第三章 星埜守律子は笑わない

梅雨はまだ明けない

「あ~ん、も~! 雨が続くと髪が跳ねてイヤんなっちゃうんなっちゃう」

 

 イチゴ牛乳をちうーッと吸いながら、花梨かりんさんが後ろ髪を手で押さえている。


(別にいつもと変わらないのにな……)


 と思わず口から漏れそうだったので、ボクはだし巻き卵を一切れ口に放り込み白米をかっ込む。

 口は災いの元だからね。


「あ~、早く梅雨が明けて夏が来ないかなぁ~。今年の夏休みはいろんなとこに遊びに行きたいよね~?」


 雨が降り続く六月某日。

 海岸で親友になってほしいと告白したあの日から一ヶ月が経ち、ボクと花梨さんたちの関係もすっかり元通りになっていた。

 昼はこうして机を向かい合わせてお弁当を食べるし、放課後にはときどき生徒会室に呼ばれてお手伝いをするという何でもない普通の日々。

 そう。ボクと花梨さんは親友になってみたけれど、日々の生活は何にも変わらなかったんだ。


「ねえ、カリンの話聞いてる?」

「えっ、あっ……」


 気づいたらジト目を向けられていた。


「き、聞いているよ。えっと、夏休みに遊びまくるんでしょう? いいなぁー。花梨さんにはどんな予定があるのかな?」

「無いわよ」

「無いの!?」


 思わず声が裏返ってしまった。


「ねえ、そんなに驚くこと? そういうショタ君は何か予定あんの?」

「無いけど」

「あんたも無いんじゃん! ふーん、そっかー……」


 またイチゴ牛乳をチウーッと吸いながら、花梨さんは何か考え事をしているようだけれど、ボクは構わずにお弁当を食べ始める。

 なにしろ最近、お弁当の量が少しずつ増えているようで、のんびり食べていると途中でお腹がいっぱいになって残してしまうことがあるんだ。世界には飢餓で苦しんでいる人がまだたくさんいるというのに、お弁当を残して廃棄するなんてやってはいけないことだよね?


 今日のメニューは豚の生姜焼きと焼き魚、そしてだし巻き卵とタコさんウインナー。副菜にはブロッコリーのごまマヨサラダ。無理して食べないで残しても良いと喜多は言うけれど、ボクは頑張って全部食べるんだ。


「無ければ作ればいいんじゃん!」

「えっ?」


 まるで何かすごい名案がひらめいたかのように、得意満面の笑顔を向けてくる花梨さん。


「夏休みの予定よ! カリンとショタ君で作っちゃえば良いのよ」

「それって、つまり遊びの計画を立てるということ? ボクたちだけで?」

「夏といえば、そうねぇ~、とりあえず海に行ってみる?」

「えっ、誰と?」

「カリンとショタ君に決まってんじゃん。ほら、この間行った海岸は夏は海水浴ができるらしいよ?」


「ええーッ!!」


 ボクは思わず仰け反って、イスから転げ落ちそうになってしまった。

 

「あ、でもカリン水着がないんだった……滋賀に住んでいた頃に小学校で買ったスクール水着は探せば見つかるかもしれないけど……さすがにサイズが合わないよね?」

「ちょ、ちょっと待ってぇー! いっぺんにいろんな情報が入ってきてボクの頭の中はパニックだからぁー」


 今ボクは花梨さんに海デートに誘われているのかな? いやまさかそんな……と同時にスクール水着を着ている花梨さんの想像画がボクの脳裏に浮かんできて……もう何がどうなっているのやら。


「何? もしかしてカリンと海に行くのは嫌なの?」

「い、嫌というより……何かと問題があるというか……」

「なんで? どうして? カリンたちは友達でしょ? シンユウ・・・・になったんだよね? 親友同士で海に遊びに行くことに何か問題があるというの?」

「な、ないですぅ~!」


 花梨さんの顔がぐいぐい迫ってたので、焦ったボクは思わずそう答えてしまった。

 すると彼女は『ふふ~ん』と満足そうな顔でイスに座り直して弁当を食べ始めた。


 花梨さんには男女が二人っきりで海水浴に行くということの意味がまるで分からないらしい。

 普通行かないよね?

 たとえ二人が親友だとしても……。

 えっ、ちょっと待って!

 もしかしてボクの考え方が変なのか?

 いや、やっぱり変なのは花梨さんの方だよね?


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