第8話 スカートの中を覗こう
一時間目をまるまる潰して行われたタッグ戦は無事に終了し、二時間目は普通の授業が開始されていた。
校舎の一階の天井を爆破し、一階から二階をぶち抜いて、ASが入れるように改造した教室にASが十機、三列になって授業を受けている。
エクシアが前に立ち、空中に立体表示される黒板に板書しながら、授業は行われていた。
学生側はもちろんASに乗ったまま授業を受ける。
AS用に作られた巨大なペンタブレットで、器用にASの手を動かし黒板の内容をデータ入力する。
本来、ペンタブレットを使ったアナログ的趣向を行う必要はない。だが、特区ではASの操作技術向上の為に、あえて前時代的な入力方法を行わせていた。
義務教育では未だに、ノートとえんぴつを使って筆記する方法を学生にとらせているが、高等教育は今ではほとんどノートPCやタブレットPCでのデータ入力になっている。
今はまだASに乗ったまま授業を受けたり、日常を過ごすのは珍しく、特区以外では行われていない。だが、将来的に人はASに乗ったまま日常を過ごすようになると、学者の間では定説になっている。ASが服のように扱われる時代がくるのである。
地震、雷、火事、交通事故。人間は予期せぬ事態に遭遇してあっけなく死んでしまう。それらのリスクをASに乗って過ごすことでかなり軽減できる。安心安全を追求していくのは、人間の根源的欲求だと言える。
ASで日常を過ごす生活スタイルになることを、一般的には『
ASを母体に例えると、その中にいる人間は胎児に見えるからである。
一度、母体を卒業し胎児から人間になったのにも拘わらず、再び胎児に戻ることは退化であると唱える人も中にはいる。
災害の多い日本では、胎児回帰論に賛成だという人の方が多数を占めていた。
一番前の列のASは黒板を頭部カメラで見ることが出来るが、二列目以降は前のASの影になって黒板を直接見ることが出来ない。その為、一番前のASのカメラの映像をリレーして、二列目、三列目のASに渡して授業を受けている。
一番前のASの視界が後ろのASに渡されてる為、一番前のASはよそ見をする事が出来ない。その為、一番前の列になることを嫌がる生徒は多い。
大助もその一人だったが、タッグ戦を終え、反省の意味も込めて自ら最前列に並んだ。
錬が真面目に授業を受けていると、隣の大助から通信が入る。
『おい、錬。先生の足下のガラス片を良く見てみろよ。いいもんが見れるぞ』
大助がニヤケ顔でそう伝えてくる。錬と大助は一列目で授業を受けているので、自分の視界を後ろのASにリレーしている。その為、あんまりよそ見をしていると後ろにいるASから文句を言われるので、錬はあまりよそ見をしたくなかった。しかし、錬は大助の言葉が少し気になった。
「ガラス片? なんか珍しいものでも落ちてるのか?」
『ああ、きっと驚くぞ』
何かを企んでいるような笑顔を大助は見せた。
「ほう、気になるな」
退屈な授業よりも好奇心の方が勝り、錬は大助の言っているガラス片にカメラを向けた。
この教室は天井や壁を爆破して、無理矢理作ったものなので、辺りにはガラス片が散乱している。生身の人間ではかなり危険だが、ASに乗った錬達、機械で出来ているエクシアなら問題はなかった。
「ただのガラス片じゃないか?」
『もっと良く見るんだ。ズームズーム』
大助に言われて、錬はカメラをズームしていく。だんだんとガラス片が拡大されて表示されていく。
『ガラスに反射して、見えるだろ?』
「ああ、なんか見えるな? でも、なんだこれ?」
ガラス片には模様のようなものが写っていた。しかし錬にはガラス片に映ったものが、何なのかいまいち理解出来ないでいた。
じっーとガラス片を眺める錬を横目に、大助は笑いを堪えている。
『十七夜? お前はいったい何を見てるんだ?』
その時、エクシアからの通信が突然、錬の元に入って来た。
「あ、すみません。なにか珍しいモノが見えるみたいだったので……」
『ほう、珍しいモノ……か』
エクシアの目の前に錬の見ているカメラの映像が表示されていた。その映像は本来、エクシアにリレーされるモノではない。しかし、錬の後ろにいる雪乃がエクシアに送信という告げ口をしていたのだ。
『まあ、お前も年頃だし仕方ないが、お前の映像は後ろにリレーされているんだぞ? 分かっているのか?』
エクシアが呆れ顔で錬を諭す。
「すみません」
錬は素直によそ見をしていたことを謝罪した。
『後ろに女子もいるんだぞ。そういうのはほどほどにしておけよ十七夜』
そう言ってエクシアはガラス片を蹴っ飛ばした。
「……はい」
錬は返事をするが、エクシアの言葉の意味を完全には理解していなかった。
『それでは、授業を再開するぞ』
そう言ってエクシアは再び授業を開始した。それと入れ替わりに雪乃が通信を入れてくる。
『……変態』
雪乃は一方的に錬を罵倒すると、すぐに通信を切った。
「変態って、なんのことだよ?」
錬には一体、何に対して言われている言葉なのか、さっぱり分かっていなかった。
「なあ、大助。結局、さっきのはなんだったんだ?」
錬はガラス片に映ったものの正体を大助に訊ねた。
『あれ? まだ分かってなかったの?』
「ああ、ガラス片には何が映ってたんだ?」
『先生のスカートの中だよ』
にやりと大助が笑った。
「お前なぁ!! そういうことは最初に……」
雪乃の言った『変態』の意味をようやく理解して、錬は顔を真っ赤に染めた。
『なに怒ってるんだよ? ここはありがとうって僕に感謝するところだろ? そういうの興味ないってかっこつけるのは、やめろよ』
「……そうだな。気付かなかった俺も悪い。ま、確かに珍しいものは見れたよ」
