冷めたままではいられない

 その女子は緩くカールした自分の髪を指にくるくる巻きながら、どこか落ち着かない様子でチラチラとボクに視線を向けていた。


「うん。ガチャガチャを引いて、同じ番号だったらペアになるよ。その時はよろしくね?」


 ボクが笑顔で答えると、その女子の周りがワーッと盛り上がる。

 何がウケているのかはよく分からないけれど、少なくとも良い雰囲気になっているのは確かだ。


 それなのに――


「ショタ君は運営側の人なのでガチャガチャは引きませーんっ」


 ここまで奇跡的に空気を読めていたはずの花梨さんが、急にポンコツに戻ってしまった。

 

「ちょ……ちょっと待ってよ花梨さん! ボクはガチャガチャを引く気まんまんだったんだけど? だいたい花梨さんだって、ガチャガチャが楽しみ~とか昨日も言っていたじゃないか!」

「へー、ショタ君はそんなに誰かさんと仲良くなりたかったんだー、へえー」

「えっ、どうしてそうなる!?」

「それに……ショタ君はカリンが他の子と仲良くなってもいいんだー?」

「えっ……」


 よく分からないまま、花梨さんが他の男子と仲良く手をつないでいる姿を想像してみたら……なぜか胸がムカムカしてきた。

 お昼にお弁当を食べ過ぎたかな?


「運営側が参加しないってことは、あの生徒会長も参加しないってこと?」

「実はおれ、会長とペアになれるかもって、ちょっと楽しみにしていたのによ」

「何だか急にテンション下がったな〜」

「参加すんの止めようかな?」


 そんなヒソヒソ話がやがて教室中へと広がっていく。

 投票前の最後の一押しのプレゼンのはずが、完全に逆効果になってしまったようだ。

 ここに至って、ようやく花梨さんもさすがにマズイと思ったらしく、ウルウルと涙目でボクに助けを求めてきた。


「はい、丁度いいタイミングで約束の5分が経ちました」


 最悪のタイミングで、パンパンと手を叩きながら先生が近づいてくる。


「これから投票用紙を配りますよ。賛成が反対かを書いて委員長に渡してください。あら、貴方たちいつまでここにいるの? 早く自分の席に戻りなさい」


「あ、ちょ、ちょっとまって!」

「待ちませんよ? さあ、席に戻るのです!」


 先生は花梨さんの肩をぐいぐいと押して行く。


「せ、せめてあと1分だけ……」

「駄目です! しっ、しっ! ほら行った行った! もう往生際が悪い子ね!」


 花梨さんは小さな身体で抵抗しようとするけれど、一般的な成人女性の体格の先生に押されるとなすすべもなくずり下がっていく。 


「くっ――、こうなったら最後の手段だわ!」


 花梨さんがパアっと何かを天井に向かって投げた。

 それは雨上がりの窓から差し込む太陽の光でキラキラと反射する。


 これくらいの参加者は余裕で集めてみせると花梨さんが受け取っていた20枚の星形コインが、天井の照明にぶつかって四方に広がって――


「いてっ!」

「きゃ!」

「はっ!?」


 頭や身体に当たった人たちの声が交錯し、チャリーンと机や床に弾んで転がった。


「そのコインは、かいちょーが皆のために作ってくれた特注品。それをゲットした人だけがイベントに出られるのよ! さあ、拾いなさい!」


 それは花梨さんがとっさに思いついた捨て身の勧誘だった。


「みなさん拾っちゃダメですよ? 七夕イベントなんてくだらないものに参加する暇があるなら、早く家に帰って勉強するのです!」


 いつも冷凍食品ばりに冷静沈着な先生も、すっかり花梨さんのペースに乗せられているようで。

 そんな二人のやり取りを見ているボクまで感化されたのか、何か得体の知れない感情が込み上げてきた。


 ボクは足元に落ちているコインを拾い上げる。

 そして、深く息を吸い込んでから。


「七夕イベントにボクは一般人として参戦します! 姉にもぜったいにガチャガチャを引かせて参加させます。だから、ボクを信じて賛成と書いて投票してください!」


 右手を突き上げて、皆の前で宣言をしてしまったのだ。

 勢いって怖い。


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