第14話 歴史を語ろう


 錬が教室を出て、校庭に行くと九体の機体が一箇所に集まって座っていた。

 どうやら全員が機体から降りたようだ。

 錬も機体を側に置いて、コクピットから降りる。


「あれ? みんなどこいったんだ?」

「みんな地下のレストラン街に行ったわよ」


 辺りを見回していた錬に雪乃が声を掛けた。雪乃はスーツを制服モードにしていた。女子の制服モードは白をメインカラーにしている。


「うお!? 神無城いたのか?」


 錬は誰もいないものばかりと思っていたので、急に声を掛けられて驚いた。


「なにをそんなに驚いているの? 私がいちゃ悪いのかしら?」


 雪乃は自分の機体を撫でながら、顔を錬に向けた。


「いや、別に悪くはない。ところでお前は飯を食いに行かないのか?」

「行くわよ」

「そっか、もしかして俺のことを待っていてくれ……。んなわけないか、あはは」


 錬は雪乃が自分のことを待っていてくれたのかもと、一瞬思ったがすぐにそんなことはないと笑って誤魔化した。


「そうよ」

「え? 今、なんて……」


 錬は耳を疑った。まさか雪乃が自分を待っているなんてことがあるはずもない。


「あなたを待ってたのよ。誰かが残らないと、みんなが地下に行ったことを教えてあげられないでしょ?」


 当然だとばかりに雪乃は答える。しかし、錬には当然だとは思えなかった。今まで雪乃が自分に優しさをみせたことなど一度もない。むしろ冷たくあしらわれる方が当然だった。


「そういうことか。悪いな俺の為に貧乏くじを引かせちまったみたいで。それよりもみんなヒドイよな、少しぐらい待っててくれてもいいのにさー」


 錬は自分を待つ役をジャンケンか何かで決めたものだと思った。そうでなければ、雪乃が自分を待つことなんてあり得ない。


「……違うの」


 なぜだか雪乃は顔を赤らめていた。


「え?」


 錬は現状がいまいち理解出来ていなかった。何か分からないがいつもと雰囲気が違う、そう感じていた。


「違うの。みんなはあなたのことを待ってるつもりだったけど、私が先に行くようお願いしたの。だから、みんなは悪くない。悪いのは私よ」

「ど、どうして?」


 いつもと様子の違う雪乃に錬は戸惑う。何か自分が雪乃に悪いことでもしたのかと、過去の自分の行いを頭の中で振り返る。だが、特にこれといったものは思い当たらなかった。


「あなたと二人きりで話したかったから」

「……そっか、そういえば神無城と二人っきりで話す機会はほとんどなかったな。同じ企業なんだから、ゆっくりと話してみたいと俺も思ってたんだよ」


 冷静を装うが錬は内心不安で仕方なかった。MOE社の社長令嬢から嫌われていることは、うすうす気付いていた。そして二人きりで話をするほどの重要なことと言えば、パイロットを首にされることしか思い浮かばなかった。

 

「──ごめんなさい」


 唐突に雪乃は頭を下げた。


「な、なんだよ。いきなり謝ったりして?」


 錬は自分の予想が的中したんだと思い、終わったなと心の中で呟いた。


「二人で話す機会を作らなかったのは私なの。私はあなたに嫉妬して、ずっとあなたを避けてきた。ごめんなさい」

「……それで俺は首ってわけか?」

「えっ? 首って? なんのこと?」


 雪乃が驚いた表情を向けた。


「いや、俺に首を宣告するんじゃないのか? その為に二人きりで話を……。って違うのか?」

「…………? 良く分からないけど、私はあなたに首宣告をしたりしないわ」

「……なんとなく嫌われてるような気配は感じてた。だから、てっきり首にされるものかと。俺、なんか気に障るようなことしたかな?」


 錬は一先ず首でなかったことに安堵しつつ雪乃に問う。雪乃は首を横に振り答える。


「いいえ、あなたは悪くない。単なる私のわがまま。……私は黒じゃなくて白の方に乗りたかった。白を奪われたと一人で勝手に思い込んであなたを勝手に憎んでいただけ。悪いのは私なの」

「どうしてそんなに白に乗りたいんだ? 俺の勝手な意見だが、神無城には黒の方が似合ってる気がするけど」


 錬の正直な印象だった。


「重要なのは色じゃないのよ」

「色じゃない? なら機能か?」

「機能でもないわ。私が白に拘る理由は、ホワイト・レイヴンとブラック・スワンが兄弟機で、白が兄機だからよ」

「……兄機。一番が良かったのか?」

「まあ単純に言えば、そうね。ねえ十七夜、ホワイト・レイヴンの開発期間を知ってる?」

「たしか結構、長い期間開発してたってのは聞いたけど、詳しくは……」

「十年よ。ちなみにブラック・スワンは三年。ホワイト・レイヴンの技術を応用して作られたから、開発期間は短い」

「へえ、そうなのか」


 錬は始めて知る事実に感心していた。


「私は小学生の時からホワイト・レイヴンの開発を近くで見てきた。開発期間中、おじいちゃんはよく言っていたわ。この機体が完成したら、雪乃に乗って欲しいってね。……私は機体が完成するのをずっと待ってた。そしていざ完成したら、白のパイロットは私じゃなかった。私のこの気持ちが分かる?」


