第24話 靡く紫苑のサイドポニー


 4月30日水曜日。今日は祝日だ。


 どうでもいいことだが、一週間の内水曜日が休みになる時が一番嬉しい。二日行って休みを挟んでまた二日行けば土日、これが最適。次点で月曜か金曜が休みで3連休になるのが望ましい。


 そんなどうでもいいことに耽けながらベッドの上で仰向けになり、何度も読み返してよれよれになった漫画を読んで過ごしていた。


 本来今日はチームの皆と練習をする予定だったのだが、今朝彰人から急な用事で行けなくなったと連絡がきた。

 何やら昨晩優未の手料理を食べさせられたことが原因で腹痛が収まらないらしい。見舞いにいこうとしたが腹痛如きで大袈裟だと遠慮された。

 そして「俺抜きでも練習してもらっても構わないし、どうするかは蒼太が決めてくれ」と、彰人から今朝頼まれた。


 どうしようか迷ったが、彰人抜きではやはり盛り上がりに欠けるし、他の仲間もたまには普通の休暇も取りたいだろうから、練習を空けることに決めた。



「今日は何して過ごそうかなぁ」

 ぺらぺらと漫画をめくりながら、今日の予定をぼんやり考える。


 すると、部屋のドアが何の予告もなく開く。

「ほら蒼太、掃除するから出て行って」

「母さん、いつも言っているけどノックくらい」

「はいはい、次から気をつけますねー」

 俺が言い終える前に母さんは入ってきた。



 仕方がないので渋々下の部屋のリビングに行こうと自室を出ようとしたとき。

「今日どこか出かける予定ある?」

「んー特に考えてない」

「暇なら夕飯の買い物頼まれてよ」

「んーまぁいいか、散歩がてら行ってくるわ」

「買うものは今メモして渡すね。17時までに間に合えばいいから、それまではご自由に」

「そうさせていただきます」

 俺は母さんからメモを受け取り家を出た。



 時刻は13時半。

 目的もなくぶらぶらと出歩いていると、すれ違う人の殆どが薄着で過ごしていた。

「そういえば今日の日中最高気温は妙に高かったな・・・もう少し薄着にすればよかったな」

 額から瞼に落ちかけた汗を拭い、腕をまくりながらなるべく日陰の下を通る。


 しばらく歩くといつもの公園に着く。

「少し休んでくか」

 ここ紫竹女しちくめ公園は広く、園内一周が約5kmに及ぶ。だが年々公園の遊具が問題となり、園内に遊具は一切ない。だからと言って、人が全く来ないかと言うとそうではなく、ランニングや飼い犬との戯れ等、使用目的は様々だった。

 今日は休日ということで人は多いようだった。家族連れや友達同士、カップルまで見られる。俺は日陰にあるベンチに腰を下ろす。そしてポケットからスマホを取り出し、適当に時間を潰す。



 そして弄り続けること20分、なんだかんだやることを消化してしまう。。

「公園に来たはいいけど一人じゃ特にやることもないし、久しぶりにゲーセンでもいくかなぁ」

 再び暑い中を歩くのは億劫だったが、それ以上に生産性のないこの時間にも飽き飽きしていたので、重い腰を上げる。


 すると、俺が歩き出すよりも早く、後ろから野球ボールが転がってきて俺を追い越す。少し先で止まったボールを拾い上げ後ろを向くと、ユニフォーム姿の男の子が少し離れた所に立っていた。

「すんませーん、それ投げてもらえますー?」

「あ、あぁ」

(周りに人は見えないけど一人で練習か?練習熱心な子供だな)


 俺は少し関心しながら返球することにする。

「いくぞ・・・って、あっ!」

 が、ついいつもの調子で投げてしまった。


 パァァン!!


 乾いたミットの音がした。

「ってえええぇ!」

「ごめんごめん大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫、にしても兄ちゃんごっつええ球投げるんやなぁ!」

「一応俺も少年と同じで野球やってるからな」

「そうなんや!あと俺は太一たいち言うんや!あんちゃんは?」

「太一っていうんだな、俺は蒼太、よろしくな」

「うん、よろしく蒼太兄!」

「に、にぃ!?」

 普段呼ばれなれていないせいか、変な声が出た。

「ん?だめなん?」

「だめってことはないけど・・・」

「ほんならええな!」

「まぁ・・いいか」

(今だけだと思うし水を差すのも悪いか。それにしてもさっきからこの話し方・・・)


 ひっかるところがあったが、話題を変えて尋ねる。

「因みに太一は小学生?」

「ちゃうよ!こないだ中学生になったんや!」

「てことは中一か、それとその姿からして野球部か?」

「せや。もうずっと前からやってるんやで」

「小学生の頃からやってたんだ」

「せやせや」

「それで、太一は今日一人で練習してたん?」

「そうなんよ。ほんまは今日練習休みなんやけど、レギュラーになるために秘密の特訓しとんのや。蒼太兄は? 」

「俺か?俺は暇つぶしに公園来たけど、特にやることもないからもう行くところ」

「暇なん?ほんなら俺の練習に付き合ってくれへん?」

「え」

「だって蒼太兄、見た感じ野球うまそうやん!」

「うーん」

(この後の用事も買い物だけだし、少し付き合ってもいいか)


