第6話 響く音色に導かれ

 窓から空を覗く。


 青く澄み切った空の下、小鳥たちが楽し気に飛んでいた。

 

 窓から下を覗く。


 そこにはグラウンドでランニングをしている生徒たちがいた。

 

 そして、遠く見渡すよう正面を向く。

 

 そこは俺の生まれ育たった町、”紫竹女町しちくめちょう”があった。



 町の人口は約16万人、辺りは平地が多くを占める。都会ほど栄えている訳ではないが、生活に困るようなことは一切ない。交通アクセスの向上、安い土地、豊かな文化、活気のある人々、そうしたことから年々多くの人々が移住してきている。

 春夏秋冬で町は様々な顔を見せてくれる。中でも夏は、有名な花火大会や夏祭り、平地を抜けた先にある山と海を目当てに、毎年多くの旅行客で賑わう。


 町の中心から少し下の方に位置しているのが、俺たちのいる情南高校だ。全生徒数は約800人、3学年それぞれ8クラスずつあり、一クラスに約34人前後いる。

 先にも言ったがこの学校は野球が強いことで有名だ。しかしそれだけがこの学校の特徴と魅力ではない。部活動は野球部、サッカー部、テニス部と、どの学校にもあるようなありふれたものから、馬術部、スキー部、ボート部、麻雀部等、高校では珍しい部活も多く、総計で50種類の部活動が存在する。これらの部活動目当てに、遠方から通う生徒もいるほどだ。また女子の間では、可愛い制服目当てに入学する生徒も少なくない。

 これらのことから校内は個性豊かな人で溢れており、俺のクラスも例外ではない。

(彰人に付き合うだけで精一杯なのに、他もまた濃いメンツだなぁ・・・)


 改めてクラス全体を見渡し、今後の先行きに不安を隠せなかった。



 3限目以降の授業も淡々と進み、気づけば昼休みの時間になっていた。

 毎回昼食は彰人と美桜の三人で食べるのが恒例だ。俺と彰人は毎回売店で、美桜は売店だったり弁当持参だったりする。

 今日の美桜は弁当を持参してきていないようなので、三人で売店に行くことにする。

 

 席を立とうとしたその時、朝の出来事から手持ちがないことを思い出す。

「彰人すまん・・・500円だけ借してくれないか・・・」

「なんだ、今日は金欠か?ほらよ、これくらい返さなくていいから」

 そう言って500円玉をこちらに投げる。

「いや、それは悪いし明日すぐ返すよ」

「いいからいいから。蒼太がこういうミスを殆どしないこと俺は知ってるから。稀に今日みたいな時は、大抵何か他の外的要因で起こるし、今朝辺りに何かあったんだろ?それなら呼び出した俺にも原因はあるし、奢らせてくれ」

 彰人は何かを察したのか、頑なに返金を拒む。

「・・・わかったよ、今日は彰人に奢ってもらうよ。ありがとな」

「おう!」

 彰人には何でもお見通しか。とはいえ今回金欠なのは殆ど俺のせいだし、違う形で何か返そう。


 二人で話していると、扉の方から声がした。

「ほら二人とも!早く早く!パンが売り切れちゃうって!」

 美桜が忙しなく俺達を呼ぶ。

「よし、じゃあいくか!」

「おう!」

 俺達は教室を出て売店まで走る。




「すごい人数だなこれ」


 売店に到着すると、辺りは生徒でごった返していた。

「ここから先は個人戦だ。それぞれ自分の分だけ手に入れること」

「三人とも生きてたら・・・また教室で一緒に机を囲むんだよ・・・!」

 美桜は目を潤ませて敬礼をした後、人混みに突っ込んで行った。

「その演技力とフラグは何なんだ・・・」

 そうは言うものの、こういうノリは嫌いじゃない。


 美桜に続いて俺達も人混みに突っ込む。もみくちゃにされながらも徐々に前に進む。

 ようやく先頭にたどり着き、余っているパンから適当に選んで購入し、とっとと退散する。

 

 カレーパンとメンチカツサンドを手に人混みを抜ける。辺りを見渡してみたが二人の姿がない。

「二人はまだ格闘中か」

 二人を待つために、人混みから少し離れた位置で立つ。


 すると、どこか遠くの方から微かで綺麗な音色が聞こえてきた。何の音色なのか確かめようにも、周りが騒がしくてよく聞き取れない。他の生徒は売店に集中しており、この音色に気づいているものは殆どいなかった。


