第18話 熱い抱擁をしよう


「はー、食った食った食ったったー」


 大助と将吾はモール内の牛丼屋で昼食を終えて店から出てきた。


「オレは肉が食えて、大満足ッス。ぷっはー」


 二人共、お腹いっぱいになり笑顔でモール内の歩道を歩いている。


「あれ? そういえば、なんか閉まってる店がおおくねーか?」


 大助がシャッターの閉じられているテナントを見つけて素直な疑問を口にした。


「そッスね。やけに人も少ないし、景気が悪いんじゃないッスか?」

「景気とか分からん。でもなんか僕達で貸し切ってるみたいで、気持ちいいね!」


 大助は人が少ないことをむしろ喜んでいた。


「だけど、ダイスケ良いッスか?」

「なにが?」

「飯を食ったらその後に、女子高生をナンパするとか言ってなかったッスか?」

「あー、そういえば言ってたねー。でも、昼休みに学校を抜け出してるちょいワル女子高生は見当たらないから、それはもういいや」


 大助はすっぱりと諦めてしまった。

 

「ではオレと食後の運動でもどうッスか? ダイスケは少し筋肉を付けた方が良いと思うッスよ?」


 将吾は大助の二の腕を掴んで、モミモミと力を入れた。


「……筋肉か。そうだね、ちょうど肉を食った後出し、運動して食った肉を筋肉に変えるのも悪くないね」

「そッスそッス。男の魅力は筋肉に始まり、筋肉に終わるッス。はっはっはっ」

 将吾は自慢の筋肉をポーズと一緒にアピールしていた。


「よーし、筋肉をつけてモテまくるぞー」


 大助と将吾は肩を組み合って仲良く歩き出した。


「おい、あれみろよ将吾」


 大助が何かに気付き、少し遠くにいる一つの集団を指さした。


「あれは、キョウシロウ達ッスね」

「くぅー、女子を三人も侍らせてうらやましいいなー、こんちきしょー」


 京士郞、アンリエッタ、遊々、風葉の四人がゲームセンターに入っていくのを見て、大助は悔しそうに地面を蹴った。


「キョウシロウ達は放っておいて、オレたちは筋肉を鍛えるッスよ」


 将吾は大助の腕を引いて、歩き出そうとするが大助は押し留まった。


「いや、京士郞に女子三人ということは、俺達があのグループに入れば、男が三人、女が三人になり、男女の割合がぴったりになる。口うるさい月ちゃんがいない今こそが、最大の好機! 僕達はあのグループに入れて貰うべきだ!」


 熱弁を振るう大助だが、将吾はあまり乗り気ではない様子だ。


「もしかしてダイスケ。頭を下げて入れて貰うつもりッスか? それでは男のプライドは保てないッス」

「男のプライドか。そりゃ僕にだってあるさ。でもね! 高いだけのプライドにはなんの価値もないんだよ! 目的達成の為にはプライドを捨てるしかないんだ! 僕はあのグループに入る為なら、土下座もするし、京士郞の足を舐めたって良いと思ってる」

「……ダイスケ、そこまでして……」

「ふっ、僕のことを情けないと奴だと思ってるんだろ? いいぜ、笑えよ」


 大助は自虐的な笑みを将吾に向けた。


「いや、オレが間違ってたッス。まさかダイスケにそこまでの覚悟があろうとは思わなかったッス。今、オレは凄まじく感動しているぅ。まさしく肉を切らせて骨を断つの精神。偉業を成し遂げる為には、それなりのリスクを背負わなければならい。どれだけのリスクを背負えるかが、男の器の大きさってことッスね」

「おお、分かってくれるのか将吾!」

「もちろんッス! オレはダイスケを見捨てたりしないッス! 一緒に肉を食べた仲ッスから」


 大助と将吾は、男同士の熱い抱擁を交わした。


「それであのグループに入った後の作戦はあるッスか、ダイスケ?」

「そうだなぁ。あのグループをサル山に例えるなら、京士郞はいわばボスザルだ。ボスザルは複数のメスザルを侍らせている。僕達がメスザルを得る為には、まずボスザルを倒す必要がある」

「ふむふむ」


 大助の言葉を将吾は真剣に耳を傾けている。


「あいつらはゲームセンターに入っていった。そこで僕達はゲームで京士郞に勝負を挑み、ボコボコに負かせば良いんだよ。そしたら女子達は『きゃー素敵ー抱いてー』となる。そういう作戦だ」

