第15話 利他的少女に救われて


 4月23日、水曜日

 


 4限目、歴史教科開始のチャイムが鳴る。


 担当教師の魔王が教室に入り挨拶を済ませると、突如テスト用紙を配り始めた。 クラス内は事前に告知されていなかったテストに戸惑いを感じる。


 そう、抜き打ちテストだった。しかしこのテスト、成績への反映は小さく生徒の実力を確認するものだった。しかし赤点を取ると魔王の補修部屋に幽閉されるため、クラス内は期末テスト以上に張りつめていた。



 テスト時間中盤に差し掛かった時、どこかでペンの落ちる。

 それに気づいた魔王はゆっくりと立ち上がり、ペンを拾って生徒に渡す。

「あ、ありがとう・・ございます・・・・」

 魔王がペンを拾って渡しただけなのに、生徒の声色から魔王に対する恐怖を感じられた。



 そして同刻、俺は頭を悩ませ、少し離れたところに転がるペンを眺めていた。

(やっばい、どうしよ・・・)


 俺の焦りの理由、それは先程消しゴムで消していた時、机の端に置かれていたペンを右手で弾いて床に落としてしまったことだ。

 普段なら魔王が気づいてくれるのだがタイミング悪く、他生徒が落としたペンと同時になり気づかれなかった。

 こういう時は手を上げて呼べばいいだけなのだが、前回の突き飛ばした件と、皆が感じているものと同じ緊張から右腕が上がらない。


(くそっ!さっさと呼ばないとテスト半ばで終わってしまう・・・動け右腕!!目覚めよ右腕!!解き放て我が右腕えええええ!!)

 心中で中二病チックな言葉を並べていると———


 カランッ


「また誰か落としたか」

 再び何処かでペンが落ち、それに気づいた魔王は立ち上がる。

「気を付けるんだぞ」

「は、はい・・・すみません・・・・・」

 魔王は俺のすぐ傍まで来て、落としたペンを渡す。しかし当然と言うべきか、拾われたペンは俺のではなく、隣の女生徒が今落としたものだった。 

 

 魔王は教壇に戻ろうとした時、近くに落ちていたペンに気付く。

「これは誰のだ」

「・・・・はい」

「落としているのなら早く言いなさい」

「すみません・・・」

 俺は背中と額から流れる汗を止められなかった。


 その後、終了時間になるまでペンを走らせ、なんとか満足のいく解答ができた。



 12時00分

 4限終了のチャイムが鳴る。


「そこまで!!後ろからテストを回しなさい。それと、私の手が空いていないので今日提出してくれた課題は、昼休みに日直が持ってきてくれ。以上」

 魔王が教室を出ていく。するとクラスメイト達の緊張は一斉に解かれ、溜息が漏れる。


 生徒が各々昼食の準備をしていると彰人がやってくる。

「蒼太、今日は屋上で食べようぜ」

「おう」

 彰人が昼食場所を提案してくる。普段は教室で食べることの方が多いが、今日みたいに天気のいい日は、気まぐれで屋上で昼食をとることもある。


 すると、それを聞いていた空音と美桜が俺達の会話に入ってくる。

「私たちも一緒に食べようかな」

「行く行くー!」

 二人の手には弁当があった。

「俺達売店で買ってから行くから、二人は先行ってろよ」

「りょーかいっ!私たちお弁当組は行こー!」

 空音と美桜が先に教室を出ていく。


「じゃあ俺達もいくか!」

「おう!・・・あっ」

「ん、どした?」

「そういえば今朝時間あったから途中で買って来たんだったわ」

「そうなん?じゃあ俺は売店行ってから屋上向かうわ。おい、仕方ないからお前も行くぞー」

「ちょっ!首締まってるから!!」

 彰人は聡の有無を言わさず、引きずって教室を出ていった。

 


 4人が去った後、授業の後片付けを済ませ買って来たパンの入った袋を取り出す。

「よしっ」

 準備を済ませ立ち上がろうとした時、数十分前の出来事を思い出して隣に座る女生徒に話しかける。


「さっきはありがとう瀧宮さん」

「あぅっ・・・」

 俺に話しかけられ狼狽えた様子を見せる彼女、”瀧宮来瑠葉(たきみやくるは)”は座席が俺の隣だった。


 正面から見た彼女は、耳がすっぽり隠れる黒髪ショートヘアに、長めのもみあげが印象的だ。後ろ側に回ると、首の後ろ辺りの低い位置に小さなお団子があり、白い花の簪があった。運動は人並み以下だが、学力は学年の中でも上位に位置している。

