誘う相手を間違えてはいけない
ボクと花梨さんがたとえ親友同士とはいえ、そもそも女子と二人っきりで海水浴に行くなんてハードルが高すぎるし、変な噂がたったりすると後始末が大変だよね。
まあ、相手が花梨さんとなるとクラスの人達に誤解される恐れはないかもしれないけれど……などとボクがあれこれ考えていると、更にとんでもないことを言い始める花梨さんだった。
「ねえ、どうせショタ君もヒマなんだろうから、水着買いに行くの付き合ってよ。今度の日曜日でいい?」
「えっ、スクール水着を!?」
「はっ?」
花梨さんはガタンと音を立ててイスから立ち上がり、4歩ほど後ずさりながら胸の前で腕を交差した。教室に残って弁当を食べている12人のクラスメート達の視線がボクの胸に突き刺さる。
「うっわ~、あんた今なに想像していたの~? うっわ~」
「えっ、ち、違うよ?」
ボクは慌てて取り消そうとしたけれど、〝水着を買いに行く〟というキラーワードが耳に入ったその瞬間、ボクの脳裏にこびり付いていたもう一つのキラーワードを思わず口走ってしまっていた訳だから、それはもう誤魔化しようのない事実なわけで。
「ううん、そうじゃない。確かにボクが花梨さんのスクール水着姿を想像していたのは紛れもない事実だよ。それは認めるよ」
頭を下げて謝罪した。
「そ、そこはすぐ認めちゃうんだー。へぇー……」
花梨さんとしてはボクの謝罪が予想外だったようで、反応に困っているご様子。
ふうーっとため息を吐いてから、
「ほーんと男子ってすぐエッチなこと想像するんだね~。……で、どうだったの?」
「え?」
「ショタ君が想像したカリンのスクール水着姿は?」
「えっ、ええっ!?」
いくら空気が読めないからって、さすがにそんなこと訊いてくるなんてどうかしてると思うよ。それに、似合うも似合わないも、そもそも小学校のときに着ていたスクール水着のサイズが合うわけな――いや、花梨さんならもしかしたら入っちゃうのか? 入っちゃうというのか?
「さ、さすがに小学校のスクール水着は入らないんじゃないかな……?」
「あったりまえじゃん! カリンは冗談で言ったのよ。分かんなかった?」
「あっ、……そうなんだ」
分かんないよ! ――と心の中で叫びつつ、ボクはお弁当に箸をつける。箸の先がぷるぷると震えている。なんか情けない。
ふと気付けば、教室の真ん中にいる女子グループがこちらをチラチラ見ながらボクらのことを話題にしているようだ。あの二人はもう夏休みの話をしているだとか、あの二人は付き合っているのかとか。
確かにまだ6月。これから学期末のテストが控えているというこの時期に海に行く話なんて気が早すぎるというのは分かる。どうしてボクらが付き合っているとか勘違いされてしまうのかはボクには分からない。どこをどう見たら、ボクが花梨さんと付き合っているように見えるというのだろうか。
まあ、その件は置いておいて……
「あのさー、花梨さん。水着を買いに行くなんてイベントは、普通は女子の友達で行くもんだとボクは思うんだよね」
「カリンの友達はショタ君だけだよ?」
「あっ」
そうだった。花梨さんは複雑な家庭事情を抱えていたんだ。
それに考えてみれば、僕自身にも友達といえる同世代の仲間はいなかった。強いて言えば……中学の同級生の田中くん……かな?
いやいやいや、今は自分のことは棚に上げて話さなければ!
「じゃあ、この機会に友達を作ってみるのはどうかな? ほら、あの人達に声をかけてみようよ。一緒に水着買いに行きましょーってさ」
ボクらのことを話題にしていた女子グループを指差した。すると花梨さんはきょとんとした顔をボクに向けてくる。
「なんで? どうして? 一緒に海に行くショタ君に選んでもらった方が良いに決まってんじゃないの! ショタ君が気に入った水着を着ていきたいもん!」
「えっ? あっ! ううっ!?」
いつにも増して今日の花梨さんは圧がすごい。ボクと一緒に海に行くというのは確定事項となっているらしい。
「ちょ、ちょっと、いったん落ち着こうよ!」
「それはこっちのセリフよ! ショタ君さ、あんたさっきから挙動不審だよ?」
「それは花梨さんがボクを海に誘ったり、一緒に水着を買いに行こうなんて無茶ぶりするからだよ!」
「だってだって、カリンはショタ君の
「うっ……」
言われてみれば確かにそうかも知れない。これはボクの親友がたまたま女子だったというだけの話。花梨さんを男子だと思えば、一緒に海に行って遊ぶのは楽しそうだし、水着を買いに行くのだって……
「いやいやいや、水着は駄目でしょーッ」
「何でよ!」
その時、教室の後ろのドアがガラッと開いて――
「なになに? 水着がどうしたのかなー?」
星埜守学園の皆の憧れ生徒会長が顔をひょっこり出してきたのである。
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