第15話 好きなものを食べよう


 学校を出たすぐのところの交差点に向かい。錬は歩行者信号の赤いボタンを押す。すると、交差点の真ん中がぱっくりと割れて、下から人専用のエレベータが上がってきた。

 錬はスーツを制服モードに変更し、二人はエレベータに乗り込んだ。

 エレベーターは暗い縦のトンネルを下に向かって進む。しばらくして、パッと周りは光に包まれた。エレベーターの外側にあるカメラで外の様子を内部に写し出している。まるでガラス張りのエレベーターのようになっていた。


 錬と雪乃の足下には大きな街が広がっていた。特区の真下に存在し、特区のインフラなどを支える地下都市だ。

 多くの人は地上の戦闘試験を維持するために、この地下都市で働いている。地上ではまったく人影をみることは出来ないが、この地下都市では多くの人が道を行き交っているが見えた。


 地下都市の天井部には、映像パネルが設置されており、地上の空の様子をそのまま写し出している。そして地上で雨が降れば、地下では人工の雨を降らせるようにリンクさせている。

 そのため、錬はここが地上なのか地下なのかどっちなのか一瞬分からなくなることがある。そのときは何百本とある地上エレベーターの有無で、地下なのか地上なのかを判別していた。


 地上エレベーターが、まるで天空を支えている柱のように整然と立ち並んでいる。錬達は今、その地上エレベーターの一本に乗って地下都市に降りていた。

 地下都市に到着した錬と雪乃は、無人バスに乗り商業地区に移動する。


「神無城は何食べたい?」


 バスを降りて、錬は隣にいる雪乃に訊ねた。

 

「うーん、なんでもいいわよ」

「なんでもいいか、じゃあ、バーガーでいいか?」


 錬は一番最初に目についた店を指さした。

 

「ええ、いいわ」


 雪乃が頷くと二人はバーガーショップに足を踏み入れた。





 錬と雪乃が地上にいる頃、それ以外の生徒達は一足早く地下都市にやってきていた。


「みんな? 昼は牛丼でいいよな?」


 商業地区に降り立った大助は全員に呼びかけた。


「オオ! ダイスケ! ナイスアイディア! オレは大賛成ッス。やっぱり肉を食わないと」


 将吾はすぐに賛成を表明した。が別の場所から反対の声があがる。


「ちょっと、だいちゃん、なに勝手に決めてるのよ?」


 月陽はあからさまに不服な表情をしていた。


「え? 嫌なの? じゃあ、月ちゃんは何食べたいのよ?」


 大助は何が不満なのか分からない様子で聞き返した。


「……特にはないけど、牛丼だけは嫌よ」

「はあ? なんだよそれ? 意味わかんね」


 大助は代案も無いまま反対されたことに苛立ちを覚えた。


「女子がいるんだから、それくらい察しなさいよ!」

「察するって何をだよ? 牛丼うまいじゃん」

「お店の雰囲気よ。女子的には、居心地が悪いのよ。ねえ、ほのか?」


 月陽はほのかに同意を求め、ほのかは少し困った顔でこくこくと頷いた。


「雰囲気とかどうでもいいっての。ただ美味いものが食えればなんでもいいよ。そうだよな、将吾?」


 大助は将吾に同意を求めた。


「オレは肉が食えれば、どこでもオーケーッス」

「デリカシーなさ過ぎ」

「デリカシーじゃ、腹はふくれないっての」


 月陽と大助はにらみ合い言い争いは続いていく。




「いつもの痴話ゲンカが始まってしまったでござるな」


 大助達から少し離れた場所で京士郞がため息交じりに呟いた。


「ほんとうにあのお二人は仲が良いですね」


 風葉は京士郞の隣で、大助と月陽のケンカの様子をただ眺めていた。


「う-、遊々、もうお腹減ったよー。はらぺこさんだよー。ばたんきゅーなのらー」


 遊々はふらふらと倒れそうになると、アンリエッタに後ろから抱きついた。


「遊々さん、重たいです。それよりケンカ。止めなくていいんですか?」


 月陽と大助のケンカに、アンリエッタは慌てふためいている。アンリエッタの腕にはペンギンのぬいぐるみが抱かれていた。


「いいのでござる。アレはケンカすることで体力を消費し、ごはんを美味しくする儀式でござる」

「そ、そうなんですか? あれで美味しくなるんですか?」


 京士郞の言葉に、アンリエッタは感心していた。


「そうでござる。だから、そっとしておくのが最良」


 京士郞としてはケンカに巻き込まれたくない為についた嘘なのだが、あながち間違ってはないなと、一人でうんうんと頷いていた。


「京士郞殿、あまりアンリ氏に変なことを吹き込まないでください。マネしちゃうようになったらどう責任とるんですか?」


 隣で聞いていた風葉が京士郞に注意をする。


「……責任? それならば問題ござらんよ」

「どういうことです?」

「拙者がお嫁さんとして、アン殿を貰うでござる」

「……えーっと、この近くに警察署はありましたっけ?」


 京士郞に冷たい視線を向けた後、風葉はキョロキョロと周りを見渡した。


「おまわりさーん! 犯人はこの人でーす! きゃはははっ」


 遊々は笑いながら京士郞を指さした。アンリエッタは顔を赤らめて視線を落としている。

 