「なるほど、素晴らしい作戦ッスね」

「だろ? あとこの作戦で重要なのは、京士郞に僕達の意図を覚られないようにすることだ。覚られて警戒をされるのはマズイ。まずは京士郞を持ち上げつつ苦手なゲームを探りだし、その苦手なゲームで一気にボコる」


 大助は自分の作戦は完璧だと確信し、満足げに笑みを溢した。


「目的達成の為なら非情になるその姿勢に、オレはひどく感動しているッス。ダイスケは男の中の男ッス!」

「いいか良く訊け将吾!」


 大助は腕組みをして将吾に語りかける。その姿はまるで神が啓示を下すかの如く神々しさを纏っていた。


「はいっッス!」


 将吾はびしっと背筋を伸ばして、大助の言葉を待った。


「敗者は優しさを捨てよ! 優しさは勝者の特権である! 人に優しくありたければまず勝利を掴め! そして今の僕達は敗者だ。敗者は優しくてはいけない。他人に厳しく、そしてなにより自分に厳しくなければならない。勝利の為には、優しさを捨て、プライドを捨て、そして人間を捨てる。その覚悟がお前にあるか?」

「ありまッス!!」

「よし、良い返事だ。これより我らは作戦を実行する。作戦名は『フォックステイル』だ。内容は敵軍に潜入し、敵将の情報を得たのち、一気に敵将を討ち取る。そして最終的には敵軍を掌握する。……将吾、土下座をする準備は出来ているか?」

「はっ! 準備万端でありまッス! いつでも脳天を地球に口づけする覚悟でありまッス!」


 将吾は敬礼を行った。大助も敬礼を返す。


「よし、作戦開始だ! 敵にしっぽを掴まれるなよ?」

「それに関して、絶対に気付かれない秘策を考えてありまッス」

「ほう、それは楽しみだ。私は貴官の活躍に期待しているぞ?」

「任せてくださいッス」


 大助と将吾は、お互いの目を見つめて、にやりと笑う。そして走り出した。





「あっ今、九十九さんと大門さんが走っていきはったよ」


 ほのかが何気なしに外を眺めていると、男二人が走っていくのを目にした。


「え、うそ? どこ、どこに?」


 ほのかの向かいに座る月陽も慌てて、外を見るがすでに二人は通りすぎてしまっていた。

 

「残念、もういっちゃいおってん」


 ほのかと月陽はイタリアンなランチを食べ終えて、店内の窓際でゆっくりとカプチーノを飲んでいた。いつもはちょっとした行列の出来る人気店だが、今日に限っては、まったくといっていいほど、客はいなかった。待っているお客もいないようなので、二人はゆっくりと休息の一時を過ごしていた。

 ほのかは月陽の慌てっぷりを見て、うふふと笑みを溢していた。


「もう、なーに、にやにやしてるのよ!」


 月陽はほのかに笑われて、少し頬を赤めながら抗議の声を上げた。

 たわいない会話をしている二人をよそに、他の客達はしきりに時計を気にして、そそくさとまるで逃げるように店を出て行く。いつしか店内には誰もいなくなっていた。それはウェイトレスも厨房にいるコックも同様。まるで神隠しにでもあったのか如く人の気配は消えていた。


 ほのかの座っている位置からは、少し視線を移動させれば店内を見回せる。なので、人がいなくなったことをほのかは気付いていた。しかし、月陽の位置からは振り向かなければ店内を見渡せないため、人がいなくなったことに気付いていない。

 月陽の大助への愚痴を、ほのかは笑顔でうんうんと相づちをしながら聞いている。月陽が異変に気付かないように、ほのかはいつものように自然体を演じる。だが、心の中は表情とは正反対に穏やかではなかった。


 ほのかは、月陽が自分から視線を外した隙に、壁に掛かっている時計へ視線を向けて、しきりに時間を確認していた。

 再び視線を店の外に移すと、ほのかにだけ見える場所にエクシアが立ってこちらに視線を送っていた。

 ……もう時間だ。これ以上、もたもたしていると作戦開始が遅れることになる。早くしなければと、ほのかは焦る。しかし、焦ってことをし損じれば元も子もない為、チャンスが来る時を待つことにした。


