5分では物足りない

 先生の『友情なんてものは……』のあとの言葉が気になるけれど、ボクは気を取り直して花梨さんの手をとり、


「ありがとう花梨さん! やっぱり花梨さんはボクの最高のパートナーだよ!」


 ニコリと笑いかけると、ボンっと火がついたように花梨さんの顔が真っ赤になった。

 今日の花梨さんは少し変だ。感情という名のジェットコースターにでも乗っているかのように表情がコロコロ変わる。


「ふんっ、どうやら貴方のパートナーさんはそうは思っていないようね?」


 ん!?

 先生がまた口をはさんできた。

 花梨さんはボクを親友パートナーだとは思っていないとでも言いたいのか?

 まあ、先生はボクたちが砂浜で交わした約束を知らないのだから無理もないか。

 コホンと咳払いをして、ボクは言葉を繋げる。

 

「……だから、ここは花梨さんの力を借りたいんだ。さあ、皆に七夕イベント当日の目玉を発表してよ!」


 ポンと背中を軽く叩いて合図を送ると、なぜか花梨さんは「ふえぇ!?」と変な声を上げて、前によろけてしまった。


「ううー、これさっきの仕返しのつもり? ショタ君って意外と根に持つタイプだったんだね……」


 振り向きざまによく分からないことを言ってきた。

 でも今日のボクはこんなことで首をかしげたりはしない。


 こういう大事な場面では、自分はすべてお見通しという風に堂々と振る舞えば、大抵のことは周りが勝手に良い方向に思い込んでくれるもの――と母が言っていた。


 ボクが左目でパチンとウインクすると、花梨さんの顔はボンっと火がつく勢いでまた真っ赤になった。

 くるっとボクに背を向け皆の方に向いた花梨さんは、うーっと小さくうなり声を上げてから、すーっと深く息を吸い込んだ。


「じゃあ……花梨から皆にとっておきの情報を教えるわ。これは昨日も言ったことなんだけど、7月7日の夜、校舎の屋上で七夕集会を行うわ。これは七夕イベントの参加者限定の集会よ?」


 しゃべり始めた花梨さんは、もうすっかりプレゼンモードに切り替わっている。雰囲気だけは姉の完全コピー版という感じだ。

 

「そして、ここからは新情報なんだけど……。七夕集会の一番の目玉。それはかいちょーと工藤美紀先輩の織り姫コスプレよ! あの二人が満点の星空の下で、イベント参加者全員を織り姫になって迎えてくれるのよ!」

 

 教室中が一気に色めき立つ。

 何しろ、ミス星埜守のグランプリと準グランプリがそろい踏みで織り姫衣装を身につけるというのだから。

 ちなみに工藤先輩は日本舞踊を嗜んでいるほどの純和風女子として、圧倒的多数の女子達から支持されているらしい。


「要するに、かいちょーと工藤先輩の織り姫コスプレが見たい人はゼッタイにイベントに参加して! そして参加する気がなくても、賛成票を入れてってことよ! かいちょーのコスプレを見たい人に恨まれたくなければね?」


 花梨さんはいたずらっぽい顔でニヒヒと笑った。

 

 これは完璧なプレゼンだ。

 普段から空気を読まないことで有名な花梨さんが、皆に空気を読めと言っているようなもの。

 わずか三つのセリフで、花梨さんは観衆の心を鷲掴みにしてしまったのだ。


 ボクは花梨さんの肩にポンと手を置いて交代の合図をする。

 するとまた挙動不審な反応が返ってくるけれど、今のボクには気にしている余裕はない。


「この七夕イベントは生徒会が……いえ、姉が本気で取り組んでいる企画なんです。相手を決めるためのガチャガチャも特注品だし、手紙を入れるロッカーも何日もかけて修理したんです。姉は星高の生徒全員が心から楽しいと思えるようなイベントにするために、本気で取り組んでいるんです。どうか皆さん、ご協力お願いします!」


 ボクが深々と頭を下げると、それに合わせて花梨さんもペコリと頭を下げた。


「ねえ……」


 その時、女子から声がかかった。

 それは昨日の放課後にボクが話をした女子グループの一人だった。


「そのイベントに参加したら、私が夢見沢くんとペアになれるかも知れないってこと……かな?」

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