第9話 殲滅作戦を開始しよう


「大まかな作戦内容を伝える。作戦はいたってシンプルだ。まず俺と神無城が先行する。将吾と乃木坂は俺達の支援射撃を行う、以上。神無城、異論はないな?」


 錬が雪乃に一応確認する。

 

『別に無いわよ』


 表情を変えずにたんたんと雪乃は答えた。表情がないので錬には雪乃が何を思っているのか分からなかった。


「俺の機体を運んでもらうことになるが、良いよな?」


 錬はもう一度、雪乃に確認する。

 

『無いって言ってるでしょ!』


 雪乃の声には怒気が含まれていた。


「そ、それなら良いんだ。将吾と乃木坂も異論はないな?」


 雪乃の態度からは明らかに不満がみえた。だが錬はあえて追求しない方向で話を進める。へたに追求していたら、作戦に支障がでてしまう。


『オレはオーケーッス』


 大門・レオン・将吾が頷く。黒く日焼けした顔に、茶色い頭髪。パイロットスーツの上からでも、筋肉があると分かるぐらいの良い体つきをしている。

 将吾の機体はガルヴィード社の中量二脚『ヘビーアーム』で、塗装は緑色をしている。武装は肩に二門の曲射砲きょくしゃほうと、両手にはトンファー型のビームマシンガンを装備。

 マシントンファーはあくまで接近された時の為の補助武器で、メイン武器は両肩の曲射砲による遠距離砲撃になる。



『遊々も異論はないよんっ。ばっちしスナイプしちゃうから、まっかせといて~』


 乃木坂遊々のぎざかゆゆが弾むように返事をすると、髪がぴょんと跳ねた。明るい色の髪には、様々な髪留めやらゴムやらが引っ付いていおり、まるでクリスマスツリーのように装飾されている。

 遊々の機体はレイライン社の四脚『不知火しらぬい』で、塗装は水色をしている。武装は肩に大型のレーザースナイパーキャノン、右手にはスナイパーライフル、左手には展開式のオプティカルシールドを装備。


 オプティカルとは、日本語で光学を意味し、オプティカルシールドはスナイプ時に自機を光学迷彩にして、敵からの発見を阻害する機能を持つ。それと敵からのレーザー兵器を受け止めて、そのままレーザースナイパーキャノンで打ち返すこともできる。

 敵に接近をされてしまった場合は、キャノンのエネルギーをシールドにまわして、拡散ビーム砲としても使える。


「良し。では、作戦開始!」


 錬の号令で各機は行動を始める。

 将吾と遊々の後方支援機は、前進しつつ砲撃・狙撃ポジションを確保する。

 

『それじゃ運ぶから、ドッキングシークエンスに従って』

「おっけー」


 雪乃からデータが錬に送られてくる。

 ブラック・スワンとホワイト・レイヴンは空中でドッキングしなければならない。そのためタイミングと位置をリンクさせる必要がある。


 雪乃の機体がジャンプし、飛行形態に変形する。そのまま上空で旋回して、錬の元に下降を始める。

 錬の画面には大きなタイマーが表示される。そのタイマーに従って、錬は機体を走らせ加速する。ドッキングはコンマ秒単位の精密な操縦を要求される為、非常に難しい。だが、ブラック・スワンとホワイト・レイヴンは兄弟機なので、他の機体よりはドッキングしやすくなっている。


 錬の機体が走る。そのまま前方に頭を向けて、水泳の飛び込みのように地面と水平になるように跳躍する。錬の後方からは、雪乃の機体が近づいてくる。このままホワイト・レイヴンの背中とブラック・スワンの腹面がドッキングすれば成功だ。


