第2話 突拍子のない提案


 俺が落ち着いたところを確認して彰人が話かける。


「大丈夫かー」

 まったく心配そうな声のトーンをしていない。

「それで、今日はどういう要件で呼び出したんだ?」

「ん?ああ、まだ話していなかったか」

 

 本題を思い出しのか、続けて話し出す。

「ほら、俺たちって中学の頃まで野球をしていただろ?」

「ん、ああそうだけど、それがどうかしたか?」

 小学生の時のある日、急に彰人から野球に誘われた。それまで彰人自身も野球をやったことがないのに、突然野球をやろうだなんていうんだから当然俺は訳を聞いた。その時の彰人の返答はというと「んーそういう気分だから?」なんて適当なものだった。今にして思えば彰人の無茶ぶりはその頃から始まっていた。


「どうして高校では野球をやらないんだ?」

「どうしてって、別にまぁ」

「野球嫌いになったのか?」

「そんなことはないし、好きな方だよ」

「ならなんでだよ」

 彰人に追及される。


 どう言ったものか言葉を選びながら話す。

「彰人やチームのみんなと野球をやるのは楽しかったよ。卒業した後高校でも野球を続けるかどうか考えた時気づいたんだよ」

 彰人は黙って聞いてくれる。

「俺は別に大会で優勝したいとか、プロになりたいとかそういう理由で野球をやっていたんじゃいんだって。ただ楽しければよかったんだよ俺は。だから高校に入ったら別の楽しいことをしようと思った」

 彰人には恥ずかしくて言えなかったが、もっと正確に言うと彰人と一緒にやることなら、それが何であろうと構わなかった。


「それで、今は何かしているか?」

「うっ・・・」

 何かしようと考えてはいたがこれと言ったものが思いつかず、ずるずる1年が経ってしまった。


「よし、それじゃあ何か始めるか!」

「何かって何を始めるんだよ。俺はその何かが思いつかなくて悩んでたのに。それに俺は野球以外の殆どはからっきしだぞ。・・・まさか今から野球部に入って甲子園を目指す、なんて言わないよな?」

「さすがに俺もそんなことは言わない。けど野球をするって点はずれていないな」

 彰人だから言っても全然おかしくないと思えて怖い。


 彰人は自身の鞄からグローブを2つとボールを1つ取り出し、俺はグローブ一つ渡された。

「ほい」

「ん?」

 彰人は俺の構えもままならないのにボールを投げていた。

「ってぇぇ!久しぶりなんだから手加減しろよ!」

「ごめんごめん。あぁそれで話って言うのはな、最近知ったんだけどうちの野球部って結構強いらしいじゃんか」

「それこの辺りのやつなら常識だぞ」

 俺も負けじと速球を投げたが軽く取られる。

「らしいな」

「ほんと興味ないことにはとことん無関心だよな彰人は」


 俺たちが通っている高校、“情南じょうなん高校“の野球部はこの辺りでは強豪校として名高い。この前の春の高校野球大会でも好成績を残し、今年こそ甲子園に行けるのではないかと周囲から期待されている。


 急にそんな話を持ち出してどうしたのかと不思議に思っていると、

「俺達で野球部を倒さないか」

「はぁ!?」

 あまりのことで捕球に失敗する。

「しっかり取ってくれよー。そんなんじゃ勝てないぞー」

「彰人が急に変なこと言うからだろ!どうしてそんな話になるんだよ!」

 後ろに逸らしたボールを拾って返球する。

「野球部の話を聞いたときにピンっときてさ、めちゃくちゃ強い魔王を弱小パーティーで倒すって、めっちゃ面白そうじゃないか?」

(なんでゲーム脳なんだ・・・それに彰人自身はどちらかと言えば魔王側だ。あと俺は最初の村から出たくない)


