第7話 だまし討ちをしよう
「あらら、UAVを落とされてしもた。せやけど一機つぶせた」
ほのかは、のほほんとした様子で呟いた。相手にこちらの位置は気付かれていない。上手く立ち回れば、一方的に攻撃を出来るため、有利な状況にある。
再びUAVを飛ばしながら、ほのかは場所を移動する。
『……ほのか、脱出できたのね』
一瞬、ノイズが走った後、月陽から通信が入った。
「ええ、なんとか。……でも間に合わなくてごめんな。月陽ちゃん」
ほのかは自分の脱出が遅れてしまったことで、月陽がやられてしまったと責任を感じていた。
『なんのこと? 私は無事よ』
「……え?」
月陽の言葉に、ほのかは驚いた。ほのかの画面には一度、月陽が戦闘続行不可能というアラートが鳴った。しかし、今はアラートが消えている。ほのかは何か違和感を覚えた。
『あはは、もしかして、私がやれたと勘違いしちゃった? あれは演技よ。少し装甲が削られただけで、直撃してないから大丈夫』
「ほ、ほんまに?」
明るく笑う月陽とは対照的に、ほのかは動揺する。
『そうそう、ボディの少し下を削っただけ、ちょうど影になってるから当たった風に見えるけど、問題なく動けるわ。これで二対一になったわね。さっさと残りをかたづけましょ』
「……そうやね」
『じゃあ、一度合流しましょ。単独だと危険よ』
「ほな、私が月陽ちゃんの所に向かいます」
『いや、なるべく早く合流したいから、中間地点で合流しましょ。このポイントで』
ほのかの見ているマップに赤い点が表示される。それが月陽の指示したポイントだ。
「了解や」
ほのかが頷くと、月陽との通信が終了する。
「…………」
いつもは笑顔のほのかだったが、その顔からは表情は消えていた。
月陽の指示したポイントに自分の機体ヘビーグランドを向わせながら、一方でUAVを操作して先程の戦闘地域に飛ばした。
ほのかは合流ポイントに到着するが、まだ月陽は到着していなかった。
月陽に通信で話しかけようとするが、ノイズが走り回線をなぜだか開けない。
「……通信妨害」
ほのかはぼそりと一つの可能性を呟いた。
『……あ、ごめん。もうすぐつくから』
次の瞬間、月陽の方から通信が入る。まるでこちらの発信を探知していたかのような、都合の良いタイミングだ。回線を開いた直後に、不愉快なノイズが一瞬走ったので、ほのかは眉根を潜める。そしてすぐに笑顔を作った。
「そうなんか、気を付けてや」
『うん、ごめんね。そっちも気を付けて』
通信終了。
月陽の現在位置を示すポイントが、まっすぐにほのかのいる場所に向かってくる。
そのポイントの移動が明らかに不自然だった。立ち並ぶビルを迂回もせずにまっすぐ向かってくるのだ。重量二脚の月陽の機体では無理があるルートだ。
「……そろそろや」
ほのかの飛ばしたUAVが目的の場所に到着し、映像が写し出される。
俯瞰視点の映像には、スカイフレアの大破した残骸がある。
その近くに装甲を全部はぎ取られた機体がうち捨てられていた。
皮を剥ぎ取られて骨だけになった機体は、月陽の乗っていたグロリアスだ。
「やっぱり偽物や。やりますね、十七夜さん」
ほのかは先程の通信相手が、月陽に成りすました錬だということを確信した。
マップを移動する月陽のマーカーをほのかは注視する。
この不自然なルートを取る月陽のマーカーの正体は何かと、ほのかは考える。
──このマーカーはダミーや。
錬が簡易プログラミングした偽のマーカー。突貫作業だったため、ビルを迂回するというアルゴリズムを組み込めなかった。その為、ただ直進するという単純な動きをしてしまっている、という答えにほのかは至った。
「なるほど、そういうことやったんやな」
ほのかは錬の考えた作戦を分析する。
錬はマーカーがポイントに到着すると同時に攻撃をしようと考えているのだ。ほのかが偽のマーカーに気を取られている隙に真後ろから忍んで、攻撃をしようと企んでいる。
錬の考えている作戦に気付いたほのかは、マーカーとは真逆の方に機体を回転させた。
後数秒でマーカーと合流ポイントが重なる。
『もうすぐ到着するよ』
月陽に偽装した錬から通信が入る。
「了解や」
ほのかは素直に返事をする。騙されているフリを演じて、逆に錬を返り討ちにする算段だ。
『あ、そうだ。さっき私と逆方向から接近する敵影を見かけたから、背後に注意してね』
「分かったわ注意しとく。…………っ!?」
心配する月陽に頷くほのか。だが、ここでほのかの思考が乱れた。
月陽はマーカーとは逆方向に注意を払えと、言ってきたのだ。
つまりそれは今、ほのかが向いている方向のことを指す。
月陽に偽装した錬がマーカーと反対方向から攻撃を仕掛けるならば、今の発言は自らの作戦をバラしたということになる。