「あーごめん。なんか私ばっかりしゃべってるね。それで、ほのかはどうなの?」


 ほのかの反応が薄くなったので、月陽は気をつかって話題を振ってきた。


「……え? なんの話しやったけ?」


 ほのかは月陽の話を右耳から左耳へ聞き流していたので、内容を聞いていなかった。


「え? じゃないわよ。ほのかの気になる男子を教えなさいよ。私だって言ったんだから」


 月陽は若干、頬を膨らませて不満そうに言った。


「ああ、そうやったか。ちーと考え事をしててん訊いておらんかったわ、堪忍な。それで月陽ちゃんの気ぃなる男子って誰なん?」

「もう、ちゃんと訊いててよね! あと……みんなには内緒だからね?」

「分かってんよ。内緒や。そんで?」

「……大門よ」

「え? 大門さんやの? ちなみに、どこがええんやろか?」

「えっと、その筋肉があるところかな?」

「筋肉かー」


 ほのかはいまいちピンと来ていない様子だ。


「ほら、筋肉があると男らしいっていうか、なんだか頼りがいがありそうって感じするでしょ?」


 月陽が同意を求めてくる。しかし、


「うーん、私はあんま筋肉質な人は好みやないね。男らしさよりも、威圧感ちうか、恐怖を感じちゃうよ」

「そっか、それはあるかもね。自分を守ってくれるならいいけど、逆に自分に降りかかったら嫌だもんね」


 月陽はほのかの意見に一理あると、うんうんと頷いていた。


「で、ほのかの気になる人は誰なの?」


 本題とばかりに月陽が身を乗り出してきた。


「そうやねぇ。うーん、九十九さ……」

「──うそ!? やっぱり、そうなの! うわああぁぁあ」


 ほのかが言い終わる前に月陽が、立ち上がり頭を抱えて悶えていた。


「ふふふ、最後まで訊いてーや月陽ちゃん。それと勝手に早とちりしおらんといてね」

「え? ああ、ごめんごめん。それで?」


 月陽は顔を赤くして、椅子に腰を戻した。


「九十九さんではないんで安心してや。と言おうとしたんや」

「なんだー。そっかーそうだよねーあはは」


 月陽は安心したように笑った。


「そうやねぇ。気ぃなる人をあげるとすれば十七夜さんやろかね」

「え? 十七夜~? 確かあいつガラクタ集めが趣味らしいじゃん。きっと部屋中ゴミだらけよ。そんなのが良いの、ほのかは?」

「はい。私はガラクタ集め、とてもええ趣味やと思うで。他の人からはただのゴミに見えるもんでも、十七夜さんの目からはゴミではなく見える。誰からも必要とされなくなりよったもんをもういっぺん、必要としてくれる人がおるって素敵やないやろか?」

「うーん、確かにモノを大切にするっていう意味では良いことね。でも、十七夜にほのかはもったいないわよ。ほのかにはもっと良い人じゃないと釣り合わないって、あはは」

「月陽ちゃんおおきに。でも、ほんまは逆や」


 ほのかは月陽の言葉がお世辞だと思って御礼を言った。ほのかの顔は少し嬉しそうだが、どこか悲しそうでもあった。


「……え? どういう……」


 いつも笑顔を絶やさないほのかの異変に、月陽はうっと息を飲んだ。


「私の方こそ、十七夜さんとは釣り合わへん。十七夜さんに私は勿体ないんや」

「えー、ほのか、それは謙遜しすぎよ。たぶんクラスで一番女子力が高いのがほのかなんだし、ほのかがそんなこと言ったら、他の女子達の立場がなくなっちゃうよ~。あはは、冗談だよね?」


 月陽は笑い飛ばすが、ほのかの表情は硬く冗談を言っている顔ではなかった。


「私は冗談で言ってるわけやない。真剣やで。ほんまにそう思ってん」

「…………」


 月陽は言葉を失う。これも含めて冗談なのだろうかと深読みをするが、答えは見つからなかった。

 沈黙が続き、だんだんと空気が重たくなっていく。


「……ちょっと、ほのかの自己評価、低すぎない? それとも十七夜の評価が高すぎるのかな?」


 月陽は恐る恐るほのかに訊ねた。


「十七夜さんが特別というわけやない、九十九さんでも同じや。お二人と私では釣り合わへん。この評価は私の思い込みやなく客観的にみても、そう言えるもんなんや」

「……え、ごめん。ほのかが何言ってるのか私にはちょっと、分からないな……」

「簡単に言えば、私の評価を下げる情報を私自身は知っとるけど、月陽ちゃんは知らへんのや。せやから、話がかみ合わへんねん」

「つまり、ほのかは重大な秘密を隠している? それを知ったら、私もほのかの言っていることが理解できると? そういうことなの?」

「はい、そん通りや。別に秘密にしておったわけやない、ただ言う機会が無かっただけなんや。同じガルヴィード社のアンリちゃんと、大門さんは知っとることやから。……いつかみんなには分かってまうことやし、言おう言おうと思ってたんや。せやけど、なかなか言い出せんかった。……ええ機会やから、月陽ちゃんには教えるよ」

