阿吽の呼吸なんて本当は存在しない
2台のそれは、沖縄でよく見かけるシーサーのように、あるいは神社の入口に鎮座している狛犬のように、生徒会室前の廊下に置かれていた。
左にあるのは天の川をバックに織姫が空を飛んでいる可愛らしいイラストが描かれているガチャガチャの機械で、右にあるは彦星のキャラクタが描かれているガチャガチャの機械。
どちらも今回の七夕イベントのために生徒会長である姉が玩具会社の息子である副会長の沢渡先輩に製作を依頼した特製マシーンだ。
とくにどちらが女子用、男子用という区別はしていないのだそうだ。しかしこの場合、大抵の女子は織姫側、男子は彦星側のガチャを引く。
これがいわゆる
「ショタ君、ガチャ引きに行きましょー!」
「あ、うん」
「テンション
「あげあげって……」
花梨さんだって決して陽キャラではない。場の空気を読めないので思い立ったら即行動。周囲の状況にお構いなしに、一人突っ込んでいく猪突猛進型の性格だ。
そんなボクらが絡むとなると、どうしてもボクの方が振り回されてしまう。
「今日は生徒会室に呼ばれていないんだからさ、どうせならガチャを回すのは明日にしない?」
「だから今日がいいのよ! その後で自習室へ行って勉強できるでしょ?」
「あ……」
「それに……今日じゃないと駄目なの。ヘンな邪魔が入らない今日がベストなはずなのよ……」
花梨さんは最後につぶやくように言った。
――で、現在。
「じゃ、じゃあ早速……」と微かに震えた声で言いながら、花梨さんは生徒会室の入口の右側へ歩いて行く。
その先に鎮座するのは、彦星のイラストが描かれたガチャガチャの機械だ。
「ちょと待って、花梨さん。そっちは男子用だよね?」
「えっ、何で? 彦星を引くガチャだから、こっちが女子用でしょう?」
「そ、ん、な、馬鹿な……」
ボクはその場で膝をついた。
はたと気付いた。
言われてみれば、そういう考え方もあるのか。
阿吽の呼吸なんてうそぶいていたボクの方が間違っていたのかもしれない。
「で、でもさ……カプセルの中に入っているのはロッカーの番号と暗証番号なわけだから、彦星のガチャは男子向きなんだと……ボクは思うんだよね」
「それって、ショタ君の感想ですよね?」
「あうっ」
ここで小学生流行語ランキング1位の、あのセリフの言い回しを持ち出してくるなんてずるい。
「ま、カリンはどっちを回しても構わないのよ。ショタ君がこっちを回したいならカリンはそっちを回すだけ。ただそれだけのことよ?」
ボクに彦星ガチャを譲るように、自分はスタスタと織姫ガチャの前へ移動してしゃがみ込んだ。
なんか今日の花梨さんはカッコ良すぎる!
ボクも彦星ガチャの前でしゃがみ込んで、星形の凹みに星形コインをはめた。
ふと気付くとダイヤルをつまんだボクの指先は震えていた。
「えっと……なんか緊張するね?」
「そ、そう? カリンはぜ~んぜん大丈夫だけど? こ、こんなのただのガチャガチャじゃないの」
そのセリフ内容とは裏腹に、花梨さんの声は上擦り、表情は真剣そのものだった。
ただガチャを回すだけというのに、なぜボクらはこうも緊張してしまっているのだろうか。
「じゃ、じゃあ、回すよ?」
「あ、ちょっと待って!」
すーっ、はーっと深呼吸を始める花梨さん。ボクもつられて深呼吸を始めてしまう。
生徒会室の前にしゃがみこみ、息を合わせて深呼吸する男子生徒と女子生徒。通行人から向けられる視線を背中で感じて、男子生徒は先ほどから冷や汗が止まらない。まあ、こうして現実逃避しても何も始まらないんだけれど。
「じゃ、回すよ」
「うん!」
そこからはそれぞれのタイミングでレバーを回すと、双方から同時にゴトゴトと音がして、同時にカプセルを手に取った。
ボクたちはいろんな面で行動も、そしてその結果までシンクロすることが多いという事実。
そのことは花梨さんも気付いている。だからこそ、こうして二人が同時にガチャを引ける今日を選んだに違いない。
生徒会執行部の活動がある明日だと、こうはいかなかったかも知れない。
花梨さんはピンク色のカプセルを開け、四つ折りの紙を広げて食い入るように見つめながら言う。
「カリンの番号は――」
「ちょっと待ったァァァー!!」
その時、生徒会室のドアが勢いよく開き、姉が飛び出してきたんだ。
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