「十七夜さんは、私が気付いとることに感づいておるんか? だとしたら、今の発言は私をかく乱する為のもの。その真意は私をマーカーの方に向き直らせようとしとるんや。せやけど、私は騙されまへん。この不自然なマーカー移動は明らかに偽物や!」
ほのかは確信を持って、マーカーとは反対に武器を構える。
『はい、到着! ほのか、お待たせ』
月陽からの通信が入る。
「…………」
ほのかは月陽の言葉に返事を返さず、警戒は最大まで高まる。
しかし、錬の機体は姿を現さなかった。
『だから、言ったでしょ? 後ろを警戒しないさいって』
月陽が怪しく笑う。
「……うそやっ?」
ほのかの真後ろから、ブースターの音が響く。
グロリアスの装甲を自らに装着したホワイト・レイヴンが猛然と迫って来ていた。
ほのかはタンクを緊急旋回させる。しかし、完全には間に合わない。
両腕に装着したガトリングをフル回転させる。相手の装甲を削り、火花を散らす。
だが、グロリアスの装甲を身につけた錬の機体はまったくひるむことなく突っ込んでくる。
そして錬の振り上げたアックスが左肩に直撃し、腕を切り落とした。
『ごめん、ほのか。手が滑っちゃった』
悪びれることもなく月陽が言う。どう考えても手が滑ったと言い訳できるレベルではない。もう錬は自分の正体を隠す気がないのだ。
「まんまと騙されましたわ。……十七夜さん、せやろ?」
『……正解だ』
月陽の顔にノイズが入り、錬の顔に切り替わった。
「ポイントマーカーの不自然な軌道から、マーカーがフェイクだと確信したんですが、違ったみたいやね」
『俺は役者じゃないんで、絶対に見破られると思ってたよ。だけど、もし俺に役者の才能があって、完璧に鈴城を騙しちまったら、今の作戦は失敗していた。その為の保険として、不自然なルートを取ったんだ。そうすりゃ怪しいと思ってマーカーの逆を警戒する。重量二脚の装甲を着て、ビルを超えるのは大変だったぜ』
「私にバレること前提の作戦やったんやね」
『まあ、もしバレてなくても最後の通信でマーカーの逆を向かせるように仕向けたんだよ。鈴城が俺の偽装にまったく気付かずマーカーの方を向いていた場合、背後を警戒しろという通信を受けたら、マーカーの逆を向く。そして俺の偽装に気付いて、マーカーの逆を初めから向いていた場合に、背後を警戒しろという通信を受けたら、きっと怪しんで無視する。どっちに転んでも俺は後ろを取れたってわけ』
「……やりますね」
『俺が重量級の装甲を着込んで、アホなルートをわざと通ってることに気付かない限り、鈴城が俺の作戦を看破するのは無理だったんだよ』
「……完敗や」
ほのかはぼそりと呟いた。
『え? 今、なんて言った?』
錬が驚きの表情を見せる。
「私の完敗や。このチーム戦の負けを宣言します」
ほのかは晴れやかな表情でそう言った。
『……諦めるのが少し早くないか?』
ほのかのヘビーグランドは片腕を無くしただけで、やろうと思えば戦闘を続行できる状態だ。
「いいえ、時間ぴったりやし」
『時間?』
錬がほのかの言葉を訝しむ。
「はい、あと五分ほどで一限目の終了時間や」
『確かに、そうだな。でも、それで良いのか?』
「このまま続行しても私の負けは確定しとるよ。もし私が十七夜さんにまぐれで勝ったとしても、私はそれを自分の勝利だと納得できひんと思うわ」
『そっか、鈴城がそう思うなら仕方ないな』
「はい、今回は素直に負けを認めたいんや!」
『なんか、負けたのに嬉しそうだな?』
「十七夜さんとの戦い物凄く楽しかったよ。対戦おおきに」
『こちらこそ、熱いタッグ戦が出来て楽しかったよ。ありがとな』
錬とほのかは、満足そうに笑顔を見せ合った。
その時、本物の月陽から通信が入る。
『やっと通信が回復した。ほのか、大丈夫?』
心配そうな表情を浮かべる月陽の顔が表示された。
「私は大丈夫や。せやけど、負けてしもた。ごめんな月陽ちゃん」
『良いのよ。どうせ十七夜の奴にだまし討ちをされたんでしょ? ほんとあいつはせこいわよね』
「は、ははは、それも戦術やから」
ほのかは気まずさを感じて、乾いた笑いを漏らした。
『おい、久遠寺。俺とも通信繋がってるんだぞ?』
錬が好き勝手言う月陽に釘を刺した。
『あら、いたの? 私の装甲を剥ぎ取っていった変態くん』
『誰が変態だ! それが俺のASのスキルなんだよ』
『人間に例えるなら、女子の服を剥ぎ取って、自分で女装するようなものよ。それを変態って呼んで何が悪いの?』
『ちっ、負け惜しみでぐちぐち言うんじゃねーよ。鈴城とは正反対だな、お前』
『なによあんた! もしかしてほのかのこと好きなんじゃないの? 聞いたほのか? ねえ聞いた?』
「もうっ!! 二人ともいい加減にしなさい!!」