『だろ?』
「でも、神無城に変態って言われた……」
錬は肩を落とす。雪乃とは仲が良くないのに、今の一見でさらに心の距離が開いたと確信する。
『なんだぁ? まさか変態って言われて、ショックを受けてるのか? どうせ男はみんな変態なんだよ。気にするな。むしろ変態って罵ってくれて、ありがとうって気持ちを持たないとダメだっつーの』
「そ、そうなのか」
大助の力説に納得する錬だった。
『僕の方で、さっきの映像を録画してあるから、もう一度じっくり見ると良いよ。今度は何が映ってるのか分かってる状態だから、前より楽しめるでしょ? 今から送るよ』
「おう」
大助から映像データが送られてくる。
「大助、これって犯罪じゃないのか?」
錬はその映像を再生しようとするが、少しだけ躊躇した。
『迷惑防止条例の盗撮行為に該当するって言いたいのか? うーん、先生が
「法律上アンドロイドに人権はない。けど、先生はアンドロイドだけど、ペットのような『物』ではない。たしか学校法人だった気がする。法人格を持って無きゃ、教師として俺達に勉強を教える権利を持てないからな」
『あーそっか。少し前までの法人は、特定団体を指す実体の無いふわっとしたモノのことだったけど。データ集約が進んで、アンドロイドに法人としての実体を持たせようってことになって、その第一号がエクシア先生なんだっけ? でも、法人に人権ってあるのかな?』
「自然人とまったく同じってことはないだろうな……」
機械であるアンドロイドに、人間とまったく同じ権利を与えることは非常に問題がある。もしアンドロイドにその権利を与えてしまったら、今の人間社会が根底からひっくり返ることになる。
『ま、難しいことは考えなくていいっしょ? って、あれ? なんだこれ?』
大助が突然、素っ頓狂な声を上げた。
「何かあったのか? 大助」
『錬に送った映像を確認にしようと再生したんだけど、なんかおかしい……。とりあえず、錬の方ではちゃんと再生できてる?』
「ちょっと待て。今、再生する。……これは?」
錬は大助から送られて来たデータを再生した。
映像は、大助の機体からの視線で、エクシアの足下にあるガラス片にズームアップする。そして、だんだんとスカートの中が見えそうになっていく。
見えた! と思った瞬間、エクシアをデフォルメしたキャラクターが出現し『極秘事項』と書いてある手持ちの看板で、スカートの中身を見えないように加工されていた。
「なんか極秘事項って看板を持った先生のキャラがでて見えなくなってる」
『やっぱ、そっちも同じか』
「特区内は軍事機密で溢れてるから、漏洩防止のセキュリティ機能を使って、先生が映像にロックをかけたんだろう」
『なんだよ! スカートの中は軍事機密かよ! くっそ、そんなことされた余計に見たくなっちまうよー!』
大助が悔しそうに叫んでいた。
「たぶん見れなくなるのは録画データだけだ。録画じゃなくて、リアルタイムでなら見える」
『なるほど、録画データで何回も見れたら、価値がなくなっちゃうからね。まあ、よしとしよう』
大助は一人で納得して、うんうんと頷いていた。
錬と大助が無駄話を続けている一方で、たんたんと授業は進んで行く。
眠くなるような授業が続き、錬がうつらうつらとし始めた直後、爆音が響いた。
学校が揺れて、上からほこりと小さい瓦礫がパラパラと落ちてくる。
錬は何事かと驚き、一瞬で眠気がどこかに飛んで行った。
『どうやら敵襲のようだな』
エクシアがそう告げると、再び爆音が響く。どこかから砲撃されているようだ。
『これじゃ、うるさくて授業も続けられない。それにこのままだと学校が壊されてしまう。授業は中止にして、敵を排除しろ。日直を中心に作戦行動を取れ』
エクシアの言う通り、敵に砲撃を続けさせれば、いずれ学校は倒壊するだろう。せっかく作った教室を壊されるのは、錬の本望ではない。
「はい!」
錬はエクシアの言葉を受けて、立ち上がる。
「みんな聞いてたよな? これから学校の防衛と敵の殲滅作戦を開始する。作戦に当たってチームを二つ分けようと思う。学校を防衛するチームと、敵を倒しに行く殲滅チームにだ。なにか異議はあるか?」
錬は全員の表情を窺う。みんなに異議はないようで無言で頷いている。
「それじゃチーム分けを行う。
殲滅チーム・十七夜・神無城・乃木坂・大門の計四機。
防衛チーム・九十九・鈴城・アンリエッタ・久遠寺・佐々木・
殲滅チームのリーダーは日直の俺がやる。防衛チームのリーダーは九十九に担当してもらう」
『え? 僕がリーダー?』
大助が驚きの声を上げた。まさか自分がリーダーになるとは思ってもいなかったようだ。
「嫌なのか?」
『嫌じゃないけど、僕より適任の人がいるんじゃない? 月ちゃんとか?』
「確かに久遠寺はしっかり者で頼りになる。だが、俺は大助にやってもらいたい。なぜなら、俺が一番信頼しているのがお前だからだよ、大助」
タッグ戦をやったあとなので、錬の中の大助の評価がぐっと上がっていた。
『……錬』
大助は少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
「大助。もう一度訊く。防衛チームのリーダーをやってくれるか?」
『分かったよ。錬が出かけてる間の留守は任せておいてくれっ!』
大助が頼もしい返事と共にリーダーを引き受けた。
「ああ、俺の留守を任せられるのはお前しかいない。じゃあ、チームに分かれて作戦開始だ!」
『『『了解』』』
全員が大きな返事し、チームに別れ行動を開始した。
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