第21話 邪眼の遅刻少女


 4月28日月曜日



 今日は4月最後の週始め、今週を乗り越えればGWである。しかし、GWも殆ど彰人達といることになるだろうし、満足に休めるかは疑問だった。


 今朝は彰人が寝坊したらしく、先に俺だけ登校することになった。

「蒼太おはよ、今日は一人?」

「おはよう空音、珍しく彰人が寝坊したらしくてな」

「ふーん、昨日の夜更かしでもしてたのかな」

「どうなんだろうな」

 空音とは家の方向が同じで、今日みたいに登校で会うことがある。


 そのまま他愛ない話をしていると学校に着いた。

 教室について時計を確認するとHR開始まで残り10分。俺は空音と適当に時間を潰し、隣の瀧宮さんは教室の花の水やりを終えて後片付け、美桜は爆睡、聡は早弁、彰人は未だ不在だった。

(彰人のやつ間に合うのか・・・?)


 とうとうHR開始のチャイムが鳴り、みさちゃんが入ってきた。

「はーいみなさん、おはようございまーす。今日からまた一週間気合いを入れていきましょー。それでは早速出席とりますよー」


 みさちゃんが順番に出席を取る。一人また一人と呼ばれ、彰人の名前が呼ばれようとしたその時、教室の扉が開いた。

「はい、篭谷彰人出席です」

「もー本当はこういうの駄目なんだよー」

「すいません、朝ばたばたしてて」

「今回だけだよー、じゃあ早く席に着きなさーい」

「はい」

 彰人はどうにか間に合ったようだ。


 彰人が席に着き、小声で話しかける。

「おはよ、ぎりぎりだったな」

「あぁ」

 何やらいつもよりテンションが低かった。

「どうした?朝低血圧でテンション低くなるキャラじゃないだろ」

「その、何だ・・・」

「ん?」

 何やらはっきりしない。俺は彰人の言葉に耳を傾けた。

「消しちまった・・・」

「消す?」

 俺は意味が分からず聞き返す。


「昨日スマホのデータ整理してたんだよ・・・それでその時、間違って消す予定の無いものまで消しちまった」

「あーそれはあるあるだな。バックアップはとってないのか?」

「ないんだよ、それが」

 彰人は神妙な面持ちで俯く。


「因みに消したのは画像やアプリか?」

 俺は彰人が消したものについて尋ねた。


 すると———

「"蒼太☆闇の中二語録☆ver1.05"の音源データだ」

「・・・は?」

 発せられた意味不明な単語に、内容の理解が遅れる。

「だから、蒼太の黒歴史を収めたデータを今朝消しちまったんだよ」

「・・・・・・・」

(俺の黒歴史データが消えた・・・・)


「いいいいいよっしゃあああああ!!!!」

「くっそぅ・・・人の不幸を喜びやがって」

「俺にとっての幸運だからな!いやぁでもそうかそうか!データが消えたかー!ほんと残念だわー!」

「ほんとな・・・また帰ってからネットで探さないとなー」

「は?」

「ほんと面倒だわ。昔某動画サイトにアップロードしてたんだけど、その時に使ってたアカウントも動画タイトルも忘れたからなぁ」


 10秒くらいかかって彰人の言った意味を理解し、自分の置かれた状況に気付く。

「はあああああああああああああああああああ!!!!????おまっ・・・!!いつ投稿してたんだよ!!??」

「いつって4、5年前くらいか、詳しく覚えてねぇな。昨日は動画サイトで探して徹夜してたら今日遅刻しかけてほんと危なかったわー」

「・・・・・・・・・・・・・」


 俺が頭を抱えて苦悶していると、

「そこー、まだHR中だから静かにしてねー」

「はい・・・」

 俺と彰人の話す声はいつの間にか周りに聞こえるくらい大きくなっており、みさちゃんに注意される。



「35番の渡辺くんもいるっ・・・と」

 そして俺達が騒いでいるうちに出席を取り終えたみたいだ。

「今日の欠席は・・・一人か~残念!あともう少しだったねー」

 みさちゃんが残念がって出席簿を閉じようとした瞬間、先程の彰人同様、誰かが教室の扉を開けた。


「あ、花奈重かなえさーん、遅刻ですよー」

 みさちゃんに遅刻を指摘され、そこに立っていた少女は峰本花奈重みねもとかなえ。黄蘗色の瞳に髪型はボブ、秋桜色をしていた気がする。こういう言い方をするのも、峰本を見かけるときは大抵紺色のチロリアンハットを被っていることが多く、当然も今も被っている。

 この学校の自由な規則から、峰本のスタイルも自由で変わっていた。被っているチロリアンハットには真紅の羽、首には髑髏のチョーカー、左目に眼帯、そして理由は分からないが、右腕の肘から手の甲に欠けて巻かれている包帯。少し前までの俺ならかなりかっこよく見えたのかもしれないが、今ではかなり痛々しく見えた。


 峰本とは2年になって初めて同じクラスになったのだが、話す機会がなくて殆ど彼女自身について知らない。唯一知っている事と言えば、遅刻常習犯であることだった。



 峰本は教室の扉を開けてから微動だにせず、中に入って来なかった。様子を変に思ったみさちゃんが近寄ろうとした時、

「うっ・・・・!!」

 峰本は体を小刻みに震わせ俯くと、胸の前に持ってきた左拳を右手で握った。

「そうか、私は戻ってこれたんだ・・・またこの世界に・・・私がやってきたことは無駄ではなかったんだ・・・」

「峰本さん・・・?」

「あぁ、いいんだ何も気にしなくて。私はまたこの日常に帰ってこれた・・・黄昏の渓谷で会った”暗影あんえいカタストロフィ”のおかげ・・・か」


(・・・・・何か聞き覚えのある単語が)

 峰本をよく見れば、上着のポケットからスマホが1/4程はみ出しており、画面には数年前の痛々しい姿をしている俺がいた。

(だあああああああああああああああ!!いかにもやばそうな奴が動画視聴者になってたんですけど!!)

 

 みさちゃんはにこにこした表情で峰本を問い詰める。

「それで峰本さん、他に何か言うことは?」

「・・・・・・・すみません、遅刻しました」

「はいよろしいですー。登下校は良いけ今は帽子をとって席に着いてくださいねー」

「はい・・・」

 峰本はとぼとぼ項垂れるように歩き、席に着いた。

 


 その後のHRはすぐに終わり、続けて1限が始まった。

(俺は例の動画の詳細を彼女から聞き出して違反報告したいが、大勢の前で話せる内容ではない・・・昼休み一人になったところを見計らって聞きだそう)


 焦る気持ちのせいなのか、授業中の体感時間は永遠のように感じ、これほどまでに昼休みを待ち詫びたのは久々だった。

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