う時によろしゅうな」

 鳳城もそれに応えて言う。


「おう!じゃあそんな訳で今日はこれで帰らせてもらうぜ。明日からGWだからお前ら体力温存しとけよな!」

「それじゃあ私もこれで」

「まったねー」

「んじゃなー」

「おう」

 そうして彰人・空音・美桜・聡は先に帰ってしまった。


 残るメンバーは俺を含めて教室に4人。

「うちらしかおらんけど今日はどないする?」

「私はルシフェルの決定にしたがっ!あだぁ!!」

「私も漸井君に任せます・・・」

「うーん」

 4人だと出来ることも限られる。


 数秒間の思考の逡巡を終わらせ、皆に伝える。

「今日は解散でもいいか?彰人が言うように明日からハードになりそうだしさ。今日はゆっくり休むなり好きに過ごしてくれ」

「おっけー、うちはそれでええよ」

「いいでしょう」

「うん・・・」

「よし、じゃあ解散で!」

 そうして残った俺達も解散した。



「こっち行ってみるかな」

 帰りの支度を済ませ校門を出た後、俺はいつも帰る方とは逆方向に足を進めた。理由は単純、時間が有り余っていた。ただそれだけだった。


 メンバーの皆と過ごすようになってからは、帰宅時間が18時過ぎになることが殆どだが、今日はまだ16時半。こんな時間に帰っても特にやることもないので、暇つぶしに散策をする。



 学校を出て30分、河川敷に着く。普段の登下校では絶対に通らないので、かなり新鮮な光景だった。


 俺は少し高揚した気持ちで河川敷沿いをしばらく歩く。しかし、歩き始めてから数分後、空模様は自身の気持ちとは正反対に変わっていく。

「ちょっと雲行き怪しいな・・・少ししたら帰るか」

 遠くの空が曇天になってきたのを確認し、少し足早になる。


 すると、

「ん?」

 遠くの方でこの河川敷の風景に似合わない物体が視界に入る。

 

 俺は近くに寄ってその正体を確かめた。そしてある程度近づいた時、その正体が明らかになった。

「あれ・・・西園寺さん?」

「あら、漸井さん。このようなところでどうかなされました?」

「どうかなされたって・・・それはこっちのセリフだよ」

 河川敷に一人腰を下ろしていたのは、同じクラスメイトの西園寺怜菜さんだった。

「私ですか?それは・・・気分転換と言うところでしょうか?漸井さんはどうしてこちらに?下校途中でした?」

「いや、俺も気分転換みたいなもんだよ。家も逆方向だし」

「そうでしたの」

「西園寺さんはまだここにいるの?」

「えぇもう少しだけ」

「そうか・・・・・なら俺も少し一緒してもいい?暇してたからさ」

「ええ、もちろんですわ」


(天気が怪しいけどすぐには降らないだろう。少しくらいおしゃべりしてからでも問題ないはずだ)

 俺は西園寺さんの横に並び腰を下ろす。


「西園寺さんはよくここに来るの?」

「時々ですわ・・・そう、時々衝動的に来ますの」

 口調と視線から、言葉の裏にある重たいものを察した。

「衝動的に来ないといけないような何かがあったのか・・・?」

「・・・ん・・・その、色々ですわ。私の家は色々と面倒な事が多いから、こうして落ち着いた場所で気持ちの整理をしますのよ」

「西園寺さんは何でも卒なくこなす人だと思ってたけど、そういうこともあるんだ」

「漸井さんは私を買いかぶりすぎですわ」

「そうか?」

 俺達は他愛もない会話でしばらく過ごした。



 普段から西園寺さんと教室で話す機会は少なく、他の人から聞いた情報で大体の人物像を想像していた。しかし、こうやって話してみると普通の女子高生らしい一面も見え、少し親近感が湧いた。


「気分転換にと仰りましたが、いつもこのようなことを?」

「いや、いつも放課後は皆と野球をしているんだけど、今日はそれが休みになっただけ」

「野球・・・?漸井さんは野球部でしたか?」

「違う違う、最近作った野球チームなんだ。8月にある野球部との試合に向けて練習してるんだよ。けど正直、半分遊び目的のお気楽チームなんだけどな」

「あら、とても楽しそうではないですか」

「それは・・・まぁそうか」

「そうですわ。だって今、皆さんのことを話している漸井さん、とても楽しそうでしたわ」

「え!?そんな風に見えてた!?」

「えぇ」

「・・・なんか恥ずかしいな」

 俺は無意識の内に高まっていた感情を必死に平静に戻した。



 俺が冷静さを取り戻すと、西園寺さんは俺に尋ねた。

「野球はその・・・・楽しいのかしら?」

「え?」

「私、やったことが無いので」

「そうなんだ・・・いや、そうだよな」

 鳳城さんの野球をしてる姿が想像できずに、納得する。


 そして、そのまま素直に返事をした。

「うん、楽しいよ」

「そう、楽しいですのね・・・」

(西園寺さんは野球に興味があるのか?勘違いかもしれないけど、やったことがないのなら道具もあるし、誘ってみようかな)

「よかったら少しやってく?」

「?」

 いつもキャッチャー用とオールラウンダー用の二つを持ち歩いているので、グローブは足りていた。

 鞄の中からグローブとボールを取り出す。

「野球だよ、野球。って言ってもキャッチボールしかできないけどな」

「いいんですの!?」

「西園寺さんさえよければ」

「ぜひ!お願いしますわ!」

「よし、じゃあまずは道具の使い方から教えるよ」

「えぇ!」

(こんなに喜んでくれるなら誘ってよかったな)

 西園寺さんは先程虚そうな雰囲気だったが、少しづつ明るい部分が現れてきた。



 俺は西園寺さんにオールラウンダー用のグローブを渡した。しかし、流石に直に嵌めさせるのは忍びなかったので、新品の軍手を上から嵌めて、その上からグローブを嵌めてもらった。

「じゃあ最初はこれぐらいの距離でやってみよっか」

「承知しましたわ」

 俺は西園寺さんから10m離れたところでミットを構える。

「ボールの握り方とかフォームとか気にせず、好きに投げていいから」

「えぇ、いきますわよ!」


 西園寺さんの第一投。

 不格好ながらも一生懸命投げられたそのボールは、全く見当違いの方向に飛んでいく。

「あ」

「最初はそんなもんだ、気にしないで」

 俺は遠くにいったボールを拾い優しく投げ返す。しかし、西園寺さんはそれもうまく捕球できない。

「難しいですわね・・・」

「少しづつ慣れてこう」

 初めてやるのだからこれが当たり前だ。ちょっとやそっとで上達するものではない。


 と、俺は思っていだが15分後。

「やりましたわ!」

「うん、始めた頃に比べて見違えた。上達する速さが尋常じゃないな。殆ど俺が動かずに取れるくらい制球力もよくなってるし」

「すごく楽しいですわね!」

「上達し始めはそういう気持ちになるよな。俺も同じようなことあったしよく分かるよ」

「あの、あと少しだけ付き合っていただけません?」

「おう、やるか」

 俺達はキャッチボールを通して楽しい気持ちを共有していた。


 しかし、この楽しい時間も長くは続かず、俺達の知らない間に終わりが近づいていた。

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