ほのかが言い争いをしている二人に一喝する。
『『っ…………!?』』
いつもはほんわかしてるほのかが、大声を出したことに二人は驚きを隠せない。まるで母親に叱られた子供のような顔をしている。
「このチーム戦のきっかけが何やったか、二人とも覚てるんか? ささいなことのケンカや。ここでまたケンカしてどうするん? また戦うつもりなんか?」
『……すまん鈴城』
『……ごめんなさい、ほのか』
ほのかの気迫に押されて、錬と月陽は謝罪の言葉を述べた。
「私に謝ってどうするんですか? 謝る相手を間違えてませんか?」
まるで小学生に正解を分からせる先生のようにほのかは二人を諭す。
『……久遠寺すまん。少し言い過ぎた』
『……こっちこそ、つっかかってごめんなさい』
二人はお互いに謝り、ほのかにこれで良いのかと、不安げな視線を向けた。
「はいっ、これで仲直りやね。あとは九十九さんとも仲直りしましょう、ねえ月陽ちゃん?」
ほのかは満足そうに笑ったので、錬と月陽は安心して表情を緩ませた。
『う、うん、分かった』
月陽はほのかに言われて、すぐに大助に通信を繋げた。
『やっりぃぃぃー! 僕達の勝利だぁぁぁ!! ひゃはぁぁぁぁ!!』
大助が喜びの雄叫びを上げた。
『…………』
喜びを全開にする大助に、月陽は少しだけイラついたが、ぐっと堪えた。
『残念だったね月ちゃん? 僕達の完・全・勝・利だよ?』
『……そうね。私はだいちゃんにやられちゃったし。ほのかも十七夜に負かされた。私達の完敗よ』
『……え?』
月陽なら絶対に言い返してくると思っていた大助は、虚を突かれて素っ頓狂な声が漏れた。
『どうしたの? 変な顔して?』
大助が変な顔で固まっているので、月陽が声を掛けた。
『いや、なんか予想とは違う反応が返ってきたんで……』
『なによぉ。私が素直に負けを認めるのがおかしいって言うの?』
『別にそうじゃないけど……』
大助の歯切れが悪い。
錬とほのかは二人のそんな様子を微笑ましく黙って聞いている。
『あ、あのさ、だいちゃん?』
『なに?』
『……………………………………………………………………………………(ごめんね)』
長い沈黙の後、小さい声でぼそりと月陽が顔を真っ赤にして謝った。
『え? なに? もしかして今、ごめんって言った?』
『……うん、言った』
『……そっか』
大助は照れくさそうに頬を掻いている。
『あの、勘違いしないで欲しいんだけど、負けたから謝ったんじゃないの。……本当に悪いと思ってるの。私がへたに口を挟まなければ、だいちゃんはほのかに謝ってたと思う。だいちゃんは、やさしい人だって、私知ってるから』
顔を真っ赤にしながら、月陽は一生懸命に自分の気持ちを口にする。
『僕の方こそ! ……僕の方こそ、ごめん』
大助も真面目な顔になり謝る。
『私にじゃなくて、ほのかに、でしょ?』
月陽は首を振り、優しく大助に諭す。その言葉を聞いて、大助ははっと自分の間違いに気付く。そして改めて、
『鈴っち。あの、ぶつかってごめん。僕が悪かったよ。あと僕と月ちゃんのケンカに付き合わせて、ほんっとにごめん。……許してもらえるかな?』
大助は心のこもった謝罪をほのかにした。
「私は初めから怒ってへんよ。二人とタッグ戦が出来て楽しかった。むしろ御礼を言いたいぐらいや。おおきに」
『そっか、良かった』
大助はほっと胸を撫で下ろした。
『お前等、仲直りは出来たか? 次は授業やれるか?』
事が丸く収まったところで、エクシアから通信が入って来た。
『あ、先生! 問題は全部解決しました。お時間を頂きありがとうございました』
錬は日直なので、四人を代表してエクシアに報告した。
『よろしい。破損した者は整備班を待って、破損部位の換装。大破した者はサブ機に乗り換えて、教室に集合だ。次の授業に遅れるなよ』
エクシアの言葉に四人が「はい」と返事をした。
破損、大破した機体の近くの道路がぱっくりと割れて、地下からAS用のエレベーターが出現する。そこから整備ASが出現して、それぞれ整備を始める。
大助のスカイフレアと月陽のグロリアスは大破しているので、機体はそのまま地下に運搬され、二人は同型の新しい機体に乗り換える。
ほのかのヘビーグランドは左腕を破損しているので、新しい左腕に換装した。
錬のホワイト・レイヴンの所には整備ASは現れなかった。
ホワイト・レイヴンは装着していたグロリアスの装甲をパージする。パージした装甲をBBRシステムで吸収する。すると、機体は新品のように元に戻った。
レーザーブレードとライフルを拾いにいき肩に装備し直すと、錬は教室に向かった。
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