第5話 新縁旧縁腐れ縁

 三人は教室に向けて歩いていた。


 その途中で美桜の意識もはっきりと覚醒し、いつもの美桜に戻った。優未がこの学校に入学していることを話すと、「会いに行ってくる!」と言って逆走しようとしたのでそれを彰人が制止した。


 美桜が隣でぶーぶー言っている文句を聞き流しつつ歩いていると、俺達の教室の前に到着した。式の前に来た時と違い、廊下まで声が聞こえてくる。体育館で優未と話していたうちに、クラスメイトの殆どが戻っているようだ。


 俺は再び緊張感に身を包まれる。先程と同じように息を整え、教室の前の扉から入る。



 中に入って教室を見渡すと、クラスメイトたちは教師が来るまでの小休憩を自由に過ごしていたようだ。談笑している者、本を読んでいる者、寝ている者等、皆行動が様々で一年生の時と同じクラスメイトも何人か確認できた。


 すると廊下側の後ろの席で談笑していた男子生徒の一人が、俺達が入ってきたことに気づいてやって来る。

「よー!よー!三人とも久しぶり!」


 人一倍テンションの高い声で俺たちの前にやってきたこいつは“藤沼聡ふじぬまさとる” 。濃緑色の髪は頭の上で爆発しているようになっており、所謂アフロスタイルだ。


 俺達と聡は一年生の頃からの付き合いでよくつるむ仲だった。聡は的外れな行動が多く、頭もあまり良くないことから、皆から馬鹿にされることが多々あった。しかしそれは悪い意味ではなく、いじられキャラとして確立しており、一年の頃の聡はクラスのムードメーカーだった。


「うわぁ馬鹿がきた・・・」

 美桜の言葉に続くように、俺たちは目を細めて聡を見る。

「おいおいおいおい、初日から遅刻しそうになってたやつがよくそんな態度とれるよな~?」

「うっ・・・」

 美桜が言葉に詰まる。

「はぁ~これだから生活リズムの管理ができないやつは困るよな~」


(こればっかりは反論できない・・・いやまて、今日最後に登校したのは俺たちで、前に生徒は誰もいなかったはずだ。この教室の窓から校門は見えないから、教室から俺たちを確認することもできない。どうやってこいつは俺たちが遅刻しそうになって居たことを知ったんだ?)

 聡の言葉の意味を考えていると、また一人奥の方からやってきた。


「藤沼さんはそれを言える立場でいらして?」


 貧相な教室の景観に似つかわしくない、上品で容姿端麗な姿で現れた彼女は”西園寺怜奈さいおんじれいな”。頭の上には青いカチューシャがあり、背中の辺りまで伸びている髪は綺麗な金色に輝く。


 彼女はこの町の資産家の一人娘で、この辺りでは相当なお嬢様であることが周知の事実となっている。

 しかし彼女は外でそうした扱いをしてもらうのを嫌っており、お嬢様学校の推薦も受けずに、この一般高校に入学したらいし。通学手段もバスや徒歩を選び、昼食も他の生徒と同じ物を食している。


 最初は皆もどう接していいか分からなかったが、彼女の親しみやすい真っ直ぐな性格を知っていくうちに、今では多くの生徒から慕われている。


 そうして、彼女の普段の学校生活は他の生徒と殆ど変わらないものとなっている。

 しかし上品な話し方や時折みせる彼女の常識知らずな言動によって、お嬢様であることを忘れさせない。


 そしてまた彼女も聡と同様に、三人とは一年生の頃からの仲である。


「ちょっと、西園寺さん!それは・・・!」

 西園寺さんの発言に聡が焦っている。

「・・・どういうこと西園寺さん?」

「藤沼さんは今朝、遅刻なされたのよ。その後は遅れて入学式に入るのを躊躇われたのか、教室の机で気持ちよさそうに寝ていらしたわ」

(あの時、俺らの後ろの方に聡がいたということか・・・)


 西園さんが話し終え聡の方を見ると、ゆっくりと反転し忍び足で自分の席に戻ろうとしていた。しかしそれを彰人が許さなかった。

「いやぁ先程は遅刻しそうになった身分で、聡さんにあのような無礼を働いてしまい大変申し訳ありませんでした。美桜に代わって謝らせていただきます。・・・つきましては、遅刻なされた聡さんは今後どのような態度で我々に接せられるのでしょうか」

 彰人は笑みを浮かべて聡の肩を掴む。しかし表面上笑っているように見えるが、心は全く笑っていないように感じられた。


 掴まれた聡は勢いよく振り返り、頭を床に叩きつける。

「大変申し訳ございませんでしたあああああ!!!」

 土下座する聡に彰人と美桜の二人が蹴りながら罵倒する。

「誠意が足りないよなぁ!」

「このアフロなのか!このアフロが私たちを馬鹿にしてるのか!?」

 ひたすら蹴られることに耐えていたが、美桜の蹴りが局所的なため我慢が出来ずに申し入れる。

「ちょっ・・・美桜!アフロばっかり蹴らないで!!!」

「おらぁ!おらぁ!おっらぁ!!!」


 こうした風景も実に二週間ぶりだ。既に周りの生徒も殆ど順応してきており、笑って俺たちを見ていた。西園さんも最初はこういうことに不慣れではあったが、今では一緒に笑える仲だ。


 聡を制裁している途中でチャイムが鳴り、同時に教師が入って来る。

「はいはーい、皆さん席に着いてくださーい。チャイム鳴っているわよー」

 教師は出席簿を手で軽く叩きながら教卓に着き、俺たちも各々の席に着くことにした。


「1年生の時に私の受け持ったクラスの子はもう知っていると思うけど、最初だから自己紹介をします」

 教師は自分の名前を黒板に書く。


「はい、これが私の名前”秋浜美早紀あきはまみさき”です。皆さんこれから一年間よろしくおねがいします」


 ぺこりと生徒に向けて頭を下げる俺たちの担任秋浜美早紀は、瞳の色は海緑色でクリーム色のショートボブをしている。生徒からは美早紀先生や、みさちゃんと呼ばれている。しかし、後者は他に先生がいない時だけ呼んでもいいことになっている愛称だ。

 みさちゃんは俺や彰人の前年度の担任でもあり、彼女の柔らかい性格はその場の空気を和ませ、生徒を叱っている様子も全く怖そうに感じられなかった。


 その後は出欠確認、一人一人の自己紹介が終わり、すぐに席替えが行われた。

 席替えをする理由としては、学級委員長がまだ決まっていない時の号令係は、きまって名簿の早い人になるのが可哀想だ、というみさちゃんの謎の考えから毎年新学期早々席替えが行われる。恐らく実体験に基づく考えだろう。それに気づいた生徒も、このことに触れないことが暗黙の了解となっている。


 席替えの結果、俺は窓側の後ろから二番目の席となり、彰人や美桜たちもそれぞれの新しい席に着いた。

 その後プリント配布や、クラスでの決め事について話した。今日は式や新しいクラスでのガイダンス等で、今年度最初の授業は3限目からになる。

 この2限目の後は10分の小休憩があるはずだったが、時間を押したせいで、2限目終了と同時に3限目が始まった。不満に思う生徒も、みさちゃんに謝られることで誰も責められなくなる。

 

 みさちゃんと入れ替わるように歴史の先生が教卓に着くと、すぐに授業が始まった。朝の忙しない時間も少しだけ落ち着きを取り戻しつつあった。


 俺は先生の言葉を聞きつつも、窓の外を眺めて物思いに耽る。 

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