第6話 炎の海にしよう
『錬、このままだと足場がなくなって、接近出来なくなっちゃうんじゃないかな?』
大助の機体が跳躍する。すると今までいた場所に月陽のハンドガンが着弾して、粘着液を飛びちらせた。
「相手さんはこちらの移動ルートを制限することで、反撃しやすいように場を作ってるんだろう。相手さんも接近戦を望んでいるってことだ」
錬は冷静に敵の意図を分析していた。
『どうする? このまま逃げてると時間を稼がれて、タンクが出て来ちゃうよ』
二対一という有利な状況を作ったのに、このままではせっかくのチャンスが無駄になってしまうと大助は焦っていた。
「分かってる。俺がとりもちに引っかかったフリをする。そんで相手が俺を攻撃する瞬間を狙って、大助が死角から攻撃する作戦で行こう」
『了解!』
大助は元気よく返事を返した。
錬はわざと粘着弾が飛び散った場所に着地した。
粘着液が機体の足裏にくっついて、ホワイト・レイヴンを地面に貼り付けにした。
月陽のグロリアスは巣に引っかかった獲物を食べに向かうクモのように錬の元に近づいていく。
途中、グロリアスは自らが放った粘着弾を踏みつけた。しかし何事もなかったかのように通り過ぎた。
粘着弾の中には、粘着力を無力化する溶解液を含んだ小さなカプセルが組み込まれている。これにより味方がもし粘着弾に引っかかってしまった場合でも、カプセルが破裂して粘着弾を無力化するようになっている。そのため自ら放った粘着弾に引っかかるという間抜けなことにはならないようになっていた。
「自分の粘着弾にひっかかるかなーとか思ったけど、やっぱそんなことないよな」
錬は粘着弾の上を悠然と歩くグロリアスを見て、ちょっとだけ残念に思った。
グロリアスが錬の目の前にやってきて、アックスを振り下ろす。
錬は左手のレーザーブレードを素早く展開して、グロリアスのアックスを受け止めた。
「大助! 今だっ!」
『うおおおおおぉぉぉぉぉ!!』
雄叫びを上げて、大助がグロリアスの真上から突撃する。
しかし、グロリアスは大助の攻撃を読んでいたらしく、一歩後ろに下がりハンドガンを大助に発射した。
粘着弾の直撃を受けた大助は、攻撃できずにただ落下し地面に激突した。
芋虫の如く地面に這いつくばる大助に向けて、グロリアスがアックスを振るう。
「やらせるか! 粘着弾が効かないのは、こっちも同じなんだよ!」
錬は粘着弾に引っかかったフリを止めて、大助をアックスの攻撃から守る。
ホワイト・レイヴンはBBRシステム(ブラックブレッドリペアシステム)の機能で、排泄物を足の裏から出している為、粘着弾による拘束を無効化出来るのだ。
アックスをブレードで受け止める。激しい衝撃が錬を襲った。重量級と軽量級ではパワー負けしてしまう。ギリギリと上から押し込まれていく。
『錬、僕のことはもう良いからっ! このままだと二人ともやられちゃうよ!』
「それは無理だ。ここで大助を見殺しにしたら、どっちにしろ俺達に勝ち目はない。……大助、試合前に絶対勝つって約束したよな? まだ諦めるのは早いんじゃないか?」
錬は笑顔を見せるが、その笑顔は引きつっていた。口では粋がっているが、今の状況はかなりまずいと分かっている。分かっているからこそ、錬は大助に笑って見せた。
『……錬』
大助は何かを決意した表情を見せた。錬が諦めていないのに、先に自分が諦める訳にはいかない。大助の瞳には覚悟の炎が灯った。その炎は絶望の闇を明るく照らし一筋の希望を見いだした。
「ぐあああぁぁぁ」
錬の機体が全力でアックスを受け止めていたため、ボディが隙だらけになっていた。そこをグロリアスの蹴りが容赦なく襲った。重量の軽い錬の機体は、軽々と吹き飛ばされ、ビルの壁に衝突した。
「大助! 逃げろ!」
『大丈夫。僕は逃げないよ』
芋虫のようになってい動けないでいるスカイフレアだが、大助の顔からは諦めの表情はまったくなかった。
グロリアスは、大助にターゲットを変更した。
「大助、……なにを?」
大助の機体にアックスが襲い掛かる瞬間、錬は問う。しかし、その問いの答えは爆炎に飲まれた。
錬からは大助の機体が爆発したように見えた。錬の元にも激しい炎が流れてくる。しかし、大助の機体が爆発したのではなかった。