「良し、タイミング誤差。許容範囲内だな」


 上手く行きそうなので、錬はほっと胸を撫で下ろした。しかし突然、緊急事態を知らせるアラート音が響いた。


『このままだと、砲弾にぶつかるわ!』


 雪乃が叫ぶ。彼女らしくない慌てようだ。


 タイミングの悪いことに、敵の砲弾の着弾位置と、ドッキングポイントが重なってしまった。このままドッキングを続ければ、二機ともただでは済まない。


「──乃木坂できるか?」


 錬は瞬間的に遊々に訊ねた。


『らじゃ! おまかせあれ~』


 遊々は錬の言わんとすることを瞬時に理解し、易々と了承した。


『ドッキングをキャンセルするわよ!』

「──いや、ドッキングは続行だ!」

『無理よ! キャンセルする』

「──大丈夫だ。問題ない」

『大ありだって言ってるのよ! バカ!』


 雪乃と錬の怒号が飛び交う。その間にもドッキングシークエンスが進み、敵の砲弾も着々と近づいて来ている。

 雪乃の顔から血の気が引き真っ青になる。だが、錬は平然としていた。


「──続行だっ!!」

『……もう、どうなっても知らないわよ!』


 錬の気迫に押されて、雪乃はなかばやけぐそ気味に観念した。

 ──5、4、3、2、1。

 タイマーがゼロに近づき、目の前には着々と砲弾が迫りくる。


「──乃木坂、まだか?」

『ほいほい、チャージ完了。分かってるってば、よっと!!』


 後方に控えていた乃木坂の不知火から、レーザーキャノンが発射される。その光線は激しい光量と熱量をほとばしりさせながら、一直線に敵の砲弾を粉々に打ち落とした。

 青空というキャンバスに、光る虹色の絵の具で線を引いたような景色が、錬と雪乃の前に広がった。

 直後、タイマーがゼロになり、錬の機体と雪乃の機体はドッキングを無事完了させた。

 錬は深いため息を吐いて、今まで張っていた緊張を緩和させた。そして錬の体には、今まで体験したことのない浮遊感が広がる。眼下には特区の街並があり、初めてみる景色だ。


「…………」


 雪乃の機体と初めてドッキングして、空を飛んでいる。そのことに錬は感動を覚え、言葉を失った。


『ほんと、あんたは無茶するわね? で、初めての空中遊泳の感想はいがかしら?』


 呆れ気味な言葉だったが、雪乃は笑っていた。


「最高に、良い眺めだ。これで毎日、登校したい気分になる」

『嫌よ。重たい』

「そっか、そりゃ残念」


 雪乃のにべもない拒否だったが、錬は別に嫌な気分にはならなかった。


『もっしも~し、お二人さん? 遊々になんか言うことないのん?』


 遊々が会話に入ってきて、にやにやと期待の籠もった笑顔を見せた。


「あ、わりぃ。ナイスナイプだったぜ乃木坂。ちょっとヒヤヒヤしたけどな」

『遊々さんありがとう。お陰で助かったわ』


 錬と雪乃が遊々に助けられたことを感謝した。


『えへへ~。感謝されちった~』


 遊々は満足げに笑った。


「それじゃ、俺と神無城は先攻する。乃木坂と将吾は援護射撃を頼む。敵の座標はデータリンクするから、狙撃ポイントを見つけて適宜最適な位置に移動してくれ」

『らじゃ~、気をつけていってらっしゃーい』

『了解。援護射撃は任せろッス』


 遊々と将吾が返事をする。

 錬は雪乃に運ばれて、敵地に飛んでいく。

 敵の陣地に近づけば、近づくほどに敵の攻撃は激しくなる。一直線に飛ぶのは難しくなり、回避行動を取りながら飛行しなければならなくなっていった。このまま飛行し続けて、敵のど真ん中にでも墜落したら、いくら最新鋭のASだとしても一瞬のうちに蜂の巣にされてしまうだろう。


「これ以上、近づくのは危険だ。いったん着地してから、敵を各個撃破していこう」

『了解。パージするわ』


 雪乃の機体はスピードと高度を落とし、ビルの合間の道路すれすれを滑空する。そして、真上に急上昇と共に錬の機体を切り離し、自らの機体も人型に変形した。

 白と黒の機体はそろって着地に成功する。直後、二人を挟み込むように敵の中量二脚型ASが二機、姿を見せた。

 敵の数が少ないので、待ち伏せというよりも偵察機だと、錬は推測する。

 錬と雪乃は背中合わせになり、敵ASのヘッドをライフルで揃って撃ち抜いた。


「ナイスショット」

『あんたもね』


 錬と雪乃は互いにたたえ合った。

 二人がほっと一息ついて油断していると、ビルの屋上に敵の四脚が半分身を隠しながら、キャノンを構えた。

 レーダーに反応はあるが、錬と雪乃は気付いていない。

 その時、突然屋上の敵ASが爆発した。

 錬と雪乃は、その爆発音で気付き、ビルを見上げる。レーザービームが上空を通り過ぎていった。


『お二人さん、頭上注意ですよん? もう周りは敵さんだらけなんだからねっ』


 遊々が笑っていた。データリンクをしていた遊々が錬達よりも早く敵に気付いて、超遠距離狙撃をしたのだ。

 