 雪乃は制服の胸の部分をしわくちゃにして、握りしめていた。


「…………」


 錬は雪乃にかける言葉が見つからない。謝るのも慰めるのも違う気がした。


「ASの歴史はまだ浅いけど、いくつかの世代に分けることが出来るわ。

 まずは第一世代、人を乗せて歩けるレベル。歩くのがやっとだから、二脚や逆関節よりもタンクや四脚の方が性能的に優れていた。集団で乗ることを想定しているので、大きさは15メートルとかなり大きい。

 第二世代、人を乗せて走れるレベル。ここでもまだタンクや四脚の方が優性。

 第三世代、人を乗せて飛び跳ねるレベル。ブースターの強化で初めて三次元移動が出来るようになった。跳躍力や衝撃吸収力に優れていた逆関節が台頭してくる。大きさは10メートルほど。

 第四世代、二脚、逆関節、四脚、タンク。それぞれの規格を統一して、シチュエーションに応じて、カスタマイズ出来るようにした。小型化してサイズは第三世代の半分に。街中にいる敵ASはこの世代。

 第五世代、戦闘適応化。各種装甲・武装の開発。クラスのみんなが乗ってるASは、だいたいこの世代に分類される。

 そして第六世代、ワンオフ機能の追加。白のハッキングワイヤー。黒の可変機能。私とあなたの機体だけがこの世代なのよ」


 雪乃はASの歴史を説明する。それに錬は黙って耳を傾けている。


「……おじいちゃんはロボットアニメがすごく好きだったの。アニメの中で活躍するロボットはほとんどが二脚だった。でも現実では二脚ASはあまり活躍出来ないでいた。二脚は良くも悪くも平均的な能力だったからね。おじいちゃんはなんとしても活躍できる二脚型ASを作ろうと考えた。白の開発を始めたのは第三世代の頃。究極の汎用性を求めて作られた白を周りの人達はバカにしてたわ。そんなのできっこないってね。でも、おじいちゃんは十年かけてようやく白を完成させた。第四、第五世代を飛び越して、いっきに第六世代のASを見事に作り上げた」


「…………」


「そんな第六世代一号機に私は乗りたかったのよ。私が乗って活躍したかった。だから、ずっとあなたを憎んでいた。憎むのは筋違いだって頭では分かってるんだけど、どうしようもなかった」

「…………」

「……でも、ようやく踏ん切りがついた。あなたと共闘して、あなたが白を乗りこなしているのを目の当たりして。……私よりも上手く乗りこなせるなら、私じゃ無くてあなたが乗る方が白も幸せだって、ようやく思えるようになれた。あなたが白のパイロットで良かったわ、ありがとう十七夜。これからも白のことよろしくね」


 そう言って雪乃は、錬に初めての笑顔を見せた。


「あ、ああぁ」


 錬は雪乃の笑顔に戸惑って、声がうわずってしまった。


「……ん、んんっ。はあー、よーやく言えてすっきりした」


 雪乃は大きく伸びをして、深呼吸をした。すると、お腹がぐぅーと鳴った。


「あはは、お腹空いたわね。お昼にしましょうか? 〝錬〟がせっかく早く昼休みにしてくれたんだから、無駄にしちゃ勿体ないわよね」


 雪乃は顔を赤らめながら、そう提案する。

 

「……今、名前で?」


 初めて雪乃から下の名前で呼ばれ錬は驚いた。


「ん? あぁえぇと、ずっと思ってたんだけどね。十七夜かなき神無城かんなぎって似てるよね? 紛らわしいから、これからは下の名前で呼ぶことにした。ダメ……かな?」


 小首を傾げて雪乃は錬に許可を求めた。


「いや別に構わないよ。たしかに十七夜と神無城は似てるな。字で書くと全然違うけど。……あれ? でも、紛らわしいって……」


 錬は気付く。互いに相手の名前を呼ぶだけなら、別に紛らわしくもなんともない。紛らわしいのは、錬と雪乃以外の第三者が二人を呼ぶときぐらいだ。だから、雪乃が錬を下の名前で呼ぶ理由にはならない。


「細かいことはいいから、早く行きましょ?」

「おおっと」


 雪乃に腕を引かれて、錬は転びそうになるのを踏みとどまる。そして二人は地下に向かった。

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