「……う、うん」


 月陽は身構える。一体、ほのかが何を打ち明けるのか。話し方は普通だが、次に口から出る言葉は、かなり重い事柄だということだけは察していた。


「私は小さい頃、事故で両手両足を失いおったんや」

「…………」


 月陽はちらりと視線を下げて、ほのかの腕を見た。そこにはしっかりと腕がある。


「これは機械義肢メタルアームや。そして左手、両足もメタルや」


 ほのかは左手で右手を触りながら、淡々と説明をした。


「…………」


 あまりに重い秘密を打ち明けられ、月陽は押し黙るしかなかった。


「これで分かったやろ月陽ちゃん? お二人と私が釣り合わへんてことが……。私はジャンク。誰かと恋人になるなんて、おこがましいんや。十七夜さんのことが気になると言ったんは、彼の趣味がガラクタ集めやからや。彼のガラクタコレクションの一つに私もなれへんかなーと、ちーっとだけ期待を込めて言ったんや。十七夜さんなら万に一つの可能性で、いらん私を拾ってくれはるかもしれへんから」

「……うっ、ぐすっ。なんでそんなこと言うのよ?」


 ほのかが言葉を終えると、月陽の目からはポロポロと涙が零れだしていた。


「そんなこと? 今話したことは変えられへん事実や。……手足を失って間もない頃は毎日が絶望やった。現実を受け入れることが出来ずに『これは夢だこれは夢だ』と頭の中で唱え続けていた。涙は流されへんかった。

 ……私が泣いたんは事故からしばらくの後、機械義肢メタルアームを装着した時や。周りの大人達は私が嬉しくて泣いていると勘違いしてんやけど、私はそん時、ようやくこれが悪夢ではなく現実なんだ、と受け入れたんや。

 私がもし機械義肢メタルアームじゃなかったら、ロボット高校に入ってへんかったと思うで。普通の高校に入って、普通の高校生活を送って、もしかしたら普通の恋愛をしてたかもしれへんなぁ。えへへ、そない妄想は今でもたまにしちゃうんや。

 そんでも私はこの体やから、そないことは出来へんってきっぱり諦めたんや。

 機械義肢メタルアームもええところがあって、普通の人よりも力持ちやったり、足が速かったり、ジャンプが高かったりするんや。

 ……それに今は機械義肢メタルアームで良かったと心から思ってんやで。これのおかげでロボット高校のみんなと出会えたんやし……。

 そんで今、こうして月陽ちゃんと一緒においしいランチを食べられたんも、機械義肢メタルアームのおかげや。……こんな私ですが、月陽ちゃん。これからも友達でいてくれはるか?」


 ほのかが話を言い終える前に、月陽は椅子から立ち上がっていた。そしてほのかに抱きつき、子共のように大声を上げて泣きだした。


「ほのか! ほのか! ほぉのぉかぁー! うわあぁぁん、ほのかぁ!」

「どないしはったんや月陽ちゃん? そない泣きわめいてからに、らしくないよ?」


 ほのかは月陽の頭を撫でながら、そう優しく呟いた。


「うぐ、ぐすっ……。ほのか、私ずっとほのかの友達でいるから。悩み事もなんでも訊くし、私に手伝えることなら、なんでも手伝う。だからお願い、悲しいこと言わないで。自分をジャンクだとかガラクタだとか、そんなこというほのかをみたくないよ」

「……ありがとう月陽ちゃん。せやけど、これは変えられへん事実なんや。事実をしっかりと受け止めた上で、機械義肢メタルアームのテストパイロットとして、私はみんなとロボット高校を卒業したいんや。それが今の私の目標や。……月陽ちゃんは私の分まで、恋愛を楽しんでや。私はそのお手伝いが出来れば満足なんや。せやから、泣かへんといて月陽ちゃん」


 ほのかは月陽の体を引き離し、月陽の涙を指で拭った。月陽の目は赤く腫れていた。


「やだ、そんなのやだよぉ。ほのかが恋愛を諦めるなら、私も諦める」

「どうして、そないわがままを言うんや? あんまり私を困らせんでおくんなはれ」


 ほのかはおでこを月陽のおでことくっつけて、優しく訴えた。


「わがままなのは、ほのかの方だよ。勝手に恋愛できないって、決めつけて。そんなことないのに。私よりも女の子らしくて、頼りになって、気配りが出来て、すごく優しいのに、ひどいよぉ。私はそんなのやだから。ほのかが恋愛をしないって、自分で決めつけるのは絶対に認めない」

