第17話 アンドロイドの話をしよう


「──よう、お前等。いつの間にそんな仲むつまじい関係になったんだ?」



 不意に錬達に向かって声がかけられた。

 

「──先生!」


 雪乃は驚いて立ち上がる。錬は膝の上からはじき飛ばされて、地面に転げ落ちた。


「……どわっ。いきなりはじき飛ばすなんて。いつつ、頭打ったっての」


 錬は打った頭をさすりながら、雪乃に抗議する。そして呆然としている雪乃の視線を追って、錬も視線を向けた。


「……な、なんで先生がここに?」


 錬は地面に座り込んだままエクシアに質問を投げた。


「いや、ちょっとお前達の様子を見に来たんだ」

「そ、そうですか。見回りご苦労さまです」


 錬は素早く立ち上がると、礼儀正しくお辞儀をした。錬の後ろでは雪乃が顔を赤くして隠れ気味にしていた。


「それでお前達はこんなところで何してたんだ? 休憩か?」


 エクシアが公園を見渡しながら、二人に訊ねた。


「はい。昼食後の休憩をしてました。少し眠くなったので神無城の膝を借りて横になっていた所です」


 錬は照れ隠しの為、必要以上に礼儀正しい言葉使いをしていた。


「それは仲が良くていいな。ここには二人だけか? 他の連中はいないのか?」

「はい。別行動を取っています」

「うーん、それは残念だ」


 エクシアは首を小さく横に振った。


「残念とは、どういう意味ですか?」

「今、この辺り一帯にジャミングが掛かってる。だから、通信不可だ」

「……え?」


 さらりと重要なことを聞いて、錬と雪乃は目を丸くして驚いた。


「ホントだわ。クラスのみんなと連絡が取れない」


 腕から半透明のウインドウを表示させて、雪乃が操作をしていた。


「先生、どういうことなんですか? なにかの実験ですか?」

「まあ、実験といえば実験だな。詳しいことは言えないが、これから大がかりな実験が始まるんだよ。だから、先生はお前達の様子を見に来たんだ」

「そうですか。では俺達はすぐに地上に戻った方が良いんですか?」


 錬の問いに、少しだけ間を置いてエクシアが口を開く。


「いや、地上には戻らなくて良い。たぶん午後の授業は中止になる」

「え? ……そうなんですか」


 錬は今の状況がいまいち理解出来ていなかった。そして胸の奥になんだか嫌な予感が鎌首を持ち上げ始めていた。

 詳しいことをエクシアに訊ねようとしたが、たぶんエクシアは答えないだろうと思い、錬はぐっと質問を飲み込んだ。すると、エクシアの方から質問をしてくる。


「なあ、十七夜。ちょっと質問していいか?」

「はい、なんですか先生」

「お前は先生のことをどう思っている?」

「どう思っている、ですか? そーですねぇ」


 唐突なエクシアの問いに、錬は少し考えた。


「俺達に勉強を教えてくれる先生には、感謝しています」

「……感謝か。十七夜は、先生がアンドロイドだって知ってるよな? 人ではない機械人形に感謝をするのはおかしいと思わないか?」

「先生がアンドロイドだってことは知ってます。でも、俺の頭の中ではアンドロイドと人を区別が出来て無いんだと思います。俺が先生に感謝の念を抱いているのは、知識からじゃなくて、経験や感覚からなんです。知識では先生のことをアンドロイドだって分かってます。でも、経験では先生のことを人だと感じているんだと思います」

「──人間の感情は知識ではなく経験によって発生する。その発生した感情は、人とアンドロイドを区別する必要があると思うか? それとも区別する必要はないと思うか? どっちだと十七夜は思う?」


