立ち話はまだ終わらない
「ただい……まっ!?」
玄関のドアを開けると、姉と喜多が三つ指をついて出迎えていた。
「お帰りなさい、
「お帰りなさい、祥太さま」
もちろんそんなことは日常茶飯事であり、今さら動揺するようなボクではない。ボクを驚かせたのは二人の格好である。
姉は薄いピンク色の着物にふわふわしたレース生地を羽織っていて、金色の冠から羽衣をイメージしたワイヤー入りのふわふわが背中にかけてついている。
喜多は薄い水色のコスチュムにふわふわしたレース生地を羽織っていて、ふわふわしたレースのマフラーを羽衣のように首から掛けている。
「ふ、二人ともどうしてそんな格好をしているの!?」
「どうしてって? そんなこと決まっているわ。七夕イベントの準備をしているのよ?」
「わたくしはサイズ合わせをなさっているお嬢様に対抗して、こちらの衣装を着てみたのです。いかがですか祥太さま? わたくしのこの姿をご覧になって少し興奮なさっているのではありませんか?」
喜多はレースのふわふわを指でユラユラと動かして見せている。喜多が着ている衣装は少し大人の雰囲気というか、上から羽織ったふわふわを外すとぽっかりと胸元が空いている。
「うふふ……天の川をはさんで別々に暮らしている二人が、年に一度だけ許された
「ちょっと待ちなさいよ! あなた一人でなに暴走してるの? 今日はまだ6月だからーっ!」
ボクに向かってぐいぐい迫ってこようとしていた喜多を、グイッと後ろに下げて、今度は姉が前に出てくる。
「あのね
「あ、そうなんだ……」
「それなのに、喜多が……」
「そうですね。わたくしとしたことが、少々言葉が足りませんでした。申し訳ございませんお嬢様……。さあ、祥太さま、わたくしとお嬢様のどちらをお選びになりますか? さあ、さあ、どちらを――」
「だーかーらっ、どうしてそうなるのー!? もう、喜多がその気なら今すぐ決着を付けるわ! 今日こそ引導を渡してやるんだからーっ」
「さあさあ祥太さま、どちらをお選びになりますか?」
「もちろんお姉ちゃんよね!?」
二人がぐいぐい迫ってくる。
どうしてこうなったかは分からないけれど、これはどちらを選んでも大変なことになりそうな予感がする。
そう、これは名探偵の息子としての勘だ。
「か、かいちょー素敵です!! すっごく素敵です!!」
突然背後から花梨さんの声がかかって、その場で飛び上がるほどに驚いてしまった。
「は!? どうして鮫島さんがここに!?」
姉が驚くのは当然だとして、ボクまで驚いてどうするっていう話だよね。
何しろ、花梨さんを連れてきたのはボク自身なんだから。
「えっと……カリンはかいちょーにいっぱい話したいことがあったのに、かいちょーは先に帰っちゃっていて……。でもどうしても今日のことを報告したくて……ショタ君について来ちゃいました! えへっ」
花梨さんのヒマワリのような笑顔。
「そう……。よく来たわね鮫島さん」
姉は花梨さんの頭にポンと手を置いて、頭をなでなでする。
花梨さんは猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす――ように見えた。本当に喉を鳴らせたとしたら化け猫だ。
「家に上がる? お茶でも入れましょうか?」
「あ、いえ。今日は立ち話で大丈夫なんで。一応カリンがここに寄ることはばあやに知らせているけど、門限の8時を過ぎちゃうと家に入れてもらえなくなるんですよ」
そう花梨さんが言うと、姉の後ろで聞いていた喜多がピクリと反応した。
「わたくしは夕食の準備の途中です故に、これにて失礼!」
ペコリと頭を下げてから、羽衣をふわりふわりとなびかせ、音を立てない足取りで奥へ行ってしまった。
「ねえショタ君……あの家政婦大丈夫なの? すっごく変な人だよね?」
「あはは、そう見えるかもしれないけれど、喜多さんはとても頼りになる家政婦さんなんだよ?」
ボクは笑い飛ばしたけれど、花梨さんは首を傾げたままで納得していないようだった。
それからしばらくの間、花梨さんは今日の
姉はうんうんと頷きながら聞き、ときどき「偉いわぁー」と頭を撫でる。すると花梨さんは更にテンションを上げていく。
そんな二人のやり取りを見ていると、ボクはとても幸せな気分に包まれていく。
ただ、先ほどから上の方から足音のような音が聞こえたり、パンと何かが破裂したような乾いた音や、金属がこすれ合う音が響いているのが気になっている。
ご近所さんが大音量で映画を見ているのかな?
10分ほど経ったころ、花梨さんの話がようやく一段落付きそうになってきた。
「邪魔だ、そこを退け」
「うわっ」
突然背後からしわがれた低い声が聞こえて来て、ボクはその場で飛び跳ねてしまった。
振り向くと、低身長のボクから見ても更に背の低い、ほっかむりを被ったお婆さんが立っていたんだ。
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