 彰人の無茶は今に始まったことじゃないしこれまでつき合って来たが、今回ばかりは無理だろう。

「あいつらに勝つとか無理無理!それに勝負以前の問題が多すぎる」

「ん?どこか問題あるか?」

 何も理解していない彰人に分からせるため話す。


「まず俺にはブランクがある。彰人は平気かもしれんが、俺は今日まで1年以上ボールに触れてこなかったんぞ。体力も勘も落ちてる」

「今から当時の状態に戻せ」

「無茶言うな・・・まぁそれは百歩譲って俺が戻せたとするよ。次にメンバーの問題だ。野球部を倒すためのメンバーは?」

「俺と蒼太」

「野球に必要な人数は?」

「9人」

「はい、この話終わり!」

「そこも百歩譲ってくれよ」

「こればかりは何万歩譲っても解決しねーよ!野球なめんな!」

「まぁそれも大丈夫だ。俺に考えがあるから任せとけ」

「本当に大丈夫か・・・じゃあそれは彰人に任せるとして最後に三つめ。強豪のあいつらが俺たちみたいな遊びに付き合ってくれるとは思えないんだが」

「ああそんなことか。それもばっちりだ。そのときになれば分かるから楽しみ待ってろよ」

 何やら彰人には色々と考えがあるみたいだが、話し方からしていい予感がしない。


「他にもいろいろ不安なことあると思うけど、全面的に俺に任せとけ。詳しい日時が決まり次第また連絡するからさ」

「わかったよ。そこらへんのことは任せる。」

 渋々ではあるが了解しておく。

 彰人の無茶にはいつも付き合わされてきたが、嫌な気持ちになったことはない。やはり楽しいということは否定できないのだろう。


 彰人は言い忘れていたかのように話を付け足す。

「言い忘れてたけど最後にこれだけ。当日のポジションだけど俺がピッチャーで、蒼太はキャッチャーな。これは決定事項なんでよろしく!」

「えっ、俺キャッチャーなんて殆どやったことねぇよ!」

「だーめ、これだけは絶対に譲れませーん」

「おい!!!」

 その後何を言っても全く聞く耳を持たなかった。


 これ以上の説得は無意味だと思い諦めた。

「はぁぁ」

「蒼太は分かってくれるって俺は信じてたよ」

「分かったっていうか、今回も俺が渋々折れたんだがな」

 こうやって俺が折れるのはいつものこと。普段の彰人は頭のいい優等生なのに、こういう遊びを考えてる時は人が変わったようにやんちゃになる。


 話も大体済んだところで彰人は後ろに向かって歩き、少し離れた位置で止まる。

「よし、ある程度体も温まったことだし、ここらで投球練習いくぞ」

「いや、これ普通のグローブだし怪我するだろ。それにまだ全然本調子じゃないから彰人の球なんか取れないって」

「じゃあその位置に座って構えとけよー」

「って聞けよ!!」

 彰人はすでに振りかぶっていた。このまま突っ立っていても危ない。

 

 ここまできたら気合いを入れるしかない。

「クソっ!どうにでもなれ!」

「いくぞ!」

 彰人の左足が大きく踏み出され、右手の指からボールが離れるの視認する。こちらに向かってくるボールに全神経を傾け、捕球することだけに集中する。

 一度は取ってやると気合い入れたが生命維持的直観が働き、自分の意思とは無関係に体はボールの軌跡から逃れていた。


「おーい、キャッチャーなんだから避けちゃ意味ないだろ」

「新学期早々病院に登校させる気か!!」

 これはキャッチャーミットにプロテクターを付けても捕球できるか怪しいぞ。それに、なんで中学の時より球威上がっているんだよ。


「うん、なんとかなりそうだな」

「今のどこを見てその判断が出来たのか教えてくれ」

 膝と尻の土を払って立ち上がる

「大丈夫大丈夫、蒼太はできるよ。親友の俺が言うんだ」

 結局まともな説明もされず、不安だけが残った。


 その後はしばらく、互いにくだらないことを話し合いながらキャッチボールをしていた。彰人も投球練習は危ないと分かってくれたのか、あの一球以降投球練習を求めるような態度を見せなかった。


 彰人とこの高架下でキャッチボールをするのも1年ぶりくらいになる。高校に上がるまでは殆ど毎日ここでキャッチボールをしてたもので、たったの1年くらいなのにもう懐かしく思える。

 彰人も同じように昔のことを思い出しているのか、言葉数が減っていく。

 

 すると思い出に浸りすぎたか捕球ミスをしてしまいボールを後ろに逸らしてしまう。

「おいおい集中してくれよなー」

「ごめんごめん」

 冷やかしを流しつつ振り返ってボールを取りに行こうとした時、


「いったぁっ!」

 思っていたよりボールは後ろの壁から跳ね返っていたらしく、足元まで転がっていた。

「何一人でコントやってんだよ蒼太」

 ゲラゲラと彰人が笑っている。

「く~っ」

 ボールを拾い直して返球しようとした時、自分のスマホが落ちているのに気づいた。

 先程転倒した拍子に落としたのだろう。


 裏向きのスマホを拾い上げ、表面についている土を払い落とす。

「ん?」

 スマホのディスプレイが明るい。落とした時についてしまったのだろう。

「は?」

 いや電源がついていたことが問題なのではない。今スマホに素晴らしい時間が表示されていたのだ。


 8:30


 悪い夢なら覚めてほしい。いや悪いのはこんな時間まで遊んでいた俺たちだが・・・

 タイムリミットは8:40。ここから学校までは約3.5km、すでに10分をきっている。こんな疲労困憊でどうにかなるのか。


「彰人!もう時間がやばい!俺は走っていくから彰人は構わず先に行け!」

 彰人には自転車があるから間にあうだろう。

 走る俺を横目にすーっ自転車で追い抜く彰人の姿が・・・


「寂しいこというなよ。一緒にいこうぜ」

 なく、俺の横を走っている彰人がいた。

「なんで自転車あるのに使わないんだよ!こんなんじゃ二人とも遅刻するぞ!」

「だってこっちの方が面白そうじゃん。それにまだ遅刻するって決まった訳じゃないだろ」

 時間を見た時、新学期早々遅刻者のレッテルを貼られる覚悟をしていた。けど彰人と一緒ならいけるかもしれない。


「ほら早く行こうぜ」

 少し前を行く彰人が呼ぶ。

 俺は諦めかけていた気持ちを振り払う。

「おう!」

 校門が閉まるまで残り9分と30秒、俺は彰人と学校まで急いで向かう。

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