 買い物することを忘れないようにし、太一の提案を承諾する。

「じゃあ少しだけな」

「ほんまに!?」

「でもキャッチボールくらいな」

「ええよええよ!ほな、はよう始めよ!」

「って!逃げないから引っ張るなよ!てか俺グローブも持ってきてないから!」

「蒼太兄の分も貸すから気にせんでええよ」

 俺は太一に引きずられ、練習に付き合うことになった。


 太一の投げる球は中学生にしては手元までよく伸びる良い球をだったが、コントロールがいまいちだった。

 聞けばピッチャーを目指しているみたいで、ある程度キャッチボールが済んだ後に投球練習にも付き合ってあげた。



 練習開始から約1時間が経過し、時刻は15時。

「練習しっぱなしも体に悪いし、少し休憩をとるか」

「わかった!」

 俺と太一は並んで座る。

「そういえば蒼太兄は高校生なんか?」

「あぁ今二年だよ」

「野球はずっとやってたん?」

「野球は中学の頃から。だからやってきた年数的に考えれば太一とあまり変わらないよ」

「いやいや、蒼太兄めっちゃうまいで!どこの高校で野球やっとるん?」

「正式な部活動ってわけじゃないんだけど、情南高校に通ってる」

「情南・・・」

「ん?どうかしたか?」

 太一は何か思いだしそうに俯く。


 すると思いだしたのか大きな声で言う。

「あっ!そこって笹姉と同じ高校やん!」

(ささねえ?)

 俺が笹姉という単語に疑問に感じたその時だった。


「太一!何勝手に遊んどんの!」

「いだっ」

 太一が後ろから襲い掛かってきた鉄拳をくらい蹲る。


 振り返ってみるとそこには見覚えのある人物がいた。

「あれ?漸井くん?」

「やっぱりか」

 先程から引っかかっていたものが取れ、これまでの話が合致した。


 俺達の前に現れた彼女の名前は鳳城笹寧ほうじょうささね、俺と同じクラスメイトだ。朱色の瞳、風に靡く綺麗な紫苑色のサイドポニーは肩に掛かり、関西弁が特徴の彼女。

 今日の鳳城はバギーパンツに白黒縞模様のTシャツ姿をしており、制服姿しか見たことない俺にとってかなり新鮮だった。

 

 普段あまり話す機会はなかったが、彼女の元気で明るい性格はクラスのどこにいても伝わり、女子の間ではムードメーカー的な立ち位置だった。また鳳城は放送委員会にも所属しており、関西弁を話す人が殆どいない自分たちの学校では、そこに惹かれるファンも一部で存在し、クラスに留まらず学校全体で見ても少し人気者だった。


 そんな彼女がどの部活動に入っているか気になり、以前他のクラスメイトに聞いたら、どこにも所属していないと知った。それを聞いた時チームの勧誘をしてみたが「ごめんなぁ」と即答で断られた。これは俺に限らず、どの部からの勧誘全てに同じ返答をしているそうだ。



「こんなとこで会うなんて奇遇やねー」

「そうだな。鳳城は何しに?」

「うちはぁ・・・せや!太一を迎えに来たんやったわ!太一帰るよ!」

「いややー!もっと蒼太兄と練習するんや!」

「練習?・・・ってもしかして漸井くん、うちの太一と遊んでくれはったん?」

「少しだけな」

「そうなんかー!ほんま、ありがとうな!」

「俺も暇だったからいいよ。でもそっちは太一を連れて帰る用があるのか?」

 俺は鳳城が太一を連れ戻しに来た理由を尋ねる。

「そうなんよー、太一がまた学校のテストで悪い点とってきはったから、私が見ようとしたんにこの子逃げよって」

「俺は将来プロ野球選手になるから勉強とかいらないんや!」

「プロ野球選手も皆勉強してきたんや!」

「そんなんいややー!」


 太一は往生際が悪くここを離れようとしなく、鳳城も困った様子だったので助け舟をだす。

「太一、お姉ちゃんは太一を思ってやってあげてるから、練習はここまでにしような」

「そんな~」

「大丈夫、また時間あるときに一緒に練習してやるから」

「ほんま!約束やよ」

「ああ」

 俺は太一くんと再び野球をすることを誓う。


「ほんま迷惑かけてごめんなぁ」

「これくらいいいよ」

「うーんでもなー・・・」

 鳳城は少し悩んでいたが、

「そうや!」

「え?」

 何か名案の思い付いた様子を見せた。

「漸井くんこの後暇?」

「1時間ちょっとなら」

「ほんならうち来いひん?太一と遊んでくれたお礼に何かご馳走するわ」

「ご馳走って、まだ15時だけど」

「おやつや、おやつ。ほなうちこっちやから」

「やったー!おやつや!!蒼太兄はよういこ!」

「ちょっ!そんな急かなくても!」

「太一は勉強が先やで」

「えぇ~~~!!!」

 

 俺は鳳城と太一に引っ張られる形で、急遽家に招かれることになった。

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