「ああ、そうだな。少し油断した」


 錬は遊々に指摘されて、身を引き締めた。雪乃との連携が上手くいっていため、少し舞い上がっていた。


『十七夜、前方から複数の敵影』


 雪乃が警告する。錬は素早くレーダーを確認した。先程の戦闘でこちらの位置を察知し、敵の増援がきたのだ。

 レーダーには五つの敵影反応があった。錬達のいる道路の先から、敵のタンク型ASが迫ってきているのが見えた。


 直後、敵からの激しい攻撃が始まり錬達を襲う。

 錬と雪乃は左右に分かれて、ビルの影に身を潜めた。


『タンク型はやっかいね。それも五機が固まってたら、倒すのは難しいわ』


 雪乃が呟く。錬と雪乃の機体はどちらも軽量二脚だ。武装もライフルとブレードと最低限のものしか持ち合わせていない。正面からまともにやりあっては、敵に火力差で押し負けてしまう。


「乃木坂、敵が見えるか?」

『んーと、レーダーでは見えてるけど、狙撃はむりぽ。ビルが邪魔で、射線の確保が出来ないよ。敵さんを高いところにおびき出してくれれば、全然やれるけどねー』

「タンク型を屋上にはおびきだすのは、無理だな」


 錬はどうやってタンク型の敵を倒そうかと、思案する。


『もしかしてオレの事忘れてないッスか? オレならば、ぜんぜん砲撃可能ッスよ』


 将吾が待ってましたとばかりに、アピールしてくる。

 将吾の肩に積んである曲射砲は、一直線に飛んで行くのではなく、半円を描くように飛んで行くので、ビルのような高い障害物に隠れている敵でも攻撃が可能だ。


「良し、なら将吾頼む。やつらの真ん中に一発ぶちこんでくれ」

『オーケーッス。ビックな奴が飛んで行くから、巻き込まれんように注意してくれッス』


 将吾は錬達からの送られて来ている敵の位置情報を元に、曲射砲の角度を計算する。

 そして肩にある二門の大筒から、大火力の砲弾が二発同時に発射される。砲弾は地球の重力にさからって、上空まで上がると、今度は重力に引き寄せられて下降を始めた。


「神無城、将吾の砲弾が着弾した後、敵の隊列が乱れたところをレーザーブレードで一気に叩く。いいな?」

『いいわよ。でも、敵さん砲撃に気付いて迎撃体勢に入ったわ。このままだと砲弾が着弾する前に打ち落とされちゃうわね』


 雪乃の言う通り、敵ASは上空に向けてガトリングをばらまいていた。


『私が敵の気を引いて、迎撃の妨害をするわ』

「……分かった。援護する。無理するなよ」


 錬がビルから飛び出し、敵ASにライフルを放つ。その後ろで雪乃が飛行形態に変形して、敵の上空を飛行する。

 敵ASの内一機が錬に反撃を開始、二機が上空を飛ぶ雪乃を打ち落としに掛かる。そして残りの二機が将吾の砲弾を狙い撃つ。

 

「なんとか半分以上の気をそらせたな」


 錬の近くにバズーカ砲が炸裂し、コンクリート片がはじけ飛んだ。敵ASの火力は凄まじいが、錬はビルという遮蔽物に隠れられるので、問題はなかった。

 一方、雪乃は上空を跳び回る。空にはどこにも隠れることが出来ないので、タンク型ASの大火力による攻撃を避け続けるしか方法はなかった。加速と減速を不規則に組み合わせて、相手に予測射撃をさせないようにするのが精一杯だ。


 ガトリングガンのリング状に配置された複数の砲身が、高速回転しながら雪乃を追いかけ回す。給弾・装填・発射・排莢のサイクルを連続して行うガトリングガンは、雪乃に休む暇を与えない。青空に黒の弾丸が、豆粒の如くまき散らされる。