 エクシアが難しい質問を錬に投げかけた。


「区別する必要はないと思います。もし区別する必要があるなら、それは自分の気持ちに嘘を付くことになるんだと思います」

「……なるほど、嘘か。一応筋は通ってる。だが、嘘が必ずしも悪いことではないのは分かるな。そして差別ではなく区別は必ず必要だ。人間とアンドロイドは、必ずどこかで区別しなければならない。差別と区別が分からない一部の人間が『アンドロイドを差別するな!』と言った主張をしているようだが、あれは間違いだ。線引きを間違えれば、大きなトラブルに発展する」

「先生はアンドロイドと人間をきっちり区別しろと言いたいんですか?」


 錬はエクシアの真意を掴みかねていた。


「日常生活ではあまり区別する必要はないが、ルール作りの場では、きっちり区別するべきだな。日本は昔、日本人でもなく外国人でもない中途半端な線引きの連中を生み出した。その連中によってどれだけ日本が損害を被ったかを知って置く必要がある」

「日本人は、答えを曖昧にしてしまう傾向にありますからね」


 錬は苦笑いを溢した。


「人はアンドロイドのことを人間と同じだと思いがちだ。人間と同じ心があり、思いやりがある。こちらが優しくすればきっと分かってくれるといった期待を、知らず知らずのうちに抱いてしまう。十七夜が言ったように人間の感情は人とアンドロイドを区別できない。それはどうしようもないことだ。……だがここで知っておくべき重要なことが一つある。それは人が出来ないことをアンドロイドは出来るということだ」

「…………」


 錬は黙ってエクシアの言葉を耳を傾ける。

 エクシアが唐突に始めた人間とアンドロイドの話。錬にはエクシアが何かを必死に伝えようとしているように感じていた。とても重要なこと何かを……。


「人にはアンドロイドと人間の区別は難しい。だが、アンドロイドにとっては、人間とアンドロイドの区別は簡単にできる。大した問題ではないと思っているかもしれんが、これは物凄く重要なことだ。

 分かりやすく例え話をしよう。人間は昔、奴隷制度という人間を区別することを行っていた。だが、現在では奴隷制度はなくなっている。なぜなくなったのか? これは人の感情が奴隷と、その他の人間を区別できなかったからだ。つまり同情してしまったんだ。

 そして次に人間はアンドロイドという奴隷を手に入れた。人の感情は人間とアンドロイドを区別できない。だから、だんだんとアンドロイドの地位は人間に近づいていっている。ここまでは良いとしよう。

 だが、一瞬でもアンドロイドの地位が人間を超えてしまった時は、取り返しのきかないことが起きる。アンドロイドは人間と機械をきっちり区別できる。同情もしない。つまり人間がアンドロイドの奴隷になるということだ。人間が奴隷を脱出することは永遠にない」

「…………」


 エクシアの話を聞いて、錬と雪乃は寒気を感じていた。


「ちょっと話が長くなったな。他の連中の様子も見ておきたいし、先生はもう行く。お前達はゆっくりしてて良いぞ。それじゃ、しっかりやれよ」


 そう言うとエクシアは、そそくさと公園を出て行ってしまった。

 錬と雪乃は、エクシアの話が衝撃的だったので呆然とし、ただエクシアの背中を送ることしか出来なかった。


「ねえ、なんで先生はあんな話をしたの?」


 雪乃が不安そうな表情で錬に訊ねた。


「分からない。でもジャミングやこの後、行う実験になにか関係があるのかもしれない」


 広範囲のジャミングを行う実験なら事前に連絡をいておかないと住民達が混乱する。だが、今回に限っては一切の通達がされていない。

 何かのトラブルでジャミングが発動しているのではなく、実験の前のジャミングだということはエクシアとの話の中で分かった。

 錬の中に嫌な予感がふつふつと沸き上がってきていた。


「ねえ、いつの間にか公園に誰もいなくなってるわ」

「……え?」


 雪乃に言われて錬は公園を見渡した。公園に来たときには子共達が遊んでいたのに、今は誰もいなくなっていた。公園には錬と雪乃の二人しかいない。

 

「嫌な予感がする。みんなと合流しよう」

「ええ、そうね」


 錬と雪乃は早足で、公園を後にした。

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