第16話 内気な一輪の花


 放課後————



「今日は俺用事あるから練習はなしなー」

「ん?彰人なんかあるのか?」

「今日親の帰り遅いから俺が夕飯作らなきゃいけなくてさ、買い物とかも行かなきゃなんねーんだわ」

「そうか、じゃあまた明日だな」

「おう!じゃあ先に帰るわー」

 彰人が教室を出て行く


「空音たちも帰るか?」

「そうだね、私も今日は帰ろうかな」

「じゃあ私も久しぶりにゲームでもしよっかなー」

「なら俺も寄るとこあるし帰るぜ」

「それじゃあ今日は解散だな」

「蒼太はまだ帰らないのか?」

「このまま課題終わらしてから帰るよ。家じゃあんまり集中できないからさ」

「わかった、じゃあ私たちはもういくね」

「おう、また明日な」

 空音と美桜、聡も帰る。



 それから一時間半程勉強したところで課題が半分程終わる。

「あとは家に帰って夜やるか」

 帰りの支度を済ませ玄関で靴を履き替えている時、昼のやり取りを思い出す。

(まだいるかな)

 普段は殆ど寄ることの無い場所に足を運ぶ。



 校舎の角を曲がり、奥に視線を向ける。しかしそこには誰もいなかった。

「もう帰ったのかな・・・それならまた今度くるか」

 花壇を後にしようと振り返る。


 すると———



「漸井くん・・・?」

 振り返った先に、植木鉢を持つ瀧宮さんがいた。

「瀧宮さん!まだ学校にいたんだね」

「・・・うん、今日は新しくお花を植えたり、整備していたらこんな時間になってたの・・・漸井くんこそどうして・・?」

「昼に言っただろ、見に来るって」

「そうだけど、まさこんなに早く来るとは思ってくて・・」

「あ、都合悪かった?それならまた出直すけど」

「ううん、大丈夫・・・!今日はあとこの子を植えてあげたらおしまいなの・・」

「そうか、なら俺も手伝っていいか?瀧宮さんのおかげで少し興味沸いてきたから、やってみたいんだ」

「うん・・・!それじゃあ一緒にやろう・・!」

 

 俺は花植えの手伝いをやらせてもらった。しかし一概に花を植えると言っても簡単なものではなかった。近くに置きすぎると、花同士がお互いの生長を邪魔することがあったりするし、全体の見栄えにも気を付けて植えないといけないようだ。

 

 瀧宮さんから何点か指導を受け、最後の花を植え終わる。

「ふぅ、これでいいかな」

「うん、大丈夫・・・!」

「因みに今植えた花はなんて言うんだ?」

 俺は植えた花の詳細を尋ねる。

「この子はゼラニウムって言って、育てやすくて一年中楽しめるお花なの。名前の由来は花の果実が、こうのとりのくちばしに似ていることからつけられたんだって・・・それとこの花の青臭い臭いは虫よけにも使われるんだよ・・」

「へぇー瀧宮さんの花の知識はすごいな。俺詳しくないから新鮮で聞いているだけで面白いよ」

「そ、そんな・・!でもお花に興味を持ってくれるのは私も嬉しい・・・!」

「うんうん・・・・・そういえば、瀧宮さんの簪にも白い花が付いているよね」

「あっ・・・これのこと・・・?」

 瀧宮さんが少し首を傾けて、手で触れる。

「うん、それはなんていう花なんだ?」

「これは、胡蝶蘭っていうの・・・」

「綺麗だよね。昔からつけているのか?」

「うん、小学生の時にお母さんから・・・私に似合うからって言われて貰ったの・・」

「じゃあ大事なものなんだね」

「そう・・だね」

 恥ずかしそうに答えてはいるが、とても大事なものということが伝わって来る。瀧宮さんのお母さんもその簪がよく似合っていたことだろう。


「そういえば花には花言葉ってあるよね」

「うん・・」

「胡蝶蘭にもあるの?」

「あ・・・あるよ」

「何々、どんな意味?お母さんが似合うて言って渡したんだし、さぞ瀧宮さんらしい言葉なんだろうな」

 そう言うと、瀧宮さんは一度大きく体をビクつかせ、小さな声で言う。

「・・・・・ゅん」

「ん?」

 声が小さくてよく聞き取れない。もう一度耳を澄まして聞く。


「清純・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・せ、清純な瀧宮さんにぴったりだね!」

「うぅ・・」

 瀧宮さんは膝を丸めてしゃがみこんでしまう。

「だあああああ!ごめんごめん!少しからかっただけだよ!いや嘘というわけでもなくて、その、あーなんというか・・・・」

「いいよ・・・特に気にしたことないから」

(めちゃめちゃ気にして顔真っ赤にしてるよ・・・)


「昔お母さんの写真を見せてもらった時、とてもきれいで似合っていたの・・・けど私はお母さんみたいに似合ってないし、胡蝶蘭は荷が重いよ・・・・・」

「そんなことないって!瀧宮さんも十分魅力的だよ!」

「うぅ・・・・・」

 何を言っても瀧宮さんは塞ぎ込んでしまう。

(やばい、空気を変えないと・・・)


