涙を見るのは初めてじゃない

 こういうとき、姉だったらもっと上手くやれるはずだ。ボクのように後先考えなしの、思いつきの宣言なんてしなくても済んだはずだ。

 いや、それ以前に姉がこの場にいたら、こんなドタバタした展開にはならず、スマートに事が済んだはず。

 でも、ここには頼れる姉はいない。これはボクが自力で乗り越えなければならない壁なんだ。


 苦しみ紛れに口から出たボクの宣言だったけれど、一定量の手応えはあったようで、『おおおおーっ』と感嘆の声を上げて拍手してくれた人もいた。

 でも先生との揉み合いが続いていた花梨さんは、そのことをまだ知らない。


 ボクが席に戻ったときには、前から投票用紙が回ってきたことに気付かないほどに、花梨さんは机に顔をつけてうなだれていた。


「花梨さん?」


 ボクが声をかけても、顔をあげる気配がない。仕方がないのでボクが席を立って2人分の用紙を受け取り、残りを後ろへ回した。


「ねえ花梨さん?」


 もう一度声を声をかけると、花梨さんはむくりと顔を上げて、後ろを振り向いた。その目からはポロポロと涙が溢れていた。


「ぐすっ……途中まではうまく頑張れたのに……ぐすっ……最後の最後でまたやっちゃったぁ~……ぐすっ」


「――――!?」


「どうして……どうしてうまくできないんだろう……ぐすっ……どうしてわたし・・・は大事な場面で……いつもいつもいつも……失敗しちゃうんだろう……ぐすっ……ねえショタ君……どうして」


 また自分のことを〝私〟と言った。


「わたしのせいで……七夕イベントが失敗しちゃったら……どうしよう……」

 

 手で拭っても拭っても、次から次へ涙が止めどなくあふれ出る。

 花梨さんの泣き顔を見るのはこれは初めてではない。でも、これは今までの彼女とはまるで何かが違う。


 そんな彼女を目の当たりにした、今のボクの感情を言葉にするならば――


 ――愛おしさ――


 同情でも、哀れみでもなく『愛おしさ』を感じている自分に気付いた。


 ボクは花梨さんの頭に手をポンと乗せて、声をかける。


「頑張ったよね。花梨さんは充分に頑張ったよ……」


 頭に置いたその手を動かして。


「ボクは花梨さんのそばでずっと見ていたから知っている。今日、花梨さんはとてもがんばったね……」


 ボクは花梨さんの頭をなでなでする。

 落ち込んだとき、姉にこうして頭をなでてもらうと、ボクはすごく心が落ち着く。花梨さんもこれで落ち着いてくれるといいな。

 

「でも、すこし頑張りすぎなんだよ。君は頭が良すぎて、一歩先でも二歩先でもなく、そのずっと先を見過ぎて、焦っているんだよね?」


 いろいろな面で似ているボクらだけど、そういう面に関してはボクらは対照的なんだ。

 ボクは何事にも行き当たりバッタリで、いつも周りの人に助けてもらってきた。

 

「だからもう焦らないで。ボクと一緒に歩いて行こうよ。だってボクたち……親友パートナーなんだから!」


 今度はボクが支えるんだ。彼女の親友として――


 言い終わってから気付いたけれど、もう花梨さんの目からは涙の痕跡しか残っていなくて、今度は真っ赤な顔であわあわと口を動かしていた。


「あの……お取り込み中ごめんなさい」


 突然声がかかり、二人して同時にビクッと飛び上がる。

 いつの間にか学級委員長が投票箱を持ってボクらの側に立っていた。


「夢見沢くんも鮫島さんも投票権を持っているんだから、ちゃんと投票してね。それからこれ返すわよ。投票の結果が出てから希望者を募ってね?」


 委員長からビニール袋に入れられた星形のコインを手渡された。

 なぜか委員長の頬はほんのりと赤く染まっている。いつもは冷たい視線を向けられることが多いけれど、今日はなぜか暖かい。


 ふと周りを見回すと、皆の視線がボクに向けられていたことに気付いた。


 あれ? ボクまた何かやっちゃった!? 


 

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