第25話 休息の終わりは突如に


 紫竹女公園から歩くこと10分、一件の平屋に到着する。



 正直に言うと少しみずぼらしい建物で、築年数もだいぶ経っているように窺える。家の隣には小さな畑があり、家庭菜園をしているようだった。

「俺いっちばーん!」

「こら太一!汚いとこで堪忍なぁ漸井くん」

「じゃあお邪魔します」

 太一が一番乗りで、俺と鳳城が続いて上がる。


「ほな、こっちきてなー」

「あ、はい」

 鳳城に呼ばれリビングに連れられる。

「そこ座って待っといてな、すぐ作るから」

「そういえば何作ってくれるつもりなんだ?」

「・・・ぶ、豚肉とキャベツの炒めものや!」

「へー、俺も何か手伝おうか?」

「大丈夫大丈夫!お客様はゆーっくりお休みしといてな。うちひとりで出来るから、じっと待っててぇや」

「わ、わかったよ」

 俺はキッチンから少し離れたところで待たされる。

(あんな風に言われると覗きたくなるよな)


 俺はゆっくりと立ちあがり、鳳城の料理を後ろから気づかれないように覗く。

 するとそこでは、ボウルの中に薄力粉、水、卵、キャベツ、天かすを入れたものを混ぜていた。

「あーお好み焼きかー」

「!!!!」

 鳳城は顔と耳を真っ赤にして驚いていた。

「なななななな!!何で覗いたんや!!!!」

「ごめんごめん、気になっちゃって。おやつにお好み焼きいいねー」

「~~~~~~」

「どうしたの?」

 鳳城は未だに真っ赤にしながらボウルを黙々と混ぜる。

「うちが関西人だから、安直やなって思ったんやろ?」

「ん?そこまで考えての発言じゃなかったけど」

「え、ほんま?」

「条件反射でお好み焼きだって気付いたからそう言っただけ。でも言われればそうだな」

「自ら墓穴掘ったわ・・・」

「でも結局、食べるときに気付くよな」

「そ、それは!・・・できたお好み焼き薄く延ばして、上にトマトソースとチーズかけてピザにするつもりやったんや」

「食べられなくはならないと思うけど、そのままでいいと思うよ・・・」

「ほんま?」

「あぁ」

 俺は覗いておいてよかったと胸をなでおろした。



 その後鳳城は手際よく料理をし3人分作ると、太一を呼んで3人で食べる。

「あ、美味しい」

「ほんま!?」

「笹姉これしか作れないねー」

「太一!」

「だからさっきあんな暴挙にでようとしてたのか」

「・・・そうなんよ。うち料理と言ったらお好み焼きしか作れないねん」

「でも美味しいからいいんじゃない?」

「駄目や駄目や!もっとレパートリー増やしたいんや!それでいつもは買弁で済ましている学校の昼食も、かわいいお弁当を一人で作って持っていきたいんや!」

「お、おう」

 かわいいお弁当に対して只ならぬ執念を感じた。


 俺が鳳城の熱い語りを聞いているうちに太一が食べ終え、自室に戻ろうとする。

「太一、勉強するの分かっとるよな?」

「わ、分かっとる!少し休憩するんや!」

「はいはい」

 呆れる様子で見送る鳳城に俺は尋ねる。

「鳳城ってもしかして太一以外にも姉弟いるのか?」

「ん?どして?」

「さっき食器出したとき、茶碗の数が多かったから」

「あーなるほど、ようみとるなー。せや、うちは4人姉弟やで」

「4!」

 意外に多く少し驚く。

「うちが一番上で、下に3人おるよ。中三の妹一人に中一弟・・・あっこれが太一な。それと小4の弟が一人おるよ」

「じゃあ両親合わせて6人の大家族か」

「・・・あーでもうち、おかんが単身赴任でずっといないねん」

「おかあさんが?」

「おかんはスーパーキャリアウーメンなんや!」

「へーおかあさんすごいんだな」

「おかんだけやない、おとんも頑張っとる。うちはそんな家族みんなが大好きやねん」

「いい家族だな」


 いい話の途中だったが鳳城は何かを思い出して立ちあがる。

「あ、ちょっと待っといてくれる?太一が勉強ちゃんとしとるか確認してくるわ」

「おう」

 鳳城がリビングを出て行く。

 