 花壇を見て思い付き、別の話題を振る。

「そうだ!さっきのゼラニウムにはどんな意味があるんだ?」

「えっと・・いろいろあるけど確か・・・信頼や真の友情、とかだったかな・・」

「友情、か・・・・」

 チームの皆を思い出す。


「どうかしたの・・?」

「最近困ってることがあってさ」

「ん・・・?」

 瀧宮さんは首を傾げる。

「俺いつも放課後は野球をしているんだ」

「漸井くん野球部だっけ・・・?」

「違うんだ。今クラスメイトの数人と遊びでやっているだけ」

「それは、どういう経緯でそうなったの・・・?」

 瀧宮さんは素直に疑問をぶつける。

「彰人が今月の初めに急に提案してきたんだ。彰人は昔から無茶ばっか考えるやつでさ、被害を被るのはいつも俺なんだぜ?」

「ふふっ・・仲がいいんだね」

「腐れ縁だよ。まぁ楽しいから俺も付き合うんだけどな」

「野球も楽しい・・・?」

「楽しいよ。彰人を含め、面白いやつばっか集まってるからな。けど・・・・」

「・・・・けど?」

「さっきの話に戻るんだけど、今人数が5人しかいなくて困ってるんだ」

「そっか・・・」

 瀧宮さんに問題を伝えた。


 そして俺は勇気をだして思っていたこと言う。

「俺瀧宮さんと居て楽しかったから誘おうと思ったけど、よく考えたら園芸部があるから駄目だったな」

「・・・・」

 俺は地面に置いていた鞄を拾い上げ、付いていた土を払う。

「今日はありがとう、楽しかった。もうこんな時間だし帰ろうかな。」

 時刻は18時30分になろうとしていた。

 

 そうして花壇を離れようとした時————


「あっ・・・」

「ん?どうかした?」

 振り返ると、そこには見慣れた人物がいた。

「よー!蒼太じゃんか!それに瀧宮さんも!こんなとこで何やってんだ?もしかして蒼太・・・・・瀧宮さんをすけこましてんのか!!」

「んなわけあるか!いろいろあって手伝いしてたんだよ。聡の方こそ帰ったんじゃないのかよ」

「忘れ物したから戻ってきたんだよ。で、帰ろうとしたらお前の声が聞こえたからこっちに来たってわけ」

「何忘れたんだよ」

「これだよこれ。明日は俺が歴史の授業で当てられる日だからな。しっかり復習しようと思って教科書とってきたんだよ」

 そうして見せられたものは、歴史の教科書とは別物だった。

「聡・・・お前地図帳みて歴史学ぶのか・・・」

「ん?・・・・・ってああ!!」

「お前の馬鹿さ加減って青天井だよな」

「うっせぇ!!!」

 そう言うと、聡は今来た道を戻って走って校内に消えた。


「まったく、あいつは何しにきたんだ」

「藤沼君とも仲いいんだね・・・」

「まぁあいつもさっき言ったメンバーだからそれなりにな」

「そうなんだ・・・・他には誰がいるの?」

「俺と彰人、聡、あと空音と美桜で5人だな」

「・・・・・・・・・」

「瀧宮さん?」


 そして瀧宮さんは少しの間考えた後、言った。

「その、私・・・野球とかしたことなくて人数あわせ程度にしかならないと思うけど・・・それでもいいのなら・・・」

 瀧宮さんは恥ずかしそうに答える。

「え!?そんな、いいのか!?」

「うん・・・だって漸井くん困ってるから・・・」

 

俺は瀧宮さんの発言を素直に喜べなかった。

(これじゃあ昼の時と同じだ・・・)


 そして俺は瀧宮さんの為に言う・。

「瀧宮さん・・・その利他的行動や自己犠牲精神は、そのうち瀧宮さん自身を傷つけてしまうかもしれない。瀧宮さんは今日一日で色々なことを請負過ぎている。人の為に何かをしてあげるのはとてもいいことだと思う。けど、自分を一番に考えた上でやってほしい。俺達は確かに困っているけど、そのために瀧宮さんが無理をすることはないんだ」

 瀧宮さんの事を考えて説得する。すると、


「・・・・それだけじゃ・・・・ない・・・!」

 小さな声ながらも、力のこもった声で答える。

「今日一日、漸井くんと話せて私も楽しかった・・・。お花に興味を持ってくれて嬉しかった・・・。話してくれたチームのみんなと過ごすのは楽しそうだと思った」

 瀧宮さんは休まず話しを続ける。

「私・・・今まで部活の後は家に帰っても、お花の世話をしたり勉強するだけで一日が長く感じてた・・・。けど今日はあっという間だった・・・。だから・・・!その・・!」

 瀧宮さんは一気に自分の気持ちに話し、最後の言葉を言う前で口ごもる。


 そして時間をかけて、どうにか次の言葉を紡ぎ出す。

「もっと、一緒に居てみたいと思った・・・楽しかった日を今日だけにしたくないと思ったの・・・」

「瀧宮さん・・・」

「だ・・・・駄目かな・・・・・」

 瀧宮さんが不安そうな声で尋ねる。


 俺は瀧宮さんに一つの問題について問う。

「園芸部はどうする?」

「いつも30分くらいで終わるから・・・・・」

(両立が厳しくて無理させることもないか・・・)


「ふぅ・・・・・・わかった」

 瀧宮さんの顔から陰りが消え、俺を見上げる。

「けど一つだけ条件・・・いやお願いだ」

「ん・・・?」

「瀧宮さんは自分のことをもっと大切にすること。瀧宮さんにとって瀧宮さんが一番なんだから。何かあれば遠慮せず俺達を頼ること。そして俺達も困った時は瀧宮さんを頼るようになる。これからはお互いに助け合っていく仲間なんだから」

「うん・・・!」

 瀧宮さんが力強く頷く。

「よし、じゃあ決まりだ!よろしく瀧宮さん!」

「よろしく・・!」



 こうしてまた一人、エスケアに新しい仲間が増えた。

 それは今植えたばかりのゼラニウムのように、チームという花壇に一輪の花が咲いた。



 チーム完成まで、あと3人―――

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