第2話 あいさつをしよう
錬の機体はビルを落下していた。途中で壁面を蹴り、敵ASに接近する。
機体の背中に装着していたライフルとレーザーブレードを右手と左手に装着する。
敵ASは盾を構えながらマシンガンを発射してくる。
錬は機動をジグザグに取り、なおかつビルを使った三角飛びで相手の頭上を取った。そこからライフルで背中に背負っていたミサイルパックを打ち抜き誘爆させる。
爆発の衝撃でスタンしている敵ASの後ろから急速接近し、首をレーザーブレードで切り離した。
オートパイロットシステム自体はボディ部にあるが、頭を跳ねられたためレーダー情報などが遮断され、敵ASは沈黙した。
『左脚部に被弾しました。動作に異常はありませんが、BBRシステムの使用を推奨します』
マシンガンの弾を受けて、ホワイト・レイヴンの装甲が削れていた。
ホワイト・レイヴンは軽量二脚に属する為、装甲はかなり薄い。今は異常がなくてものちのち影響を及ぼす可能性は十分あった。
「周囲に敵影無し。一応、回復しておこう」
機体の左脚部から四本のへびのようなケーブルが飛び出し、敵ASに噛みついた。
BBRシステムの正式名称はブラックブラッドリペアシステム。簡単に言えば、機体の自己修復機能だ。
ホワイト・レイヴンは人間のDNAと同じように、各部位ごとに設計図が組み込まれており、それを元に自動で修復することが出来る。
BBRの動作は人間で言うところの〝食べる〟と同じだった。
ケーブルの先を高温にして、相手の装甲や部品を溶かし、黒い血液として内部に取り込み、修復する。
左脚部の被弾した部分が、みるみる修復され元通りに戻った。
そして食べ過ぎてしまった場合は、これもまた人間と同様に〝排泄〟する。しかし人間とは違いホワイト・レイヴンは足の裏から排泄する。
排泄するタイミングは基本的に戦闘中である。
通常移動中に排泄した場合、追撃の手がかりになるリスクが高い。待機中の場合も同様に敵に潜伏場所を特定されてしまう。
となれば排泄のタイミングは戦闘中しかない。戦闘中ならば、すでに敵に発見されているので排泄物がその場所で見つかっても問題ない。それに辺りには薬莢が散乱しているので、そこにいたことを隠蔽することは不可能であり無意味だ。
なぜ足の裏からの排泄なのか。それは粘着トラップや沼地などで足を取られないようにするために、簡易的な足場や靴の役割を持たせ、ホワイト・レイヴンの武器の一つでもある機動力を損なわない為の仕組みになっている。
『白い鴉が死骸を食べている。朝から嫌なものを見たわ、最低』
錬の画面に蔑む瞳を向ける少女の顔が表示された。
少女の名前は
雪乃は白い肌に漆黒の長い黒髪、そして意志の強そうな瞳をしていた。
「神無城おはよう」
雪乃の態度を気にした様子もなく錬はさわやかに挨拶をした。
『……おはよう』
しぶしぶと言った様子で雪乃が挨拶を返した。
錬の機体上空を黒い戦闘機が通りすぎていく。
雪乃の乗るブラック・スワンだ。
ブラック・スワンは世界初の可変機能を持つASで、飛行形態と人型形態の二つの形態をもつ。
ASは地上戦を想定した作りで空を長時間飛ぶことは出来ない。
空中戦をやるならば、ASではなく最初から戦闘機を作った方が効率が良いのが定説だ。しかし、ブラック・スワンの機体コンセプトは究極の移動汎用性を目指すことにあるので、あえて飛行形態を採用した。飛行形態時のジェット部分はスクリューにも可変をするので、潜水も出来る。
つまりブラック・スワンは陸海空の全てを移動出来る。
錬のホワイト・レイヴンと雪乃のブラック・スワンはMOE社の兄弟機である。
MOE社の正式名称は、モラトリアム・オブ・エンジニアリング・コーポレーション。
神無城重工の新AS開発部門を独立させたのがMOE社になる。
そして神無城雪乃はMOE社、社長の孫娘だった。
ブラック・スワンの機体コンセプトが究極の移動汎用性だとすると、ホワイト・レイヴンの機体コンセプトは、究極の武装汎用性だった。
ホワイト・レイヴンには、各部位ごとに二本以上のハッキングワイヤーが仕込まれている。
ハッキングワイヤーは自在に動かせる触手のようなもので、それを使って倒した敵ASの装甲をはぎ取り、自分に装着することが可能である。
通常時は軽量級だが、敵の装甲を追加して重量級にすることも可能。戦場に最適化した武装を選択することで、戦闘を有利に運ぶことができる。
「なあ、神無城。学校まで運んでくれないか?」
錬は雪乃にダメもとでお願いをする。ホワイト・レイヴンとブラック・スワンは兄弟機なので、機体をジョイントさせて運搬するのに、かなり適している。
そもそもブラック・スワンはホワイト・レイヴンの運搬機として作られたのだが、一度も運搬したことが無い。
『嫌よ。あり得ない。なんで私があんたと密着しなくちゃならないの? 私の機体が汚れる』
雪乃は自分の名前に雪の文字が入っているのもあり、自分が白い機体に乗りたいと思っている。しかし、現実は黒い機体に乗っているため錬のことを良く思っていないのだ。
「そっか、残念。じゃあ、また今度頼むわ」
断られることは予測済みだったので、錬はあっさりと引き下がる。
『…………。周辺の敵をマッピングしたから、データを送るわ』