粘着液で動けなくなった大助は、その場で焼夷爆雷を放ったのだ。
炎は自分も相手も巻き込み、一瞬にして辺りは炎の海に変容する。
そして、その炎は大助の動きを封じていた粘着液を燃やし尽くした。
炎に包まれながらも、動けるようになった大助は、グロリアスの懐に潜り込み、パイルバンカーをボディに決めていた。
パイルバンカーの攻撃は重量二脚の厚い装甲を突き破り致命傷を与えた。
月陽の操るグロリアスは振り上げたアックスを手から落とし、項垂れて沈黙した。
『錬、やったよ! 倒したよ!』
笑顔で大助は通信してくる。
「ああ、良くやった」
大助の逆転勝利に錬は嬉しくて、つい涙目になってしまった。
スカイフレアは炎に焼かれて、外装が真っ黒に焦げている。
『よし、あとはタンクだけだね。……えっ?』
大助がグロリアスから少し離れた。その時、上空からミサイルの雨が降り注いだ。
それは暴力の雨。コンクリートをえぐり、爆音と爆炎をまき散らし地上に破壊をもたらした。一瞬にして大助の機体は破壊され、グロリアスを倒したパイルバンカーを装着した腕が、錬の元に転がってきた。
「……大助っ!」
錬は一瞬だけ呆然とし、そして大助の名前を叫んだ。
『……あはは、油断しちまった。僕は大丈夫だから後は任せたよ錬』
スカイフレアは大破していたが、大助は無事だった。
ASのコクピットは、どんな兵器でも壊されないように設計されている。そもそもASとは、核兵器に対する移動型シェルターとして開発が始まっている。
数十年前、東アジアの大国が崩壊し、一部の核弾頭が消失する。その後、どこかのテロ組織に核爆弾が流れたという噂が広まり日本中を震撼させた。日本は核抑止力を持っておらず、核の脅威にさらされることになった。
日本は核兵器を持とうとしたが、日本にかつて核爆弾を落とした大国が報復を恐れて、日本に核を持たせることを拒否した。表面上は自分達が日本を守ると言っていたが、日本に核兵器を持たせないことが、その国の利益だからということを、日本人の誰もが気付いていた。
日本は専守防衛を無理矢理に強いられ、各地に核シェルターの配備を進めることになる。『一家に一台核シェルター』のスローガンを掲げるが、その後、問題点が浮上する。
それは実際に核攻撃を受けた場合、2,3日で救援に向かうことは困難だということ。核シェルターで一時的に助かっても、その後備蓄していた食料がなくなり、結果的に助からないという問題だ。
この問題を解決する方法として、移動型の核シェルターが提案された。移動型核シェルターで、自ら安全な場所まで避難すれば良いということだ。
そして生まれたのが最初の移動型核シェルター「ムーブシェルター」だ。
そこから色々と開発が進み、その間に名称が色々と変化して、現在の「アサルトシェル」で安定化したという歴史を持つ。
「ああ、任せとけ」
錬は頷くと、ブースターを一気に吹かせて、横に飛び退いた。
直後、ミサイルの雨が錬のいた場所を襲った。
上空にはUAVがふわふわと浮いているのが見える。
ほのかのタンクがUAVで視界を確保し、垂直ミサイルを放ってきているのだ。
垂直ミサイルとは一度、真上に飛んだのちに、ターゲットの方に向かう軌道を取るミサイルのことを言う。
ビルの立ち並ぶ視界の悪い市街地では、垂直ミサイルはかなり有効だ。それに視界確保のUAVが組み合わされば、自分はビルの影に隠れつつ、一方的に攻撃出来る。
タンクが攻撃をしかけてくるということは、すでに瓦礫から脱出していることを意味していた。
「……とか、いっちゃったけど、俺に勝ち目はあるのか?」
そう言いつつ、錬はUAVをライフルで撃ち落とした。
『タンクと軽量二脚の一騎打ちで、軽量二脚が勝つ確率は約20パーセントです』
ハクアがデータを冷静に読み上げてくれた。
「ま、普通にやったら負けるよな。軽量級は基本的に単機じゃ最弱だし。だけど、このホワイト・レイヴンにはまだ奥の手が残ってるんだよ。……大助の為にも負けられない」
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