 普段から内気な性格で、俺はまだ業務上の会話以外殆どしてこなかった。


「俺の為にわざわざ自分の落としてくれたんだよな。助かった」

「う、ううん・・・漸井くん困っていたみたいだから」

「瀧宮さんのこと少しおとなしい人かと誤解してたけど、俺なんかよりずっと行動力あって驚いた」

「そんなことないよ・・!私なんて全然・・・勝手な事をして迷惑だったらごめんなさい」

「何言ってんだよ、瀧宮さんのおかげでテストを半分以上空欄で出さずに済んだんだ」

「そっか・・・助けになれたならよかった」

 瀧宮さんは遠慮がちに目を伏せる。

「今度瀧宮さんに何かあればいつでも頼ってくれよな」

「う・・うん、ありがとう・・・」

「おう!」



 俺が瀧宮さんとの会話を済ませ席を離れようとしたその時、同じクラスの女生徒が瀧宮さんに話しかける。

「瀧宮さん!ごめん!私今日日直なんだけどお昼は用事あって手が離せないんだ。代わりに歴史の課題届けて貰ってもいい?」

「うん・・・」

「ありがとー!じゃあお願いねー」

 瀧宮さんは二つ返事で受けてしまった。


 女生徒は瀧宮さんに課題を渡して、他の友達と教室を出て行く。

「瀧宮さんいいのか?」

「いいの・・・私がしてあげることで、少しでも助けになるならそれで・・・」

「でも彼女そんな大した用事もなさそうだったし、今ならまだ俺が言ってくるよ」

「私は平気だから・・・!誰かの為になれるなら私はそれでいいの・・・それにお昼はすることもなかったから、丁度よかったよ」

「でもそれじゃあ・・」

「本当にいいの・・・!」

「はぁ・・・」

 (内気な性格に反して、強情な部分もあるようだ。この様子では何を言っても無駄か・・・・・・それなら)


「わかった、俺も手伝うよ」

「えっ・・・!それはだめだよ・・これは私が頼まれて」

「いいんだよ、これは俺がやりたくてやるんだから。それにこの量を瀧宮さん一人で持てないだろ」

「それは・・・・」

「だから、お昼食べたら一緒に行こうな。・・・あっ、ついでにお昼一緒に食べてもいい?」

「う、うん・・・・ありがとう」


 それから彰人に一言メールし瀧宮さんと昼食をとった。屋上にいく約束をドタキャンするのは後ろめたさがあったが、今まで話してこなかった瀧宮さんの一面を見て興味が沸き、自分の気持ちを優先させてしまった。



 俺達の会話は基本俺から何か問いかけて、それを瀧宮さんが応える形で成立していた。

 そして放課後は何をやっているのかという問いで、瀧宮さんが園芸部という部活動に一人で参加していることを知る。


「後輩も先輩もいないのか?」

「うん・・・去年までは3年生がいたんだけど、今年は新入生が入らなかったから、今は私一人だけ・・」

「そうなのか・・・それで、どうして園芸部に?」

「お母さんがガーデニング好きで・・・それを昔からいろいろ教もらってたの。それで・・・」

「なるほど。園芸部では同じようなことやってるん?」

「うん・・花壇のお花の世話とかをしてるよ・・」

「一人で大変じゃないか?」

「そんなことないよ・・・その、私・・・・・・お花が好きだから・・・。それに、一人でお世話できる範囲だから苦にならないし、沢山お花があって癒される・・・・」

 瀧宮さんは少し顔を赤らめて教えてくれる。


「へぇ、よかったら今度見にいっていいか?俺あんまり花のこととか詳しくないから、そのときに色々話してくれよ」

「うん!いいよ・・・!」

 花がよっぽど好きなのか、言葉に明るさを感じられた。



 その後昼食を済ませ二人で課題を運び、教員室の前で別れた。


 その足で俺は屋上に行くとすでに昼食を済ませた4人がいた。遅れてきた理由を話すと、女子といちゃいちゃして遅刻したと誤解され、デザートを買わされる羽目にあった。


(遅刻した罰でデザートを買わされたのは痛いが、ドタキャンした自分のせいだから仕方ない。それ以上に瀧宮さんと少し仲良くなれたのは良かった。せっかく隣になったんだから仲良くしないとな。それにしても瀧宮さんのあの性格・・・『誰かの為になれるなら私はそれでいいの・・・』か・・・なんだか心配だな・・・・)


 俺は一抹の心配を抱きつつ午後を過ごした。

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