 するとその時、タイミングよく尿意が襲って来た。先程少しお茶を飲みすぎたせいかもしれない。

(鳳城が帰ってきたら断ってトイレを借りよう)



 しかし、数分で戻って来ると予想された鳳城は一向に姿を現さなかった。

(何に遅れているんだ・・・このままじゃ漏らしちまう・・・)

 俺は頭の中で数秒思考を逡巡させ決断をする。

(このまま待っていて漏らすのだけは駄目だ。勝手に借りることになってしまうが、後で謝ろう)


 俺はリビングを出てトイレを探す。

 すると、出てすぐ曲がったところ、対面するように二つ、ドアノブの付いたドアがあった。

(この家の部屋の間取りから考えてどっちかだろう・・・ええい!考えてる暇はない!)

 俺は片方の部屋のドアノブを引く。

「ん?」

 何度引いてみても開く気配がしない。少しある隙間から中の電気が消えていることが確認でき、誰かが入っている様子もない。

 何度左右に動かしても結果は同じだった。そして、ドアノブの付近をよく見ると外鍵が付いていた。

(家の中に外鍵?珍しいな・・・って、そんなことより!こっちはトイレじゃなさそうだな)

 俺がドアノブから手を引こうとしたその時———————


 バサバサバサッ


 急な音に驚き、聞こえた方向を見る。

 すると、視線を向けた先に鳳城が立っており、足元にはいくつも教材が散らばっていた。

「あ、ごめん!待ってたらトイレに行きたくなって、我慢できずに勝手にトイレ探してた」

「あ、ああトイレな!うちも長いこと待たせてかんにんな。太一のためにうちが昔使ってた中学の教材こんひっぱりだしてたら遅れてしもたわ」

「そうだったか。拾うの手伝うよ」

「ええよええよ!気にせんといて!」

「いいからいいから」

「あーほんまおおきにな」


 俺は鳳城と大量の教材を拾い集める。

「トイレはもうええの?」

「なんか気づいたら尿意引いたわ」

「ほんまに?漏らしてない?」

「漏らしてたらここにいねぇ!」

 二人間に軽い笑いが起こる。


 その時だった————


「お姉さん!沙希ちゃんと凌太君が・・・!」

「あっ沙希の友達の」

 突然玄関の扉が開かれると思えば、一人の少女が慌てた様子で入ってきた。

「今二人が公園で!!」

「落ち着き、ゆっくりでええから」

 鳳城が少女の肩を持って落ち着かせる。


「それで、沙希と凌太がどうしたんや?」

「私さっきまで沙希ちゃんと二人で歩いていたんです。それで中央公園の近くを通る時、凌太君が大勢の子供に囲まれてたのを見かけたんです。それで沙希ちゃんが一人その中に入って助けに入ったんですけど、沙希ちゃんも一緒になって囲まれて、それでその・・・・!」

「分かった、後はうちにまかしとき、伝えてくれておおきにな」

「すいません私何もできなくて・・・」

「大丈夫。なんも悪いことしてないんやかた謝ることない。せやけど、自転車を少し借りてもええ?」

「え、あっはい、どうぞ!」

「おおきにな」

 鳳城は少女にそう言うとこちらに振り返る。

「漸井くん、ほんまごめん!もう少しもてなしてあげたかったんやけど、弟と妹が大変みたいで、うちいってくるわ!」

 鳳城言うと、颯爽と玄関を飛び出していった。

「鳳城!」

 俺は突然のことで状況を直ぐに整理できずに出遅れる。

 中央公園は紫竹女公園より遠い所にあり、走っても20分はかかる。

(自転車で向かった鳳城に追いつくには、俺も自転車で行かないと間に合わないよな・・・)



 すると、騒ぎを聞きつけたのか太一が玄関にきた。

「あれ、笹姉は?」

「いいとこに来た!太一、自転車どこかに置いてあるか!」

「家の裏に1台あるけど・・・ってそれよりこれどういう状況!?」

「事情はその子から聞いて!少し借りてくぞ!」

「ちょっと!蒼太兄!!」


 太一の呼び掛けを振り払い、少し使い古された自転車に乗って、鳳城の後を急いだ。

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