 豆粒は点線のように繋がり、だんだんと雪乃の機体に近づいていく。

 機体と点線が交差すると思った瞬間、雪乃の機体は人型に変形する。人型になることで空気抵抗を利用した急停止を行ったのだ。ガトリングガンの点線は、雪乃の機体を通り超してして上手く回避することができた。

 雪乃が一安心した所に、ミサイルが飛来してくる。

 

『……あっ!』


 雪乃から声が漏れる。すぐさま飛行形態に戻り、回避行動を取るが急停止を行った後なので十分な加速に至らず、誘導性の高いミサイルを振り切ることが出来ない。

 このままだとミサイルがぶつかる。だがミサイルは別方向から飛んできた弾丸に打ち落とされ、雪乃は危機一髪のところで難を逃れた。


『……えっ? なに?』


 誰が自分を助けてくれたのか雪乃は疑問を口にした。

「援護するっていっただろ?」

 ビルの屋上に錬の白い機体がライフルを構えていた。錬がミサイルを打ち落としたのだ。

 

『…………っ』


 雪乃は言葉を失う。感謝の気持ちよりも驚きの方が勝っていた。

 砲撃が着弾するまで、錬は安全なビルの影に隠れているだけだと、雪乃は思っていた。それが自分を助ける為に、危険を冒してビルの屋上にまでやってくるとは思ってもいなかったのだ。

 

「神無城、もう囮役は終わりだ。十分敵の注意を引きつけられた。あとは対砲撃に備えて、遮蔽物に退避するんだ」


 錬は自らに飛来するミサイルを迎撃しながら、雪乃にそう伝える。


『了解』


 雪乃はその場から離れて、人型に変形し砲弾の衝撃に備えた。

 錬は雪乃が退避するのを確認した後、自分もビルの影に隠れた。

 次の瞬間、空中で大爆発が起きた。熱風が吹き荒れ、空気が悲鳴を上げて、ビルの窓ガラスが割れた。

 砲弾の一つが敵に撃墜されたのだ。だが、砲弾は二つある。爆炎の中を残りの砲弾が飛び出してくる。そしてそのまま敵ASの密集地点に着弾した。

 最初の爆発とは比べものにならない衝撃が発生する。

 ビルの影に退避していたとはいえ、かなりの爆風が錬の元に到達した。カメラの映像にノイズが入り、視界が悪くなる。さらに煙と粉塵が辺りを舞い、1メートル先の視界も確保出来ない状態になってしまった。


 粉塵の霧が治まり視界が回復するまで、5分以上はかかるだろうと錬は予測する。

 だが、錬は構わずに飛び出した。視界ゼロの無謀な飛び出しだ。

 錬はカメラを赤外線モードに変更。敵ASの熱源を可視化し、敵ASに接近する。

 敵ASは砲撃を直に喰らったためセンサ類がスタンしており、棒立ち状態になっている。

 錬は暗殺者のごとく敵ASを一機、また一機とレーザーブレードで確実に仕留めていく。

 ビル風により煙と粉塵が拡散していく。やがて視界が回復すると、五機の破壊されたタンクASの中に一機の白いASが浮かび上がってきた。


『十七夜、敵は?』


 少し遅れて雪乃が応援に駆けつける。だが、その時には既に錬が敵を殲滅していた。


「とりあえず、終わった」


 錬は一息ついて、そう雪乃に答えた。

 

『……そ、そう、やったわね』


 雪乃は驚きを隠せなかった。まさか自分が駆けつける前に、敵を全て倒しているとは思っていなかったのだ。視界がゼロの中を平然と動き回る錬に驚愕した。確かに赤外線モードにすれば視界を確保出来るが、普段と違う見え方に戸惑い動きが鈍る。それをまったく感じさせないいつもどうりの手際の良さに、雪乃は自分と錬の間に、大きな熟練度の差があることを気付かされた。


「それじゃあ、どこかにいる砲撃部隊を探そう」

『砲弾の弾道から、だいたいこの辺りにいると思うよん』


 遊々がマップにマーキングして教えてくれた。


「なるほど、公園があるな。良し、じゃあ二手に分かれて、この公園を左右から責めよう」

『……了解』


 錬と雪乃は一旦別れて、別方向から砲撃部隊がいると思われる公園に向かった。


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