それは本当の笑顔じゃない

「七夕イベントなんてふざけた企画、私聞いていないんだけれど? それ、正式に学校の承認を受けていなわよね?」

「なんで生徒の活動にいちいち学校の承認がいるわけ? 生徒かいちょーがやるって言ったんだから、やるのよ! あなたたちは黙って見てればいいのよ!」


 ビシッと先生に人差し指を向ける花梨さん。

 うわ~。この空気の読めない感じ、久しぶりに見たな~。


「それに……この企画はぜんぜんふざけてなんかいないわ! これはわたしたち生徒のためを思って、かいちょーが一生懸命に考えてくださった企画なんだから! その証拠にほら、皆の反応を見てみなさいよ! みんな真剣にやる気になっているでしょ?」


 意気揚々とクラスメートに視線を送る花梨さん。

 けれど、「えっ」と言ったっきり、花梨さんは固まってしまった。


 それもそうだろう。先ほどの〝生徒会長の愛が詰まったイベント〟というキラーワードに心を射貫かれた一部の男子を除いて、皆の反応は決して前向きにはなっていないのが現状だ。

 とくに、女子達のしらけムードが目を引く。


「う~」


 冷や汗をたらたら流しうなり声をあげる花梨さんに、ボクはグイッと腕を引っ張られた。ボクらの立ち位置はくるっと反転して、先生の目の前に引っ張り出されてしまった。


「ショタ君、何とかしなさいよ!」

「えっ!? ちょ、そんなこと言われても……あうっ!?」


 先生は赤縁の眼鏡を指でくいっと持ち上げ、鋭い視線でボクを睨みつけてくる。そして、ふうーっと深いため息を吐きながら、腰に手を当てて言う。


「あなたねぇ……少しは自分の立場をわきまえないといつか身を滅ぼすわよ? それが1ヶ月後に迫る期末テストかも知れないの。高校は小中学校とは違って、出席日数はもちろんのこと、学期末テストで『赤点』をとったら進級できないのよ?」


「あ、はい。……それは知っています」

「それが分かっているなら勉強しなさい! 校内学力テスト最下位のあなたには、生徒会の協力なんてしている余裕はないはずよ!」


「――!?」


 もしかして、先生はボクのことを心配してくれているのだろうか。以前だったら今すぐにでも退学させてやるーっていう勢いで口撃してきたのに。


 ボクの心が少し傾きかけたその時、ボクの背後で隠れていた花梨さんが動いた。


「その心配はご無用よ! なんといっても、このカリンが責任をもってショタ君の勉強を見てあげることにしたんだから!」

「ええっ!? いつの間に?」

「今、決めたの!」


 相変わらず花梨さんは気まぐれで強引だ。ボクを盾にして先生から隠れているくせに、態度はえらく大きい。


「えっと……先生、そういうことなのでテストに関しては心配はいらないみたいですよ?」


 本当に心配がいらないかどうかについては、この際だから脇に置いておこう。ここは空気を読んで、生徒会の協力者としての立場を優先させないと。


 先生は黒板にもたれかかり、額に手を当てて首を振りながら深くため息を吐いた。その様子を見ていると、ボクの心を見透かされているような気がして、なんとも落ち着かない気分になってくる。

 こうなってくると、いつものようにガンガン責め立てられてくれた方が気が楽というか何というか……

 あれ?

 ボクって、こんなにM体質だったっけ!?


「いいわ。あなたたちがそこまで言うなら多数決をとりましょう。1年F組の皆が、期末テスト前の大事な時期に、学校の承認も得ずに強行しようとしているこのふざけた企画に賛同するかどうか。賛成が過半数を超えるようなら、私は黙認することにしましょう」


 先生の発言をうけて教室内がどよめいた。

 これまで傍観者の立場だった〝その他大勢〟の生徒達が、一瞬にして当事者の立場に引っ張り上げられたのだから、当然の反応だ。


 やられた。


 本来、この七夕イベントは趣旨に賛同する者が数人いれば成立する企画だったんだ。仮にF組からの一般参加者がゼロだったとしても。だから、そもそも多数決をとる必要すらないものだった。

 それが先生の介入によって、企画そのものが否定されようとしているんだ。


「では、学級委員の高原さん。すぐに多数決を……」


「明日まで待ってよ!」

 

 先生の言葉を遮って、花梨さんが声を上げた。

 

「ふん。明日まで待っても結果は同じだと思いますけれど?」

「それでもいいから……待ってよ!」

「鮫島さん、それが目上の人に頼み事をする態度でしょうか?」


 コツコツと足音をさせて、先生はボクの後ろに隠れていた花梨さんの脇に回り込む。  

 ボクの袖を持つ花梨さんの手にギュッと力が入る。


「あ……あしたまで……多数決をとるのを……まって……いただけません……でしょうか?」


 まるで日本語を覚えたての外国人みたいな言い方だったけれど、先生の気分は晴れたようで……


「初めからそう言えばよかったんですよ。分かりました。せいぜい明日まで無駄な努力をしてみるがいいわ! うふふふふ、ふっふっふっ……」


 それはまるで魔女みたいな笑い方だった。




 席に戻った花梨さんは、うな垂れたままの姿勢で、何やらブツブツとつぶやいている。

 ようやく波乱のSHRショートホームルームが終わった。


 皆が一斉に席を立つ。

 花梨さんは皆より少し遅れてガバッと立ち上がり、くるっとこちらを向いた。


「じゃあ、すぐに説得に回るわよ!」


 なぜか満面の笑顔だ。


「え? 何の?」

「女子の賛同者を集めるのよ! ショタ君の笑顔で!」

「えっ!?」

「封印されし、いにしえの、あの〝偽物の笑顔〟の封印を解くのよ!」


 それは悪い魔女のような笑顔だった。


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