「…………」


 月陽の言い分に、ほのかが苦笑いを浮かべる。月陽に言われたからといって、はいそうですねと、自分の決意を簡単に覆すことはできない。長い時間苦悩し続けて、そして出したのがほのかの今の決意だから。


「ねぇほのか、私達、友達だよね?」

「はい、月陽ちゃんが私を友達だと思ってくれはる限り」

「……友達なら、そういうの無しにしよ? ほのかの言い方は、私が上でほのかが下みたいに聞こえる。友達なら立場は対等。上下関係があったら上司と部下みたいじゃない?」

「……そうやな。私は月陽ちゃんのこと、大切な友達だと思ってんよ」

「そっか、私もほのかのこと大切な友達だと思ってるよ」


 月陽は泣きはらした顔で、ぱっと笑顔を作る。それにつられて、ほのかも笑顔を作った。


「ほのかは私の恋愛を応援してくれるんでしょ?」

「はい」

「なら、私もほのかの恋愛を応援させて?」

「それは……」


 ほのかは困り顔で言い淀んだ。


「ほのかが一方的に応援するなんてずるい。私も応援させてよ」

「…………」

「もう、ほのかは頑固なんだから」

「……ごめんなさい」

「でも、そこがほのからしい」

「そういう月陽ちゃんも、十分、頑固やと思うんやけど?」

「あはは、そうかもしれないね。お互いに頑固者同士だから、このままだとずっと平行線で話が進まない。なら、お互い勝手にやるしかないよね。ほのかが認めなくても私は勝手に、ほのかのこと応援するから。ほのかの幸せを私が見つけてあげるね」

「……どうして月陽ちゃんは、そないに強引なんや? どうしてそないに優しい言葉をくれはるんや? 優しすぎて、勘違いしそうになっちゃうやんか」

「勘違いして良いよ。私がその勘違いを本物にしてあげるから」

「う、うぅ……。ありがとう月陽ちゃん。私はその言葉を訊けたことが幸せや。そんだけで満足や」


 ほのかの目から涙がツーッと零れた。


「ほのかを満足させるの簡単すぎ! そんなんだと変な男に引っかかっちゃうわよ? まあ、そん時は私が追っ払ってやるけどね、あはは。あっ、そうだ! あんまり抱き合ってると他のお客さん達から、変な目で見られちゃうわね。そろそろ離れないっと。……あれっ?」


 月陽は立ち上がって、店の中を見渡す。そこでようやく月陽は異変に気付いた。


「大丈夫やで月陽ちゃん。今、このお店には私と月陽ちゃんの二人しかおらへん。……せやから、こうして女の子同士でいくら抱き合っても、変な目を向けてくる人はおらんねん。安心してや」


 ほのかは立ち上がり、月陽を正面から抱きしめた。


「……え? なに? なんなの? どういうこと? ……ほのか?」


 月陽は状況が分からず狼狽する。ほのかの表情を窺おうとするが、顔が真横にあるので、表情を窺うことが出来ない。それにほのかの腕が、月陽の腕を押さえているので、身動きも取れない状況になっていた。


「ごめんなさい月陽ちゃん。少しの間、眠ってて貰うで」


 ほのかは隠し持っていた注射針を月陽の首筋に刺す。月陽は小さく呻き声をあげて気をうしなってしまう。力の抜けた月陽をほのかはそっと横たえた。


「すぐに終わるさかいに、そしたらまた美味しいランチを一緒に食べような」


 ほのかは眠ってしまった月陽の頬を撫でながら、優しく語りかけた。

 すると、店の扉が開きエクシアが店内にやってきた。


「よお、鈴城。ようやく準備が出来たようだな」


 エクシアは眠っている月陽にチラリと視線を落としてそう言った。


「はい、お待たせしてすみません先生」

「こっちこそすまんな。お前には辛い役回りをさせてしまって」

「いえ、この仕事は私にしかできへんことですから。この仕事を与えてくださって、光栄に思ってます」

「それなら良かった。あとは先生がやるから、鈴城はみんなと合流して適当に遊んでくれ」

「分かりました。月陽ちゃんのことよろしくお願いします」


 ほのかはエクシアに一礼をすると、店を後にした。

 エクシアはほのかを背中をみて、にやりと笑った。


「ははは、久遠寺め。最後の最後で面白いものを仕掛けたな。それでこそ先生の生徒だ。あの仕掛けがどう生きるのか楽しみだ」


 エクシアは眠っている月陽を褒めた。

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