「じょ、冗談でござるよ。拙者を不審者扱いしないでくだされ!」


 京士郞は慌てて弁明をするが、周りにいる女子達は冗談とはまったく思っていなかった。


「うわー、変態さんが襲ってきたー。逃げるぞーありりん! 捕まったら食べられちゃうぞー、きゃはははっ」


 遊々はアンリエッタの手を引いて、京士郞から走って逃げだした。


「待つでござる! 拙者はそんなことしないでござるよ~」


 京士郞は慌てて、二人の後を追いかける。

 

「……変態」


 京士郞を素早く追い越して、風葉は蔑んだ瞳を向けた。


「風葉殿、拙者をそんな目で見るのはやめるでござる」


 京士郞の言葉にプイっと顔をそらして風葉は走り去っていく。

 遊々、アンリエッタ、風葉、京士郞達はケンカをしている大助達を置いて、その場を離れていってしまった。




「こりゃいくら話しても無理だね。男子と女子で二手に別れた方がいいよ」


 月陽と言い争いをしていた大助が、うんざりした口調で言った。


「そうね。その意見には私も賛成だわ」


 いがみ合っていた月陽だが、大助の提案にはすぐに賛成の意を表明した。


「んじゃ、決まり。将吾、京士郞行こうぜ。……あれ? 京士郞はどこいった? 人数も減ってるし?」


 ケンカに夢中になっていた大助はようやく京士郞達がいなくなっていたことに気付いた。


「ほんとだ。それにアンリ、遊々、風葉もいないわね。どこいったのかしら?」

「二人がケンカしてる間に、遊々ちゃん達が追いかけっこをはじめて、そのままどこかにいきよったよ」


 キョロキョロと辺りを見回している二人に、ほのかが現状を説明してくれた。京士郞達がいなくなった今、ここには大助、将吾、月陽、ほのかの四人しかいなくなっていまった。


「それじゃ京士郞は女子三人に囲まれてハーレムってことじゃん! 美味しいとこをもっていきやがって、あのハーレム侍がっ! 羨ましいぞぉ!」


 大助は悔しそうに地面を踏みつけた。


「なにを羨ましがってるの? バカみたい」


 月陽が冷たい視線を大助に送る。


「まあ、女には分からないだろうな。ハーレムは男の憧れだから」

「一人を選ばないなんて、不誠実だわ。ちゃんと一人を愛するべきよ」

「女子からすれば、自分だけを見て欲しいってのは分かる。けど、男の本能みたいなもんだから、仕方ないよ」


 大助は肩を竦めて、月陽の意見を真っ向から否定した。


「仕方ないとか、本能だからって理由じゃ、浮気は許されないわよ!」

「まるで僕が浮気してるような言い方だね。……まあ、でもそうだよね。現実は厳しい。なかなかハーレムを作ることは出来ない。だからこそ、男のロマンがそこにあるんだ! 男は常に大きな夢に向かって歩く生き物だから」


 大助はガッツポーズをする。それを将吾は目を輝かせて拍手を送っていた。


「夢ばかり見てないで、現実を見なさいよ。少しは大人になって」

「男はいつまでも少年の心を忘れないのさ。それが男なんだよ」

「……はぁ、もういいわ。好きにしなさい」


 月陽は説得を諦めた。大助になにを言っても、無理だと覚ったのだ。


「なんかテンション上がってきた! 将吾、男同士で夢を語り合おうぜ」

「いいッスね! 男同士で夢を語りながら食う肉ほど、美味いものは無いッスよ。アッハッハ!」


 大助と将吾は肩を組み、異様に高いテンションで、歩き出していってしまった。それを月陽とほのかはぽかーんとした顔で見送った。


「男の子って元気やなぁ」


 まるで子共を見つめる母親のような視線で、大助達を見守りながらほのかは呟いた。


「元気っていうか、単純バカなのよ。ふらふらと叶わない夢ばっかりみちゃって、もっとちゃんと地に足をつけた言動をとってもらわないと、付き合わされるこっちが疲れるのよ、まったく」

「月陽ちゃんがしっかり者やから、九十九さんはつい甘えてしまうのかもしれまへんな」

「甘えるっていうか、反発じゃないの、アレは?」

「最後には許して貰えるってわかってはるから、反発するや。それはつまり月陽ちゃんのやさしさに九十九さんが甘えてるってことやんか?」

「うーん、そうなのかなー」


 月陽は首を捻って、考える。自分の中では、あまりしっくりいっていない様子だ。


「それに月陽ちゃんも良くないよ」


 ほのかが人差し指を立てて、びしっと言い放つ。月陽はうっと驚いて息を飲んだ。


「な、なにが?」

「九十九さんのことを押さえつけようとし過ぎや。月陽ちゃんが押さえつけようとするから、逆に反発してしまうねん。ちょびっと距離を置いて放任することも必要。押してダメなら、引いてみろってちゅーことや」