雪乃はMOE社から、二人で協力するよう言われているので、本当は錬を運ぶべきなのだ。しかし、感情が許さない。若干の罪悪感を覚えた雪乃は上空から敵ASをサーチして、そのデータを錬に送った。
「おお、さんきゅ。助かる」
錬の地図上に敵ASの場所がマーキングされた。これで不要な戦闘を避けることが出来て、時間短縮ができる。
『別にあんただけにデータをあげたんじゃないんだから。みんなにもデータを送るんだから勘違いしないでよね』
雪乃は顔を赤くして、全力で忠告してくる。
「え? ああ、みんなにもデータを送るのは良い案だな。きっと喜ぶよ」
『クラスメイトなんだから、協力するのは当たり前でしょ』
「……なら、俺を運んでくれても良いのに」
錬がぼそりと呟く。
『何か言った?』
ギロリと雪乃が睨み付ける。
「いや、何も言ってないよ。じゃあ、学校でまた会おう」
錬は手をパタパタと振って慌てている。
『あんた日直なんだから、遅刻しないでよね』
「大丈夫だよ。神無城からもらったデータがあるから、きっと遅刻せずに済む」
『そ、そう。それなら別に良いのよ。……通信終了』
雪乃の顔が画面から消えて、通信が終了された。錬はふぅと息を漏らし緊張から解放された。
「なあ、ハクア」
『はい、レン様。なんでしょう?』
「俺って神無城から嫌われてるのかな?」
『…………。人間は嫌悪感を持つ対象には回避傾向があります。反対に好意を持つ対象には接触傾向があります。先程の通信はユキノ様からの接触でした。ユキノ様はレン様に好意を持たれていると推測されます』
「ホントかよ? なんか、言葉がすごくトゲトゲしいんだけどなぁ」
錬はハクアの回答が腑に落ちない様子だった。
『なあ、ユキノ』
コクピット画面に短髪黒髪で碧眼の少年が表示され、雪乃になれなれしく話しかけた。
黒髪の少年はブラック・スワンのオペレーターAI『クロノ』だ。見た目は男子のようだが、性別設定では女ということになっている。
ホワイト・レイヴンもブラック・スワンも両方が女性のオペレーターなのには理由がある。
まず一つ、女性の声の方が男性の声よりも聞き取りやすい。オペレーターの役目は情報を音声でパイロットへ正確に伝えるのが仕事なので、聞き取りやすいというのはとても重要な要素になる。
そして二つ目、男性は女性の声を聞くと士気が上がる。異性に対して自分をアピールすることは本能に刻まれているので、自然と力を発揮することができる。
だからと言って、女性パイロットに男性オペレーターが良いかというとそれは違う。女性は自分を弱い存在だということを異性にアピールしてしまうので、逆に士気が下がってしまうことになる。
男性パイロット、女性パイロットのどちらだとしても、女性オペレーターの方が最適なのだ。
「なに? クロノ」
雪乃は素っ気なく答える。
『レンと一緒に登校しなくて良いのかよ? 上から協力しろって言われてんだろ?』
「うるさいわね、そんなの分かってるわよ」
『いやいや、分かってねぇだろ? 言葉と行動が一致してないぜ?』
「…………」
クロノに指摘されなくても、矛盾してると雪乃は分かっていた。しかし錬と話をすると、協力意識よりも対抗意識の方が強くなり、うまく話せなくなってしまうのだ。
「別に、登校ぐらいで協力してあげる必要はないわ。一人で登校出来ないようじゃ、私のパートナーとして失格よ」
『ほう、言うねぇ。でも、その通りだな。ユキノのパートナーに弱い奴は必要ないぜ』
「そうよ」
雪乃は自分に言い聞かせるように力強く頷いた。
『おっと、真下の奴にロックオンされた。くるぞユキノ』
画面にロックオン警告が赤く表示される。
「分かってるわ」
飛行形態で飛ぶブラック・スワンの後を高速で敵ミサイルが追尾してくる。ミサイルの方が速度が速いので振り切ることは不可能。だんだんとミサイルとの距離が迫る。
直撃する寸前で雪乃は速度を落とし機体を九十度傾けて、ミサイルをやり過ごした。ミサイルは目標を見失い明後日の方向に飛んで行く。
『ナイス回避!』
クロノが画面の中で飛び跳ねている。
「当たり前よ! さて、どいつが私にケンカを売ったのかしら? ケンカを売ったこと後悔させてあげるわ!」
雪乃の機体は急旋回して、ミサイルを放ってきた敵ASに機首を向けた。
ビルの屋上にいる敵ASに猛スピードでブラック・スワンは突進する。
敵ASがライフルを撃ってくるが、ブラック・スワンにはヒットしない。
そのままブラック・スワンは敵ASの脇を通り過ぎて行く。すると、敵ASは胴体と脚が真っ二つに切り離された。
すれ違いざまにブラック・スワンの翼にあるレーザーブレードで切り裂いたのだ。
『お見事!』
クロノがパチパチと拍手をしている。
「当然よ」
言葉は素っ気ないが、雪乃は満足げな表情をしていた。
『だけど、随分、強引じゃなかったか?』
もし敵のライフルが当たっていれば、機体はバランスを崩し、ビルにぶつかっていた可能性がある。普通に人型に可変して戦えばまず負けることはない。成功したから良いものの危険な行為をした雪乃にクロノは疑問を提示した。
「……そうね。少し強引だった。次はもっとスマートに戦うわ」
クロノの指摘に雪乃は全面的に肯定した。
雪乃は自分が冷静ではなかったことを自覚し、心の中で自分を戒めた。
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