身体の傷はすぐに治らない

 前回のあらすじ――


 花梨さんがボクの家へ来て、姉と玄関先で会話をしているときに花梨さんのばあやさんがお迎えに来て、そして喜多が包帯ぐるぐる巻きの姿になったとさ――


 はい。よく分かりませんね。

 でも本当にそんなとんでもない出来事があった日の翌日。


 昼休みになって、ボクと花梨さんはいつものように席を向かい合わせで弁当を広げようとしていたところへ、とある男子が話しかけてきた。

 生徒会企画の七夕イベントを『ただの文通じゃね?』と難癖をつけてきた三人組だ。


「よう夢見沢! 俺たちも七夕イベントに参加していいかな?」

「あの生徒会長も参加するんだろ?」

「お前の姉ちゃん、すげー美人だもんなー!」


 ボクの肩にポンと手を置いて、ニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。ボクは少しムッときたけれど、ここはそんな感情を抑えて笑顔で応じるべき場面だよね?


「うん、もちろん――」

「お生憎様だけど、あんた達に渡すコインはないから! しっしっ、」

「――ええっ!?」


 花梨さんはそんな渾身の営業スマイルを完全否定するように、犬を追っ払うような仕草で彼らに手を振っている。

 なにこれ。心のモヤモヤが一瞬にして晴れたぞ!


「え、マジかよ?」

「お前にそんなことを言う権利があるのかよ!」

「生徒会主催のイベントなら、生徒は誰でも参加する権利はあるはずだ!」


 それでも三人組は食い下がった。

 すると花梨さんは「はあーっ」と心底気だるそうにため息をつく。


「権利権利って騒ぐ人ほど、他人の権利には無頓着なのよねー。あんた達のせいで危うくかいちょーの織姫姿が幻と化すところだったのよ? それは万死に値する行為よ! もし七夕イベントが中止なんてことになったら、カリンは宇宙の果てまでもあんた達を追って、始末をつけてやるところだったんだからね!」


 そう言ってダーンと机を叩いた花梨さんの怒りは、もう宇宙規模だった。

 でも、ボクらはあくまでも生徒会活動の協力者という立場でしかないので、確かに彼らの主張は正論だ。ボクらはイベントへの参加を拒否する立場ではない。


「まあまあそんなに怒らないでよ花梨さん。この人達は自分の考えを改め、こうして頭を下げてきたんだから、許してあげてもいいんじゃないかな?」

「頭、下げた!?」

「あっ……」


 そういえば頭は下げていなかったかな?

 花梨さんをみると、半眼の目を三人組に向けていた。

 三人組は互いに顔を見合わせ、それから慌てたように頭をペコリと下げた。


 


「サンキュー夢見沢! じゃ、またあとでなー!」


 三人組はボクから星形のコインを受け取とると、笑顔で手を振りながら教室を出て行った。 

 ボクも満面の営業スマイルで手を振り返す。


「これでF組のイベント参加者が過半数を越えたよ」

「ううーっ、そうかも知れないけどー。なんかムカつくのよねー!」


 そう言いながら、花梨さんはエビフライにかぶりついた。

 ボクも卵焼きを口に入れる。喜多の作る卵焼きは甘くてふわふわした食感がたまらない。わずかに残っていた心のささくれが、春の淡雪のように消えていくのを感じた。

 そこでチラッと花梨さんの様子を見る。

 もぐもぐ口を動かして、それからイチゴ牛乳をちうーっと吸っている花梨さんの様子はいつもと変わらない。

 でも、昨夜ボクが見た、無表情な彼女の顔が未だに脳裏にこびりついている。


「あのさ……あれから、大丈夫だった?」

「ああ、昨日のこと? 大丈夫よ。ばあやは大した怪我じゃなかったみたいよ」

「あ、ばあやさんの怪我……」

「え、違うの? ショタ君は、ばあやの怪我を心配してくれたんじゃないの?」


 不思議そうに首を傾げる。


「ああ、違う違う。ばあやさんのことも心配していたけれど、それよりもボクは花梨さんがおじい様に叱られなかったかどうかが気になって……」

「あ……おじいさま……のこと?」


 一瞬にして、花梨さんの瞳から色が消えた。でも、すぐに元に戻った。


「それはショタ君が気にするべきことじゃないんだよ。そんなことよりも……」


 そんなこと。花梨さんはボクの心配をそんなこと呼ばわりして話題を切り替えた。


「ふっふーっ、ばあやの特製塗り薬はねえ、伊賀忍者秘伝の良く効くクスリなんだって。擦り傷はもちろんのこと、刀で斬られた傷もあっという間に痛みが消える優れものなんだってさー」

「へー。それはすごいね……あれ? 痛みが消えるだけで治るわけではないんだね……」

「当たり前じゃない。深い傷が一瞬にして治るなんてことがあったら、世界は今よりもずっと平和になっているわよ」

「そうか……」


 花梨さんの洞察力は世界平和にまで及んだらしい。

 それにしても、深い傷が一瞬に治るクスリがあったとしたらそれは魔法だ。そしてそんな物が本当にあったら、世界は今よりも混沌としているような気もする。


 傷は簡単には癒やせないから、人間は他者を気遣うことができるんだ。


「と、ところでショタ君は本当に一人でイベントのガチャを回す気なのかな? どこの誰かも分からない女子と仲良く文通することに抵抗を感じないのかな?」

「ぶ、文通って……」


 危うく口に含んだオレンジジュースを吹くところだった。


「ボクらがあの三人組にそう言われて、心に傷を負うような嫌な思いをした経験はどこに行った!?」

「カリンは過去を振り返らない」

「いや、格好良いけど、きみはめちゃくちゃ過去のことを気にするタイプだよね?」


 もう何が言いたいのか分からない。そんなボクの戸惑う姿をみて、花梨さんはクスクスと笑っている。

 えっ、ボク、彼女にからかわれている?


「あーあ、ショタ君と話していると楽しいなー。うん。やっぱり楽しい!」

「そ、それはどうも。ボクも楽しいですよ」


 なぜか敬語になってしまった。


「親友っていいものよね。ショタ君が初めての親友でよかったよ」

「こ、こちらこそ……花梨さんの親友になれて……毎日が楽しい……です」


 もう何の話をしていたかも分からなくなってきた。


「そうであるならばショタ君……カリンを誘いなさいよ! 僕と一緒にガチャを回そうって誘いなさいよ! カリン、ずっと待っていたんだからーっ!」


「あっ」


 放課後、ボクらはそれぞれの星形コインを握りしめ、生徒会室へと向かった。


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