「でも、私がしっかりだいちゃんを見張ってないと……」

「月陽ちゃんダメや。九十九さんのことを信じてあげんと」


 反論を言いそうになった月陽を、すぐさまほのかは諭した。


「……信じる?」

「そうや。ちっこい頃からずっと一緒やったんやろ? 誰よりも九十九さんのことを知っている月陽ちゃんが、信じてあげんとどないするんや?」

「そっか、そうだよね。もう高校生なんだし、だいちゃんも分かってる。きっと分かってる。……分かってる? うーん、そうかなー?」


 納得しかけた月陽だが、途中で自信がなくなってしまった。


「ほらほら、そんなんやとええお嫁さんになれまへんよ。旦那さんを信じて支えるのも、妻の仕事なんやからね」


 ほのかはぽんぽんと月陽の肩を叩いて、自信を持つように促した。


「ちょ、何言ってるのよほのか! お嫁さんって何よ! 私達は別にそんなんじゃないわよ! ただの幼馴染みってだけなんだから!」


 月陽は顔を真っ赤にして、違う違うとほのかに食って掛かった。


「あはは、顔真っ赤やで月陽ちゃん。そないにムキにならんくたって、分かってるから大丈夫や」


 ほのかは笑いながら、月陽から逃げて少しの間だけ鬼ごっこのように走り回っていた。


「分かってるって……。全然分かってないから、言ってるんでしょ!」

「あはは、分かってないのは、月陽ちゃんの方ですよ~」

「だーかーらー、違うって言ってるでしょ!」

「そないこと言ってると、私が九十九さんを奪っちゃうよ? それでもええんか?」


 ほのかが悪戯な瞳を月陽へ向けた。


「……え?」


 うるさく喚いていた月陽が、その言葉で急に押し黙ってしまった。


「冗談や。そないに驚かんといてーや」

「……あはは、そりゃそうだよね。だいちゃんを好きになる女子なんているわけないよねーあはは」


 月陽は自分に言い聞かせる為か、安心するためか乾いた笑いを漏らしていた。


「そう思ってはるのは月陽ちゃんだけかもしれまへんよ?」


 少し落ち着いたところに、またほのかは思わせぶりなことを言う。


「……じゃあ、やっぱりほのかはだいちゃんのことを?」

「ちゃうねん。月陽ちゃんよく考えてみてや。曲がりなりにも私達はロボット高校の生徒なんや。たった十人しかおらへん特別な高校に通っとる。普通の高校に通っとる子達からすれば、私達は十分特別な存在や。九十九さんのことを白馬に乗った王子様だと思てる女の子が二、三十人おったとしても、ぜんぜん不思議ではあらへん」


 ほのかは冷静に客観的視点からの意見を述べた。

 

「…………」


 月陽は押し黙って、何かを考え込んでしまっていた。


「せやから、ホンマはなるべく九十九さんから離れへん方がええんや。お昼を食べ終えた九十九さん達が女の子達にナンパを始めたら、エライことになってしまうで?」


 ほのかは月陽にさらに追い打ちをかける。


「…………っ!?」


 月陽は大助達の方に向かって走り出そうとするが、ほのかが月陽の腕を取ってそれを止めた。


「どこに行くんや?」

「やっぱり、だいちゃんを追いかける」


 月陽は鬼気迫った顔で、手を離してくれと訴えかける。しかし、

 

「ダメや。いかせへん」


 月陽とは対照的に、ほのかは笑って答えた。


「……どうして?」

「さっき私が言ったやろ? 信じることも必要やって。今がその時やで、月陽ちゃん」

「……でも」


 月陽の心は揺れた。大助を信じたいが、一方でどうしても信じられないもう一人の自分がいる。


「ほな、私達もお昼に行こか!」

「ちょっと、ほのか!? 分かったから、そんなに引っ張らないで」


 月陽はほのかに腕を引かれて、つんのめってしまった。


「前から少し思ってたんだけど、ほのかってやさしそうに見えるけど、結構Sだよね?」

「えぇそうやろか? 月陽ちゃんの思い悩んでる姿を見て、可愛いとか、微笑ましいとか思ってへんよ? 全然そないことありまへんよ?」

「ほーら、やっぱりSだ。絶対そうだ」

「あははっ、そないことはええから、早くごはんに行きましょ。月陽ちゃんもお腹ぺこぺこやろ?」

「もー、誤魔化さないで、ちゃんと認めなさいよほのか!」

「月陽ちゃんが、九十九さんのことを好きやって認めたら、私も認めてもええよ?」

「だから、なんでそうなるのよ! 違うって言ってるでしょ!」

「月陽ちゃんがちゃうっていうなら、私もちゃいまーす。あはは」

「やっぱりSだ。……それもドSだ」


 月陽は自分にしか聞こえない小さく呟いた


「なにか言いはりましたか、月陽ちゃん?」


 笑顔でほのかは月陽に訊ねた。


「いや、なんでもない、です」


 月陽は本能的な恐怖を覚え、つい語尾が丁寧になってしまった。

 こうして月陽とほのかは昼食を摂りに街に向かった。

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