会話は微妙にかみ合わない

 全員が見守る中、開票作業が行われている。 

 女子学級委員長の高原さんが『賛成』『反対』を読み上げ、男子学級委員長が黒板に正の字を書いていく。

 ときどき高原さんの手は止まり、何も言葉を発することなく用紙だけが積まれていく。きっとそのことに気付いたのはボクだけではないはずだ。

 なにはともあれ、開票作業は粛々とした雰囲気の中、最後の一枚にさしかかった。


「…………」


 最後の一枚も読み上げられることなく、開票済みの山に積まれていった。


「開票の結果、賛成16人、反対2人。よって私たち1年F組は生徒会企画の七夕イベントに賛成することに決定しました!」


 高原さんの発表を受けて女子を中心としたグループからパチパチと拍手が起こった。

 それまで開票作業を二人に任せっきりにしていた先生は、発表を聞いた瞬間にずるっと背中を滑らせた。


「えっ、ちょっと待ちなさい! ここには37人の生徒がいるはずよ? 賛成票が16、反対票が2って……全然数が合わないじゃない?」

「無効票が19枚ありましたから……」

「む、無効票!? 19枚も無効票だったの!?」

「はい。投票用紙には賛成か反対のどちらかを書くことになっていました。なので、それ以外のことが書かれているものは、一般の選挙に準じて無効と判断しました」

「あなたねえ……」


 淡々と説明する高原さんとは対照的に、先生はとても険しい顔で彼女を睨み付けている。


「いけませんでしたか?」

「無効票の中身にもよるわ。それ、見せなさい」

「先生は私たちに開票作業を任せるとおっしゃいました。それなのに先生は最後まで私たちを信じてくださらないのですか?」

「……あなた身のほどをわきまえた方がいいんじゃなくて?」

「…………」


 いつも先生に従順なイメージの高原さんだけれど、今日はなぜか先生に対して強気だ。

 高原さんは投票用紙の束をギュッと握りしめ、先生をじっと見つめている。

 二人はそのまま動かない。

 二人の間に立つ男子学級委員長も動けない。

 

 教室内の空気がピーンと張り詰めた。


 その数分後、先に目を逸らしたのは先生の方だった。


「ああ、まさかここまでお馬鹿な子がそろっているとは思っていなかったわ。もう良いわ! 早く終わりにしましょう!」


 先生の声を聞いた高原さんは一瞬、ホッとした表情を見せ、それから前の方にある自分の席に戻るときにこちらにチラッと視線を送ってきた。

 それがどういう意味かは分からないけれど。


 こうして波乱のSHRショートホームルームは幕を下ろした。


「ふへへへへ……」


 花梨さんは口では笑っているけれど、目は笑っていなかった。

 賛成を勝ち取ったとはいえ、先輩たちに全員の賛成票を勝ち取ってみせると大きなことを言ってしまった手前、素直には喜べないらしい。


「俺たち、イベントに参加しようと思うんだけど……」

「そのコイン、もらって良いか?」

「俺も参加する」

「私もいいかな?」


 次々に参加の申し込みをしてくれる人が来て、嬉しそうにコインを受け取ってくれた。

 花梨さんの表情がぱあっと明るくなり、参加者名簿に名前を書いていく。


「うーん、良かったねえショタ君! 初日で12人も集まったよー!」


 申込者が途切れて、万歳をするようにノビをしながら花梨さんが嬉しそうに言った。

 賛成をしたとしても実際に参加するのは5人程度というボクらの予測は、見事に外れたのだ。

 ボクも嬉しい。


「あれ? コインが足りなくない?」

「えっ」


 数えてみると手元に残っているコインは7枚。

 花梨さんが持っていたコインは15枚だから……


「あ、本当だ。もしかして、名簿の記入漏れとか」

「カリンはそんなミスしないから! ちゃんと受け取った人の名前は一人残らす書いたから!」

「そっか……」

 

 きっと花梨さんがコインをばらまいたときに、どこかの隙間に入ってしまったんだろう。

 

「う~ん」

「何よ! まだカリンを疑っているの?」

「いや……」


 花梨さんのその自信が、一体どこから沸いてくるのかに興味ある、なんて言ったら怒られるよね?

 ボクは口を手で覆って、お口のチャックを閉じた。


 花梨さんはぷくっと不満そうな顔で、ボクをのぞき込んでこようとする。でも、ボクの背後で何かを見つけて、さっと身構えた。


「あの……」


 カール髪の女子が近づいてきたのだ。


「えっと……さっきはなんかごめんね? わたしがあんな軽はずみなこと言ったせいで、なんか大事になっちゃったよね?」

「えっ?」


 指に髪をくるくる巻き付けながら、恥ずかしそうに言ってきた。

 思い当たることというば、ガチャガチャを引いたらボクとペアになれるのか? と訊かれたことぐらいだから、きっとそのことを言っているんだろうけど……


 いったい彼女は何を謝っているんだ???


「えっと……わたし、これから鮫島さんのこと応援することに決めたから!」

「ふぁ?」


 今度は花梨さんが変な声を上げた。


「頑張ってね鮫島さん! 応援してるよ!」

「あ、ありがと……」


 何かを応援された花梨さんは、明らかな生返事をした。

 手を振りながら去って行くカール髪の女子の後ろ姿を見ながら、ハッと何かに気付いたようで。


「応援ありがとー! カリン、かいちょーにいっぱい褒めてもらえるように頑張るから!」

「あ、そっち? うん、そっちもがんばって!」


 かみ合っているような、いないような、妙な空気が漂っていた。 


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