今どき文通は流行らない

 七夕イベント――

 それは『星埜守学園~学びと遊びのワンダーランド計画』というテーマを掲げた生徒会執行部が企画するまったく新しい生徒会主催イベントである。

 七夕イベントへの参加希望者は担当者からコインを受け取り、生徒会室前にあるガチャガチャを回し、2種類の数字が書かれた紙を入手する。

 最初の数字は旧校舎にある今は使われていない下駄箱の番号。もう一つの数字はその下駄箱を開けるためのダイヤル式ロックの解除番号である。

 まだ見ぬ相手への手紙を書いた参加者は、人知れずその下駄箱の鍵を開けて、手紙交換をする。

 それ毎日繰り返すうちに、見知らぬ相手と心を通わせるというとても素敵なイベントなのである。


「それ、ただの文通じゃね?」


 とある男子のつぶやきに、ここまで意気揚々とプレゼンしていた花梨さんの動きがピタッと止まった。


「今どき文通なんかする奴がいんのか? 昭和かよ!」


 教室のあちらこちらから笑いが漏れる。


「それに誰だか分からない相手に手紙なんて書けるのか? まあ、最初は自己紹介で始めるにしても、相手が分かった時点で気まずくね?」 


「あ、個人を特定されるような内容を書くのは禁則事項なので……」


 花梨さんが答えると、どっと笑いが起きた。


「個人を特定できる内容が禁止なんだったら、手紙なんて書けないじゃん!」

「今日はいい天気ですねーっとか書くっての?」

「そんな文通の何が面白いのかな?」


 クラスのあちこちから飛んでくる否定的な言葉を浴びて、花梨さんの肩がぷるぷると震え始めた。


 いやな予感がする。


 最近の花梨さんは少しまともになってきたとはいえ、未だにクラスの中では浮いた存在であることには違いないんだ。

 そんな彼女が生徒会執行部の協力者という権力を借り、意気揚々とプレゼンを始めたものだから、皆に反発されるのは当然の反応なのだ。

 それに、大して努力もしないでF組トップという成績を取ってしまうことに妬みもあるだろう。


 これは姉のミスだ。

 花梨さんにプレゼンを任せてしまった姉の失策だ。

 何事にも完璧なはずの姉が、初めて見せた失敗だ。



 ――ああ。



 ――でも。



 ――そんな浅はかなボクの考えを、いつも姉は超えてくる。



「だーかーらー、これは『七夕イベント』って言ってるでしょ?」

 胸の前で腕を組み、花梨さんがニカッと笑った。 



 2週間の手紙交換を経て、いよいよ七夕当日の夜。

 新校舎の屋上が開放され、参加者全員が集う星見会が行われる。

 そして運命の相手の発表が――

  

「それ、出会い系サイトじゃん?」

「出会い系サイトって、男女がネット上でやりとりをして、気が合いそうな相手を探すって仕組みだろ? それをネットを使わずにやるってだけじゃん?」


 F組の中でもとくに活発な男子グループにやいのやいのと言われている。

 さすがの花梨さんも唇をかんで俯いている――と思いきや。

 パッと顔を上げて。


「目の前にあるチャンスにウダウダと難癖をつけてさ。そんなこと言ってるからアンタ達はいつまでたっても一人モンなのよ!」


 声を張り上げ、教卓をバンと叩いて睨み付ける。


「出会い系? いいじゃないの。相手は同じ学校の生徒なんだから世間で騒がれているような危険は無いわけだし、まずは挑戦してみればいいじゃない。何事もそこがスタートなのよ!」


 そして花梨さんはニヤリと笑う。 


「このイベントは彼氏彼女のいないアンタ達が楽しい学園生活を送れるように、生徒会長が粉骨砕身の想いで企画してくれたものなのよ? つまり、この企画にはかいちょーの愛が詰まっているのよ!」


 胸の前で手を合わせ、修道女が神に祈りを捧げるようなポーズをみせる花梨さん。

 かつてこれほどまでに似合わないポーズをボクはまだ見たことがない。


 それでも、男子グループからは感嘆の声が漏れた。

 結局、最後は圧倒的な人気を誇る生徒会長の看板を借りたことになるのだけれど、何とかいい雰囲気に話がまとまりかけている。



「ちょっと待ちなさい!」


 ――と思ったその矢先、星埜守先生がボクらの前に立ちはだかった。

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