「どうにか手に入れてきたぜ」

「私もなんとか~」

 音色に気を取られていると二人が戻り、タイミングよく演奏も聞こえなくなった。

「蒼太どうした?パンは買えたんだろ?」

 彰人はカツサンドと焼きそばパン、美桜はメロンパンとアップルパイを持っている。


「ん・・・ああ、パンは手に入れられたんだけどさ・・・二人は何か聞こえなかったか?」

 二人に尋ねる。

「特に何も」

「?」

 

 彰人も美桜も聞こえなかったらしい。

 人混みを外れてようやく微かな音が聞こえてきたのだ。人混みの中にいては聞こえるはずもない。


「そんなことより早く教室戻ろうぜ」

「私もうおなかぺこぺこ~」

「あぁ」

 二人に促されて教室に戻る。

(まぁ考えるほどのことでもないか。吹奏楽部の誰かが昼練していただけのことだろう)

 


 昼休みも終え、授業が再開した。

 昼食の後ということで、ちらほら寝落ちしている生徒が見受けられた。休み明けもあって、皆の集中力がいつもよりないのも原因だろう。


 午後も特にテストや課題を出されることもなく、今日一日全ての授業が終了する。

 放課後になると皆の行動は様々だ。部活に行く生徒もいれば、クラスで駄弁っている生徒もいる。


「二人ともおっさきー!」

 美桜はとっとと帰っていった。なんでも今日は欲しかったゲームの発売日らしく、初回数量限定版を手に入れるために急いでいるとか。


「彰人ー俺達も帰るかー」

 俺も帰るため彰人を誘う。

「悪い、この後少し用事があるんだわ。すぐ終わるから待っててくれないか?」

 何の用かは知らないが、彰人がすぐ終わると言っているし待つことにする。今日は課題も出ていないし、急いで帰る用事もない。

「はいよ。適当に時間潰してるから、そっちの用が済んだら連絡してくれ」

「おう」

 彰人はそう言って教室を出て行った。

 


 彰人が見送った後、何をしていようか考えたが特にこれと言って思いつかなかった。


 教室に居ても特にやることがないのでとりあえず廊下に出る。放課後の校内は様々な部が活気良く活動している。さらにこの時期は新一年生を手に入れるため、どの部も必死に勧誘しており、校内のあらゆる掲示板が部活動勧誘のポスターで埋められている。この学校は色々な部活があるので、どのポスターも個性があり、見ているだけで飽きない。

 俺は部活動の風景やポスターを眺め、彰人の用事が終るのを待つことにした。。

 


 するとその時、昼休みに聞いたのと同じ音色がどこかから聞こえてきた。放課後の校内は運動部が走るため、廊下の窓が全て空いており、そのため音色がよく聞こえて来る。

 この時の俺は何か不思議な興味心に惹かれるように、音の聞こえて来る方に体が引っ張られた。


 

 俺は音色に導かれるようにA棟屋上の踊り場まで来た。

 屋上の扉についている小さな窓ガラスから屋上の様子を覗いてみる。


すると、少し離れたところで誰かが独り、演奏しているようだ。しかしうまい具合に死角に居るようで、ここからでは影しか確認できない。


(やっぱり吹奏楽部の誰かかな・・・)

 そう思ったが、先程吹奏楽部も勧誘に勤しんでいたからその線は薄い。仮に一部の部員が勧誘せずに練習をしていたとしても、A棟で練習をするのは考えづらい。


 このA棟は学校で一番古い棟で、後の棟はその後増築及び改築されて出来ている。建物が古いからかエレベータは常に故障中の張り紙が張られており、6階建てのこの棟の屋上を利用する生徒は少ない。部活動をやっている生徒は他の棟の方に殆どの部室が近くにあり、尚更利用する人は限られていた。

 強いて言えば、グランドから一番近いところにあるのがこの棟で、野球部の部室が唯一近くにあり、雨の日等の中練で筋トレをするのに使われいた。


 屋上に出ようか悩んでいると演奏が終わった。もう一度窓ガラスを覗いてみても、先程まで見えていた影も見えなくなっていた。



(この音色を奏でているのは誰なのか)

 俺は再び興味心に拍車がかかるように、ゆっくりと扉を開いた。

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